錬金術」の続き



「家族は、居るのか。」
「家族、かぁ……。」

話は弾み、錬金術の話、軍の話、果てにはホムンクルスの話までした所で不意に船長さんは問う。元の世界でなら隠した事もここでは隠す必要も無い。

「一応父と…、弟が2人。」



遡って思い出せる始まりは小さなアパート。私を産んだ時に死んだと言う母親はこの歳になっても終ぞ興味が持てなかった。度々帰って来なくなる父親の代わりに面倒を見てくれたのはアパートの大家だった。優しい大家さんのお陰で私は寂しく無かったしスクスクと育てたわけだ。そして理解出来ないと思われていたのか、隠されもしない錬金術の本と研究書を読む日々を過ごしていた。父親の優秀な頭を継いだのかそれらを読み解く事は難しくなかった。そして早々に、父親の秘密を知ってしまった私は不在気味な事にも納得してしまったのだ。

「ナマエ、」
「何?」
「それ、読めるのか?」
「うん。」
「…こっちの研究書も?」
「賢者の石が何かも、お父さんが賢者の石を持ってる事も分かるよ?」
「俺が怖くないのか…?」
「何で?賢者の石を持ってようがお父さんはお父さんでしょ?怖くないよ。」
「そうか、……そうか。」

頭を撫でる分厚い手は暖かくて、人の手でしかなくて、当時の私は父が何をそんなにも不安がって居たのか分からなかった。けれど今なら、少し分かる。国家錬金術師になって、軍人になって戦争に行って、幾度となく"バケモノ"と呼ばれた。それが続くと本当に自分は人間じゃなくて"バケモノ“なんだろうかと思い始めてしまう。けれど私も父も人間だ。どうしようもなく人間なのだ。

ある日、父が興奮して帰って来た日があった。珍しく走ったのか髪はボサボサで、何処かで転んだのか服も少し汚れていた。それでも顔は初めて見るほど喜んだものだったから思わず引いたほどだ。要領を得ない言葉は理解出来なくて、繋がれた手を引かれたから何処かに私を連れて行きたいのだろう。数少ない父との外出に幼い私は少なからず心が躍っていた。理由が分からずとも嬉しそうにする父を見て娘も嬉しくなるのは仕方がない。

「トリシャと、俺の子……お前の弟になるエドワードだ。」
「ようやく会えたわね、ナマエちゃん。」

汽車に乗って連れられた先は長閑な田舎の一軒家だった。躊躇うことなくその家に入る父に驚きながらも連れられて入った部屋には、優しそうな綺麗な女の人とその腕に抱かれる小さな赤ん坊だった。

「黙ってて悪かった。お前が母親ってものに興味が無さそうで、伝えるか悩んでたら昨日生まれてな。」
「貴女の母親になりたいとは到底言えないけれど、この子を弟にしてあげてくれないかしら?」

突然の情報量に着いて行けない私は、誰だか分からないだろう私を見てポカンとする赤ん坊に惹かれて呆然と手を伸ばした。怯える事なく真っ直ぐと私を見つめる赤ん坊にそっと手が触れる。フワフワと柔らかい頬からじんわりとした熱が私に移る。

「きゃあっ、だぅ!」

途端にきゃらきゃらと笑いながら小さな手をめいいっぱい使って私の手を握る。私に初めて守りたいものが出来た瞬間だった。そして私が初めて本当の恐怖を覚えた瞬間だった。この温もりが消えたらどうしよう。内戦の多いこの国で巻き込まれたらどうしよう。幻と呼ばれる賢者の石が実在するこの国は一体何なのか。果たして真っ当な国なのか。そう不安に思いながら、慣れない新しい生活を送っていた矢先にアルフォンスが生まれた。また守りたいものが増える。そして私は決意した。彼等の姉を名乗らずに生きていく事を。国家錬金術師になり軍人になり戦火が彼等に降り注がない様に強くなりたいと。
姉と名乗らない1番の理由は、どれだけトリシャさんが優しくて弟達が私に懐いても私がどれだけ弟達を愛していようと勝手に疎外感を抱いてしまうからだ。もし成長した弟達から私が姉じゃないと言われたら立ち直れる気がしないが故の自衛だった。そして国家錬金術師になり軍人になれば嫌でもその手を血で汚す事になる。何かの犠牲なしに何も得ることはできない。弟達を守る為に私は姉の自分を捨てる。トリシャさんもお父さんも姉と名乗らない事も軍人になる事も反対したが私が守りたい者の中にはトリシャさんも、賢者の石という秘密を抱えた父も含まれているのだ。軍人になって国の内部に踏み込んで損は無い。意地で押し通して渋々2人は頷いた。
私が姉だと彼等が知らなくても私は彼等を愛している。



「だから弟達も周りの人間も私と弟達が姉弟であると知りません。」
「複雑なんだねい。」
「私が選んだ事ですから。」
「そういやエースも弟が居るって言ってなかったか?」
「あぁ!ルフィってんだ!」
「エースが……兄…?」
「おいお前失礼な事考えてるだろ!」
「おぉ…珍しくエースが鋭い。」

私の面倒な身内の事情なんかでも軽く流してくれる人達で良かった。私自身そう気にしてないのだから気軽に話せるのは嬉しいし、船を降りるまでにエースの弟の話も是非聞いてみたい。久しぶりに家族の話を隠す事なく出来て上機嫌な私に船長さんは思い付いたように言葉を投げた。

「元のとこで恋人とか居なかったのか。」

恋人。縁がなさ過ぎる言葉で理解に少しの時間を要した。国家錬金術師で軍人ともなると同僚から声を掛けられることも少ないし、向けられる視線には畏怖の念が込められている事が多い。私自身弟達の事ばかりで周囲に興味も無かったから考えた事も殆どない。

「恋人は居ませんが……ああ、そういやその内大総統夫人になれって言われてたな。」
「ほぅ?」
「やるねぃ。」
「なっ……!」

私の人生で現状唯一の色恋沙汰は少し前に突然現れた。考えろと言われたがその後色々とありすぎて結局きちんと考えられていなかった。まあ私も今の所帰り方が分からない身であるしあの人が大総統になるまでもう暫く掛かるだろう。まだ猶予はあるはずだ。

「それでなるのか?大総統夫人ってやつに。」
「うーん、サボり癖がなぁ〜…良い上司で仲間ではありますが…。」
「満更じゃなさそうだねい。」
「あっ、ふふ、その人焔の錬金術師って呼ばれてるんです。エースみたいに火になれるわけじゃないけど、ちょっと似てるかも。」
「はぁ!?に、似てねえよそんな奴!俺の方が強えに決まってんだろ!」

何故かエースはやたらと"焔の錬金術師"に張り合い始めた。そんなエースが炎を出して少しボヤ騒ぎになって、マルコさんに怒られるのを私と船長さんは笑って見ていた。私が船を降りるまで後数日の夜だった。
家族


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