前日」の続き



エースの誘いを断って1人降りて行ったナマエを横目にマルコはエースに問い掛けた。

「やけにお嬢さんに拘るねぃ?」

花より団子を体現した様なこの男がナース以外女の居ないこの船に誘う程の執着を見せる事が不思議だった。確かに、未知の力を持ち強くもあり、一本筋の通った良い女ではあるが。まさかエースが、とは思ってしまう。けれど、エースはマルコとは全く違った事を考えていた。

エースには、自分を兄と呼んでくれる弟が居る。自称兄達に囲まれたこの船で、親父と呼べる人が居る。船を降りても白ひげの所の火拳だと知られている。だが彼女はどうだ。弟達は姉を姉と知らず呼ばれず、父親を父と呼ぶことも無い。それでも彼女を支えてくれるものが元の世界にはあった筈なのだ。なのにこの世界に来て誰も彼女を知らない、支えてなんてくれない。彼女はこの世界であまりにも独りぼっちだ。だからエースは願った。

「ナマエを独りにしたくねえんだ。」

ナマエが降りて行った先を見つめながら言うエースの顔があまりにも真剣だったから、冷やかす事すらマルコは出来なくなる。

「とうとうエースにも春かねぃ。」



島について2日目、ガヤガヤと皆んなが宴の準備をしている中、私は食堂でサッチさんが料理に励んでるのを本を読みながら眺めていた。手伝おうとしたら主役は大人しくしてろと断られたのだ。それでも部屋でじっとは出来ずにこうしている訳だが。

「静かだな…。」

普段よりもがらんとした食堂に聞こえるのは料理人たちの声と奏でる音だけだ。常日頃エースと居る訳ではないが近くに居れば騒がしい声が聞こえていたし、よく突撃しに来るからエースの声が聞こえないのはどこか不思議だった。それも昨日船に乗らないかなんて言うから。頑固なエースの事だ。しつこく誘ってくるかと思えばそれも無い。誘われても乗る訳ではないから有り難くはあるが。こうもあっさり引かれると思い付きで言ったのかなとか少し腹立たしい様な、複雑な気持ちになる。

「お嬢さん、そろそろ用意できるよぃ。」
「あっ、はい、ありがとうございます。」

マルコさんに呼ばれて食堂を出る。甲板は一段と騒がしく、すれ違う度に声を掛けられる。物を直した事に改めてお礼を言われたり、中には泣いてる人まで居る。短い期間とは言えこうも思い入れを持ってもらえる事は嬉しかった。騒ぎの中心は特等席の様に椅子が置いてあり周りは酒や料理でいっぱいだ。喋り慣れたイゾウさんと私を連れてきてそのまま椅子の近くに座るマルコさん。他にもこの船で関わった事のある人が周りに居る中に、エースは居ない。周りを見渡してもその影はない。

「エースなら親父のとこだ。」
「そうですか。」
「呼んでこようか?」
「いえ、愛想を尽かしたのかも知れないから。」
「エースがかい?」
「誘い、断っちゃいましたから。」
「エースはそんな奴じゃないよぃ。」

言われなくても、知ってる。これは誘いを断ったくせに見送って欲しいなどという強欲な我儘だ。

「おーい!デザート持ってきたぜ!」

程々にお酒も飲みつつ感情に浸っていた所にサッチさんが大きなタルトを持ってきた。乗っているフルーツは、どこか見覚えがある。

「それ、」
「おぉ!このフルーツな、エースが持って来たんだよ。これでデザート作ってくれってよ。ここの名産らしいな!」

切り分けられたのを一口食べる。やっぱり昨日、エースと食べたフルーツだ。どうしてこれをデザートにして貰ったのだろう。エースがただ食べたかったからか、それとも私がこれを気に入ったからだろうか。後者であれば良いと思うけれど、後者であれば、何故。

「…美味しい。」

美味しいのに、あの笑顔が無いからか物寂しい。甘くて、水々しくて、サッチさんの手で更に美味しいデザートなのに。どこか、ツンとくるのは酒のせいか。本当に、この船に乗ってからエースに振り回されてばっかりだった。それも今日で終わり。これで終わり。

