「
扉の先」の続き
「とりあえず船、直しますね。ちょっと離れて貰えますか。」
「お前なぁ、直すって言ったってこの規模…、」
「エース、やらせてみろ。」
「親父ィ…。」
エースと呼ばれたのは燃えて溺れた男の事らしい。大人しく私のそばを離れると数多の視線が集まってるのが分かる。しばらく使い物にならないだろう腕を最後の力で持ち上げた。ここまでの大掛かりな錬成は随分と久しぶりだ。
「よっ、と!」
船全体を包む錬成反応は激しく瞬く。船の人間は見慣れないからか私がしてる行為に不信感から再び敵意を感じる。けれどそれも数秒で私が船から手を離し光が収まると痛いほどの静けさに包まれた。
「大体これで直ってると思うんですけど、何か違ったら言ってください。」
「………。」
「「「「はぁぁぁぁああ!?!?」」」」
響く大絶叫に思わず耳を塞ぐ。規模の大きさに流石に船の主、この場合は船長で良いのか、大男も僅かに目を見張っている。
「…ここじゃあなんだ、着いて来い。」
「一応手錠掛けさせて貰ってもいいかねい?」
「あぁ、はい。どうぞ。」
「そこで素直なのはどうなんだ…?おーい、誰か錠持って来い!」
「…おい、いいのかよ。」
「動ける様なりました?」
「お陰様でな。」
燃えていた男はテンガロンハットを深く被り直し拗ねた表情でそう溢す。
「船に降りて最初の一言が「捕まえろ」、だったから。「殺せ」だったら大人しくなんかしてない。貴方からも殺意は感じなかったし。」
「その割にお前は能力者を海に落とすなんて殺す気だったろ。」
「それは貴方が、」
「喋ってないで行くぞ。サッチ、錠。」
「悪いな嬢ちゃん。」
特徴的な髪型2人とテンガロンハットに連れられた先には先程親父と呼ばれていた大男と隊長と呼ばれていた人達が一堂に会していた。敵対心は無くとも警戒心で溢れた空間はピリピリとしている。
「もう一度聞くが、何者だお前。」
「実は私もまだ自分の置かれた立場を信じれてません。かなり突飛な仮定の話になります。」
「構わねえ、言ってみろ。」
「………私にとってここは、違う世界だ。」
「「「……はあ!?」」」
「おいおい冗談も大概に…!」
「何を根拠にそう思う。」
あまりにも突飛な空想話。私にはすべき事があって、だからこそ認めたくは無い仮定の話。弟が聞けば即座に否定するだろうあり得ない事。私でも嘘だと思う話を聞こうとしてくれるだけでありがたい。懐の広さは体に引っ張られるものなのだろうか。
「私の住む国は内陸地で海に行くまで幾つもの国を跨がないと海へ出られない。世界地図を見ても私の国とその大陸は見て分かる大きさだ。アメストリスと言う国に聞き覚えは?」
「…ねえな。」
一言で一蹴され思わず歯噛みしてしまう。少しの情報もくれないか。確かにいきなり船に現れた女にはその対応が適切だろう。
「シンやドラクマ、クレタ、アエルゴも?」
「聴いたこともねえ。」
「私の国はこれらに囲まれている。更に外側にも国がある。そんな大陸、恐らく……無いんでしょう。」
返されるのは無言の肯定。一気に足元が不安定になった気がする。今生き抜くことを考えないといけないのに、置いてきた事ばかり考えてしまう。ダメだ、思考を呑まれるな。
「さっきそこの人が燃えてた。」
「む。」
「炎を出すなら色々方法はあるけど正直私が知ってる方法では無さそう。それに燃えてるなら濡らせば良いと海に落としたら船乗りの癖に彼は溺れた。普通は海に落ちて暴れる事によって沈んでいくのに彼は完全に脱力し切って動けないようだった。根っからのカナヅチの可能性もあるけれど…彼を助けようと慣れたように動く人と全く動かない人が居た。そして燃えているというよりは、彼自身が炎の様だった。正直あり得ないとは思いたい事だけれどそれがもし真実なら私の全く知らない力がこの世界にはある。海に落ちて溺れる事が彼が燃えてた何かしらの力と関係あるのでしょう。私はそんな力に覚えがない。」
「続けろ。」
「多分その力は複数ある。その力を持ってる人は助けようとしなかった人。そして私に付いてるこの手錠を触れない人。」
「賢いな小娘。」
船に降りてからここに来るまで見たものを思い出しながら仮説を組み立てていく。自分でも嫌になる程の人の観察と記憶の仕方は職業病だ。
「これはきっと特殊な手錠で、火の人みたいな力のある人は触れない。モヒカンみたいな人が見てたのにわざわざリーゼントの人を呼んで付けたのはモヒカンの人は触れないから。そして水か、海に弱い力。私も同じ様な力を持ってると思われている。けど、私にはこの手錠はただの手錠で、」
鎖で繋がれただけの輪っか。
「何の拘束力もない。」
男を海に落とした時、船を直した時。ここの人達は私がその都度手を合わせて事に気づいている筈。だからわざとらしく手を合わせると、ジャラリと手錠が音を立てた。
「っこいつ!」
「何より」
何も錬成せずに手を開き掌を見せる。敵意は無いのだ。
「貴方みたいな大きな人初めて見た。」
「グララララっ!おいその海楼石外してやれ。」
何が琴線に触れたのか笑う大男に空気が震える。
