After that1

目を開けると見覚えのない天井があった。ここは何処か。何故こんな所にいるのか。ああ、確か気を失ったんだった。気を失った理由は。

「……ーーーーっ!!」

白蘭が死んだ。



「綱吉くん!」

目覚めた守護者達を確認した後入江は慌てたように地上に上がり沢田綱吉を探していた。と言っても彼がどこにいるか入江には分かっていたのか足取りに迷いは無く、探し人を見つけると安堵して一つため息を漏らす。ずっと幼い彼等を観ていた入江は成長した彼等を見慣れないと思う。

「正一くん、慌ててどうしたの?」
「目覚めた所で悪いんだけど、苗字さんの事で…。」
「苗字くんのこと知ってるの?」
「その事は後で話すよ。それより確かボンゴレの基地に運んでるんだよね?」
「ああ、何人かで見てくれてると思うよ。」
「監視を部屋の中に入れて拘束もした方がいい。」

入江がそんな物騒な事を言うなんて綱吉は思ってもおらず目を見開く。幼い自分がそうしたように己も彼が危険だなんて思っても居ないし今すぐ解放したい程だった。彼を疑う気持ちも分からない訳ではなかったが、まさか性根が優しい入江までとは思って居なかったのだ。しかしそれは本人の口から否定される。

「舌も噛めないようにするべきだ。」
「それって…。」
「沢田!苗字名前が目を覚ましたそうだ!」

入江に詳しく話を聞こうとした矢先、ラルによってそれは遮られた。しかも彼女が告げた内容は丁度今、懸念していた彼の事だった。聞くや否や入江と綱吉は駆け出していた。

入江は名前の事を知っていた。それも白蘭の口らか聞かされた紛れも無い事実を。仕事の話からズレ出すと節々に名前の名が出てきたのだ。その時ばかりは本当に楽しそうで、白蘭が人である事を実感する数少ない瞬間だった。最初の内は白蘭が人を愛せる事自体にも驚いたものだ。そしてこんな事やめれば良いのにと言えればどれだけ良かったか。話に聞くだけで実際に会ったことは無かったが白蘭を人に返せる名前を尊敬さえしていた。そして彼も白蘭をちゃんと愛していたのだと彼の惚気を聞いてればよく分かる。

そんな二人だったから、白蘭を失った名前を心配した。勿論彼の身が潔白なのは白蘭から散々話を聞いてた入江なら知っていた。故に何も知らないことも。そんな状態で彼が消える瞬間を見ていたのだ。どれだけ精神的ショックを受けたか入江には計り知れない。そんな人間が迎える結末も想像に難くない。ただ間に合うようにと、足に力を入れた。



入江と綱吉は呆然と、言葉も出なかった。



先程まで暴れていて枕が破れたのだろう。枕の羽だろうものがふわふわと舞う中で名前はただただ静かに涙を流していた。止め方を忘れたようにただぼろぼろと流れ続ける涙を前に、何も言えなかった。彼の姿にショックを受けたわけじゃない、ただ場違いだと分りながらも天使のようだと思ったのだ。まるで白蘭の羽に覆われているような錯覚に襲われたのだ。

「苗字くん…。」

先に我に帰ったのはマフィアのボスになり多少不測の事態に強くなった綱吉であった。躊躇った様な声に名前の指先が反応したのを見た。よく考えなくても入江と綱吉は名前にとって紛れもなく白蘭の仇であった。それなのにあまりにも無用心過ぎたと思ったのは名前が2人を視界に入れてからだ。それでも彼の涙は止まらない。

「沢田…?」
「久しぶり、だね…。」

綱吉の言葉は実際は間違いであった。名前は見ていたのだ、10年前の彼の姿が白蘭と共にいたところを。名前は自分の記憶にある幼い姿の彼と、今目の前にいる見覚えのないけれど年相応の彼とで脳が追いついていなかった。それどころでなかったとも言える。

けれど今の綱吉からしてみれば中学の卒業以来で、在学中でさえ関わりが無かった。そんな相手にどう話せば良いかさえも分からない。しかも最愛の人を倒した仇が自分なのに。

そんな2人はお互い混乱に陥りただ無言で、片方は未だに枯れる事のない涙を流し続け、片方は必死に言葉を紡ごうと頭を働かせていた。終わりの見えない無言の中、口を開いたのは今まで黙っていて存在が薄れていた第三者であった。

「苗字さん、ですよね。」
「誰…。」
「入江正一って言います。白蘭さんの…友人でした。」
「白蘭の……。何があったのか教えて…全部。沢田のことも、君のこともだ。」
「聞いてくれますか、全部。」

呆然とした瞳から一変、涙に濡れながらも彼の瞳には強い意志が感じられた。そして入江は思った、なんて無駄な心配をしていたのかと。彼が自殺するなんて、この瞳を見たら思い付かない。何より、思い返してみると白蘭が自殺なんて選択肢を取る人を好きになる筈が無いのだ。死ぬなんて逃げの様な選択肢を好まない彼ならば。