酒に潰れた人も出始め、夜も更けだした。宴の終わりを悟ったのか起きてる人は、「またな」「ありがとな!」と私に声を掛けながら船内に帰って行く。潮時だ。

「マルコさんと、イゾウさんもありがとうございました。お世話になりました。」
「なんならうちのモンの方が世話になったよぃ。」
「なかなかに楽しかったよ。」
「もう行くのか。」
「親父!」
「船長さん…、はい。見送りは名残惜しくなっちゃうので。」
「グラララっ….寂しくなるな。またいつでも降って来て良いぞ、白ひげ海賊団はお前を歓迎してやる。」
「っ、ありがとうございます!」

あの恥ずかしい初対面を揶揄われながらも続く言葉に泣きそうになる。短いけど、濃い日々だった。海賊という割に優しい彼らは私が忘れたものを思い出させてくれて、私が知らない事を沢山教えてくれた。私はこの船での楽しかった日々を抱えて、この世界で元の世界に戻る方法を探しに行く。先の見えない日々が始まる。

「エースの事は、まあ、あいつも頑固なんだ。許してやってくれ。」

船を降りる最後の瞬間、そう船長さんに言われた。許すも何も、私はエースを責めたりしないのに。



夜の内に宿に戻り、夜が明けるギリギリにようやく眠りに着いた。あまり早く寝て早く目覚めてしまうと見送りに行きたくなりそうだから。日が昇り切る前にようやく目覚めた。きっともう彼らは出発しただろう。もうあの賑やかな船に乗らないと思うと、乗った期間は長くも無いのに酷く寂しい。それでも私にはやるべきことがあるから。私もこの島から出発しなければ。

昨日、島の人に話を聞いた通り南の港へ向かおう。商船を乗り継げばいつか大きな島にも着くだろう。トランクは片手で持てる程軽い。術師は物が少なくても困らないから旅が楽だ。エドとアルも荷物が少ないのはこういう事か。初めて向かう旅で今更そんな事に気付いた。

昼前の賑わい始めた町を抜けると潮の香りが強くなる。さあどんな船に乗ろうか。そもそも乗せてくれるだろうか。見返りはきっとどうとでもなるだろうけど。大きい船に小さい船、あれは漁業用。初めて見る様々な船に目を奪われながら歩いていると、道の真ん中に人が立ってた事に気付いたのはその人と10m程の距離になってからだった。大きなテンガロンハットを被った男はじっとこちらを見つめている。

「……エース。…え、何で、船は!?」

昨日は一度も顔を見せなかったのに、何故今こんなところに。酷く驚いた私とは対照的にエースは静かに落ち着いていた。ただその目は、見たことが無いほど真剣だ。

「親父達には、頼んで先に行ってもらった。」
「先に行ってもらったって…何で……。というかどうやって追い付くつもり?」
「ん?あぁ、昨日居なかったのは親父とこの話をしてたのと急だったからストライカーのメンテナンスをしててな。船にはこれで戻る。」

なんて事の無いように言うエースの横に小型の変わった形の船が浮いていた。ああそうか、と納得しようにも出来ない。だってエースがここに居る理由は依然として分からないのだから。

「ナマエ、」
「何?」



「家族になろう。」



「、は」
「俺と、つーか、俺達と。」

息が詰まる。

「帰る方法も一緒に探す。つっても色んな島に行くのは俺達は変わんねえけど。1人で行く理由もねえだろ、家族なら。」

目が熱い。

「世界が違うんだ、こっちにもナマエの家族を作ったって良いだろ!あっ!でも年はナマエの方が上でも船じゃあ俺の方が上だからな!」

胸が苦しい、けど、それは、あまりにも嬉しいから。

「…ナマエ、家族になろうぜ。」

ずるい。どうしようもなく、ずるい。だってそれは私がどれだけ望んでも手に入らなかったものだ。私が何よりも欲しいもの。それを与えようとされて、断れる訳がない。

手を差し出すと共に、2度目の言葉は1度目より少し気恥ずかしそうに告げられた。私に伸ばされたこの手が暖かいことを私は知ってしまっている。

本当は、独りが寂しくて不安で、怖くて。だから、許されるのなら。



「!よし、帰ろうぜ。俺たちの船に。」
出航


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