額、君を抱きしめて
父さん母さんも兄さん達もトド松もみーんな遊びにでかけて、今日は夜遅くまで俺1人って日。いつものように野球から帰ってくると当たり前のように誰もいなかった。このままこの家にいるのも退屈だ。

そうだ、チビ太のところへ行こう。



「チビ太!おはようございマッスルマッスル!ハッスルハッスルゥ!」

「もう夜だぜバーロー」

「あれ、お客さんー!?」

「ああ、そうだけど……てめーもう少し静かにしやがれィ」

チビ太の屋台へ行くと、先客がいた。
机に突っ伏していて顔は見えなかったけど、女の子だ。あ、もしかして。

「ナナ子ちゃん?」

「………………」

女の子が顔を上げる。さっきまで泣いていたらしい目は真っ赤で、まぶたも腫れていたけれど、その子はいつの頃からか近所に住み始めたナナ子ちゃんに間違いなかった。

「十四松くぅん……」

ナナ子ちゃんは大きくて黒い瞳をうるうるさせて俺の名前を呼んだ。お酒が入っていてほっぺたや耳も赤くて、正直めちゃめちゃ可愛かった。だけど、女の子の泣き顔というのは俺にとって切ない思い出でしかなくて、できれば笑っていて欲しかった。

「どしたの?」

俺はチビ太に生ビールを頼みながら、ここでようやく長椅子に腰掛けた。チビ太は文句も言わずビールを出してくれた。

ナナ子ちゃんは手元の梅酒水割りらしきグラスを握りしめながら、うつむいている。
俺はしばらく様子を見たが、ふと思い立ってナナ子ちゃんを呼んだ。

「ねえ、見て見て!」

ナナ子ちゃんが再び顔を上げ、俺は生ビールを一気に含んで鼻や耳や頭から噴水のように吹き出して見せた。チビ太が目を白黒させた。
彼女はポカンとしていたが、ややあってガタッと立ち上がった。

「え、えっ!?それどうなってるの!?頭ってどっから出てるの!?耳って鼓膜は大丈夫なの!?」

「頭は頭だよ!んー、水と違って生ビールは炭酸でシュワシュワしてちょっとキツいかな!」

「え、えええ…!」

ナナ子ちゃんの表情は、興味半分、恐怖半分といった感じだった。泣き顔よりは全然いい。

「ナナ子ちゃんもやる?」

「い!いい!やらない!死んじゃう…!」

彼女は慌てて首を振って、元通り長椅子に座った。涙はすっかり引っ込んだみたい。良かった良かった。

「しっかし十四松お前、本当人間離れしてんな…」

「人間離れ?あ、幽体離脱のこと!?出来るよ俺!ほら!」

「うわっ!」

「わあ、十四松くん戻って!!」

魂が抜けてぐらりと後ろに倒れ込んだ俺の体を彼女が支えてくれた。俺はおとなしく自分の体に戻る。ナナ子ちゃんがほっと息をつくのがわかる。

「十四松くんって、本当になんでもできるんだね」

「うん、いろいろできるよ!触手とかね!」

「う、うわあ…!関節ない!すごい!あははははは!」

今度こそ、彼女は笑った。
それを見て俺はあったかい気持ちになる。
人の笑顔は世界を救うのかもしれない。

「やっと笑ったね」

そう言うと、彼女は一瞬虚をつかれたような顔をして、ふにゃりと笑った。

「ありがとうね、十四松くん」

聞けば、彼女は今日、彼氏に振られたらしい。
2年半付き合って、結婚を意識し始めた矢先の出来事だったという。

「でも十四松くんとお酒が飲めてよかった。1日は終わりよければすべて良しだもんね!」

ナナ子ちゃんは太陽のように笑った。
無理してる笑顔じゃなくて、心からの眩しい笑顔だ。

俺は思わずナナ子ちゃんを抱きしめた。なんだか心があったかくなって、そうせずにはいられなかったのだ。

「俺も!ナナ子ちゃんが笑ってくれて本当に良かった!」

そう言って、その小さな額にキスをした。

「じゅっ、十四松くん!?」

「お、おい十四松っ!?」

彼女がまた顔を赤くして、チビ太は突然のことにうろたえた。

でも大丈夫。だって、

(額へのキスは、友情の証)


…………って、カラ松兄さん言ってた!



いろいろなキス5題 by 純粋シュガー
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