おはようから始めよう
    はじめまして

    「はじめまして、苗字名前といいます。並盛には親の仕事の都合で越してきました。まだ全然並盛のこと分からないので色々教えてくれると嬉しいです。これからよろしくお願いします。」

    緩やかに微笑む口から紡ぎ出されるのは所謂転校生の定型文だった。至極普通の挨拶に数ヶ月前に転校生としてやって来た人の挨拶を思い出すと今教壇に立つ人物の真っ当さが伺える。

    明るめの赤茶色の髪は襟足まであり緩く癖がありフワフワしている。彼が入ってきた時から騒つく教室に納得するしかないぐらい整った顔立ちをしていた。イケメンと言うよりは中性的な顔で髪と服さえ違えば性別を間違えそうであった。背は俺と然程変わらなさそうだが見ただけで分かるぐらい足は俺より長い。

    「そうだな…席は沢田の横でいいか。沢田手を挙げてやれ。」
    「は、はい!」

    クラスの殆どの視線が俺に移るのを感じる。その視線は全て、何でダメツナなんだ、と物語っている。俺だって信じられないしこんな視線浴びるくらいなら他の人の横に行ってくれと思う。嫌々ながらも顔を上げると転校生と合う目。周りを気にしていないのか悠然と俺の横の席に着くと顔だけこちらに向けていた。

    「えっと、沢田くんだっけ?よろしくね。」
    「あ、うん、よろしく苗字くん。」

    俺が返事をすると一度満足そうに微笑みそのまま顔は黒板に向けらるが周囲の視線は厳しくなるばかりで俺は居た堪れなかった。



    「ねえねえ苗字くんって彼女いる!?」
    「どこから来たの〜?」

    これも転校生あるあるだろう。1時間目の授業が終わった瞬間にこれだ。隣の席である俺はとてもじゃないがこの勢いに勝てず一旦机から離れて教室の隅に避難していた。

    「モテモテだな苗字。」
    「ケッ、俺を差し置いて10代目の横に座りやがるなんて…。」

    俺と2人の視線の先は苗字と周りを取り囲むクラスメイト達だ。その輪の中心の人物は隙間から少し見える程度だが分かりやすく困った顔をしていた。しかし俺にはあの輪の中に突っ込む勇気は無いし獄寺くんも敵対視しているみたいで助けることが出来ずにいた。そんな俺達を知ってか知らずか横にいた筈の山本が目の前の輪に近づいて行った。

    「みんな落ち着けって。苗字困ってんだろ〜?聞きたいことあるなら1人ずつ聞かなきゃ苗字も分かんねえって。それにこれからずっと一緒なんだから焦んなくてもいつでも喋れるんだぜ?」

    流石は山本と言ったところだろう。みんなの反感を買うことなく納得させ場を鎮めてみせる。クラスメイト達は一斉に行いを反省し落ち着きを見せ始めた。教室はほぼいつも通りの雰囲気に戻っている。俺はようやくひと段落ついた事に安堵し自分の席に戻る。まだ残っていたのは助けた本人である山本と横の席である俺と俺に着いてきた獄寺くんだけであった。

    「助かったよ。えーっと…。」
    「山本武だ。好きに呼んでくれていーぜ。」
    「それじゃあ武、ありがとう。沢田くんもごめんね邪魔しちゃって。」
    「いやいや!全然気にしてないし苗字くんなら…仕方ないと思うし…。」

    そりゃ苗字くんほどの人なら男子も女子は放っておけないだろう。

    「というか沢田くんそんな苗字くん、なんて余所余所しい呼び方しなくていいんだよ?クラスメイトなんだから。」
    「そういう苗字くんこそ…。」
    「それもそうだ。」

    自分が言った言葉の矛盾に気づいた彼は可笑しそうに笑っている。よく笑う人だな、と思いながら一緒に釣られて笑う。彼の笑顔は周りも笑顔にする、そういう何かを持っている人なのだろう、穏やかな気持ちになる。

    「沢田くん下の名前何?」
    「綱吉だよ、山本とかにはツナって呼ばれてるよ。」
    「そう、ツナ。俺のことは名前でいいよ。」
    「うん、よろしくね名前。」
    「それで、後ろにいる彼は?」
    「あぁ、獄寺くん?」

    言われてからようやく後ろにいる人物の事を思い出し振り返る。いつもの如く眉間のシワと目つきの悪さに少しは慣れたとは言えやはり怖いものは怖い。しかし名前は気にした風でなく変わらず笑顔で獄寺くんの顔を覗き込んでいた。

    「獄寺くんの下の名前は?」
    「何でてめえに教えねえといけねえんだ。」
    「俺のことは名前って呼んでね。それで名前は?」
    「呼ばねえし馴れ馴れしくすんなっ。」

    めげずに聴き続ける名前と意地でも言わない気でいる獄寺くんとの無言の会話は数分続いた。折れたのは予想外にも獄寺くんで深い溜息を吐いたのちに呆れた顔を向けていた。

    「…隼人だ。」
    「隼人か。これからよろしくね。」
    「チッ、しょうがねえな。」

    最初の敵対心を緩ませた獄寺くんに名前はまた満足そうに笑っていた。

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