部屋」の続き



大きな扉を構えた船長室の前にナマエとエースは立っていた。ナマエはさっきまで部屋に散乱していた新聞や本から幾つかを手にしていた。エースにはそれらの内容は分からないが、そこに記されている事がナマエを大きく動揺させた事は確実なのだろう。躊躇う事なく堂々と船長室の扉をノックし入るナマエの顔は凛々しく、ああ本当にナマエは軍人なのだとエースは漸くここで認識した。

「2人揃って、どうした。」
「聞きたい事があります。エースは、」
「俺はただの付き添い。」
「俺じゃねえと駄目なのか?」
「長く生き、この世界を見て来た当人から聞きたい。エースには何も聞いてないし私が今から話す事を何も知りません。」
「成る程な、何が聞きたい。」

白ひげに迎えられ話を聞く許可も得れた。帰る手立てのないナマエにとってそれが自らの首を絞める行為だとしても、知らずには居られない。いつだって真実は残酷であるとその身をもって知っていても。

「新聞や本を読んで幾らかこの世界への疑問が出来ました。書いてある事は、到底信じたく無い物ばかりです。だからそれが真実なのか、私は知りたい。」
「…いいだろう、何が知りたい。」
「まず、度々出てくる"天竜人"と呼ばれる者達は本当に存在するんですか?」
「あぁ、確かに居る。お前も地図を見たなら分かるだろうが"赤い土の大陸"の上にマリージョアと言われる居住地がある。」
「なら、この国で最高権力者と呼ばれているのも語られている数々の所業も奴隷の存在も本当だと?」
「そうだ。」

ナマエの顔は嫌悪感に染まっていた。薄々真実だと分かっていながらも過ぎた時代の事だと、否定される事に期待していたのだ。気のいい海賊船に乗り込み楽しく過ごす裏でそんな醜い事実のある世界だと思いたく無かった。奴隷制度なんてアメストリスや周辺国でも遠い過去の事だ。歴史として知っているからこそあってはならないものだと思うからだ。
そしてエースは確かに楽しくは無い話だと腑に落ちる。それでも短くは無い海賊生活で天竜人や奴隷を目にした事があったから驚きはない。ただ天竜人が存在せず奴隷も居ない世界から来たナマエが何を思い何を考え、どうするのかエースは寧ろ興味が湧いた。

「彼等は生物として、人間ですか。」
「俺が知ってる限りは人間だな。本や新聞を読んだんならこの世界に居る人間以外の種族を知ってるか?」
「…巨人族、人魚族、魚人族、ミンク族ぐらいなら。」
「奴等は自分達天竜人以外を人間だとは思ってねえ。人間に対してもだが、ひでぇ話だが人魚と魚人に対しては一等扱いが悪い。だから天竜人同士以外の子供が生まれたなんて聞いた事ねえが、万が一にもハーフが居たら分からねえな。」
「そんな人間に政府や海軍は従属してると?巫山戯てる。」
「全てはクソッタレな歴史の産物だな。」
「信じたくはありませんが、そういう世界だと言うのならここに書かれてる歴史は事実だと?」

嫌悪感と湧き上がる怒りを堪えれずに床に投げられる様に落とされた新聞。エースも誰かが読んでるのを見かけた事がある最近の物やわざわざ残したのであろうエースが生まれる前の古い物まであった。

「ある国に海軍が無差別攻撃を行い地図から国一つ消した事も事実なんですか?」
「あぁ…。」
「…バスターコールか。」

軍とは国を、世界を守る物じゃ無いのか。何故軍によって人が死んでいるのか。ナマエの中にあるのはこの世界への怒りだけではなかった。軍として人を殺した時、戦争に行った時。自分を責めるように問い続けた。何処に行ってもどの世界もその程度なのかと、ナマエはこの世界と元の世界とそして自分に対しての嫌悪感で一杯だった。しかしナマエが1番確かめたい事実はまだ残っていた。逆に言えば"ソレ"があったからこそナマエはこの世界の方が根の深い何かがあると思ったのだ。他所の世界に口出し出来ない程の世界で育ったナマエでさえ譲れないと思った。これがあったからナマエはここに聞きに来た。