「……それで、大体お前の考えは合ってるがお前自体は何なんだ。」
「国家錬金術師、国ではそう呼ばれてます。」
「国家だぁ?」
「レ、レンキンジュツシ…?」
「1から1を理解、分解、構築する力。……これ貰っても良いですか?」
そう指差したのはさっきまで私が付けられていた手錠だ。"海楼石"と呼ばれていたそれの、正確な成分は分からなくても形成できて石と呼ばれ海に落ちた時と同じ効力があるならば多少未知の成分があっても変形はできるだろう。伊達に現国家錬金術師、元最年少資格保持者と呼ぼれていない。
軽く手を合わせて錬成してると流石に船の人達も慣れてきたのか大きく驚くことは無かった。作ったのはこの船のミニチュア模型。我ながら可愛く出来た。
「うぉぉおおモビーだ!!」
私の手に乗る模型に惹かれる様に近付いてきたテンガロンハットの彼は満面の笑みでまじまじと観察していた。さっき甲板で見た時笑顔と似ているのが微笑ましくて私もここにきて漸く少し笑った。
「何でも作れんのかお前!」
「さっきも言ったけど1から1。錬金術は等価交換が基本なの。水からは水、鉄からは鉄、金からは金、それも同じ質量のものだけ。」
「それがお前の言う錬金術ってやつか。」
「概ね。」
「それで?お前はどうやってここに来た。帰れんのか?」
「扉を、扉を開けただけ……帰り方は現状ない。」
嘘は付いていない。
扉と言っても厳密には擬似心理の扉。リスクを承知でもう一度扉を開ける事も不可能では無い。けれどもし元の世界に戻れたとして何か対価として持って行かれた場合、それが私の戦闘不能の事態になった場合。心優しい弟や上司の弱点になり得る。私1人が欠けるより大幅な戦力ダウン。何なら私が居なくても彼等なら何だって成し遂げると信じている。それならば無理して帰るのは無し、五体満足の健康体で帰るのが絶対条件。何か払える対価も無い今、帰る事は出来ない。何も嘘では無い。
けれど何も分からない海に放り出されるのも正直困る。内陸育ちの私にとって本物の海を見るのは初めての事だ。それも異世界の海なんてなにがおきてもおかしくない。たとえ小舟を借りれたとしても難破して終わりだろう。
「マルコ、空いてる部屋あっただろう。しばらく貸してやれ。」
「えっ。」
「言うと思ったけどよい…。」
「とりあえず下ろせる島に着くまでは乗っていけ。異世界の話も興味がある。」
「いいんですか…?こんな見ず知らずの女、どう考えても怪しいでしょ。」
「親父が言ってんだから変わんねえよ。」
「大体そういう事言う奴が悪い奴な訳あるか!」
自信満々に言い切る青年は一体何の根拠があるのか。でもそう言われると私も彼等が悪い人ではないのだろうなと思ってしまう辺り人の事は言えない。
「…ナマエ・ホーエンハイム、しばらくお世話になります。」
「あぁ。まぁ、とりあえずその怪我だな。」
「ホーエンハイム、着いてこい。」
覚悟を決め今更ながら名乗ると言うが早いかさっさと特徴的な髪の人は私を呼んで部屋を出ていく。慌ててそれについて行くと後ろからテンガロンハットの人も一緒に来た。その能力故か彼の周りは少し気温が高く感じる。
「ホーエンハイムって、名前長くねえか?」
「?いや、名前はナマエの方…。」
「順番が逆とは…異世界からってのは本当みたいだねい。」
「俺はポートガス・D・エース!よろしくな!ナマエ!」
「逆ってことは、エースでいいのかな。」
「おう!んでこっちがマルコだ。」
「マルコさん、エース…よろしくお願いします。」
恐らくマルコさんは歳上だろうしエースは歳下だろうと勝手に結論付けて呼ばせて貰う。連れて来られたのは救護室らしき部屋だった。手際良く手当ての準備をするマルコさんと慣れたように空いたベッドに座るエース。
「それで?怪我の具合は。」
「あー…これ殆ど私の血じゃ無いので大丈夫です。擦り傷と打撲ぐらいなので。」
「下半身が血塗れになるって…どんなとこに居たんだよいお前さん。」
「あっはは……。」
それこそ下半身が血に浸かる様な所だ。頭にこびりつく程の悍ましい場所だった。数刻前の事だが思い出すだけで足元から体温が奪われる気さえする。マルコさんの存外優しい手当ては静かだから余計に考え事ばかりしてしまう。エースも何故か黙りでただ視線だけがずっと此方を見ていて居心地が悪い。けれどその視線が敵意とか悪い類の物ではないから声も掛けにくい。
「寒いのか?」
「え、」
「顔色悪いぞお前。」
「確かにそうだねぃ……肌が白いから分かりにくいな。よく気付いたなエース。」
「勘。」
「野生児か。」
「ほら。」
「そこら辺燃やすなよ。」
「しねえよ!!」
恐らく彼の腕の部分。私の方に伸ばされたそれはゆらゆらと優しく燃えている。決して小さ過ぎず、大き過ぎず私を暖める為に差し出されたそれは裏の無い彼の優しさだ。度々見る彼の笑顔に私は絆されて疑う事が出来なくなってしまった。
「綺麗だ、暖かい……ありがとう、エース。」
「……おう。」
さっきまで迫っていた恐怖はもう無い。
異世界
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