「私が1番許せないと思ったのはこれです。」

重なった新聞の中からたった一枚をナマエは拾い上げた。恐らく一部の海のみでだけ発行された"ソレ"は世界経済新聞では到底載せられない。きっとその新聞を発行した会社はこの世界から既に無いだろう。その新聞があるのは故意か偶然か。20年経った今ではその経路は白ひげにさえ不明だ。
だが白ひげはその新聞を目にして目を見開いた。そしてわざわざ白ひげの横に回ってまで新聞を見たエースは驚愕と、そして恐怖に染まり腰をついた。

"バテリラで妊婦狩り"

1人はまさかこの場でそんな話が掘り返されるとは思って居なかった事と横で身体を強張らせている息子を想った。そしてもう1人はその新聞に書かれている事の当事者だった。この船の父親にも隠している事がエースにはあった。何処までも付き纏う罪の意識と骸の重さがあった。どれだけ兄弟に愛されても家族に愛されても消えない恐怖があった。ナマエの正義感なんて知りもしないエースにとって今から何を言うつもりか不安で仕方が無かった。

「海賊王、ゴールド・ロジャーが訪れたこの地にその血が継がれようとしていた。それを知った政府は当時バテリラに居た妊婦を全員殺害した。1人残らず。これが本当だと?」

白ひげは最早答えなかった。無言の肯定でもあったが何より横に居るエースがこれ以上自分を追い詰めない為だった。彼女の話を聞いたのは間違いだったのだろうか。余計な事を言ってくれるなよと白ひげは願うしか無い。

「っ、巫山戯るな!」

狭くはない部屋を震わすその声はビリビリと響く。覚えた恐怖は吹き飛ばされ、杞憂だったかと息を吐く。

「鬼の子は鬼か?罪人の子は罪人か?巫山戯るな!親の罪は親のものだ!!生まれてくる何の罪もない子に世界の都合を押し付けるな!!ただの1人の人間に一つの命以上の価値なんて有って堪るか!!」

肩で息をするナマエは気付かない。俯いて、ただ一粒の涙を溢した人間に。白ひげは気付いていた。1人の人間が少し救われた事に。エースは気付かない。自分の人生がここで大きく変わった事に。そのたった一粒の涙には計り知れない意味があった。

「…それで、お前はそれを知ってどうする。」 
「…はぁ。すみません、大きな声で。とりあえず、この船を降りても海軍に頼るのは辞めます。こんな世界で錬金術が見つかったら碌な事にならない。政府や海軍に手を貸したくは無いですね。島に降りたら客船で帰り方を探しながら島を巡ってみます。」
「そうか。」
「こんな事にお時間頂いてすみませんでした。」
「いや、いい。今度はお前の世界の話でも聞かせてくれ。」
「是非。…エース、私は部屋に戻るけどどうする?」
「お、俺はもう少し親父と話してく。」
「そう。それじゃあ失礼します。」

冷静さを取り戻し礼儀正しく部屋を去るナマエが部屋を去っても暫し無言の時が流れた。白ひげは何と無くエースが隠す何かを察していたし、だからこそナマエの言葉を呑み込むのに必死なのも理解出来た。
ただ1人、この世界の人間じゃない人間の口から告げられたからこそエースには意味があった。いつだって認められてる血は半分な気がしていた。けれどナマエが言うなら鬼の血の半分も許される気がした。ようやく生まれて初めて全身の血液が巡り始めた様な錯覚さえ覚える。

「っスゥ…………ハ〜〜〜〜ァ。」

大きな大きな深呼吸をして顔を上げたエースの顔は清々しかった。唐突にこの船の末っ子の成長を垣間見た白ひげの心中は穏やかだ。そしてこの後のエースの言葉も予想出来てそれを否定する気は微塵も無かった。

「親父。」
「何だァ?」
「ナマエをこの船に乗せていいか?」

予想通りの事をそのまま言うものだから船中に機嫌の良さそうな笑い声が響き渡った。
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