「そっか、うん、そっかぁ……。」
苗字くんは納得した様な事を言っていたけどその顔は何処か受け入れきれていない様で当たり前だけど哀しさが滲み出ている。
「白蘭らしいなぁ。」
そう最後と言わんばかりに一筋だけ彼の頬を涙が伝うのを俺達は見ているだけだった。間違った事をしたとは思わないけど罪悪感で心臓は握りつぶされそうな程痛む。
「それどころじゃ無いと思いますけど、少しだけこれからの苗字さんの話をさせてください。」
「正直、今苗字くんを帰せないし仕事も……多分、会社も潰れると思う。調べたら白蘭も無関係じゃ無さそうだから。」
「あの会社「家から近いからどう?」って白蘭に勧められて入ったからなぁ…。」
どこか現実味が無いのか朧げな雰囲気で返事が来る。
「……俺や正一くんは苗字くんがこの件に関係ないと思ってる。」
「うん…でも、周りはそんなの信用しないよね。聞いた限り、途轍もなく大きな事みたいだし…監視、したいんだよね。白蘭の恋人なんて彼の一番近い場所に居たって思われる僕を。」
「すみません、苗字さんにはこのままボンゴレの施設に居てもらうことになります…良いですか?」
「僕に選択権はないよね。」
諦めたようにベッドに再び倒れ込む苗字くんは目を伏せ意識はもう此方に向いていなかった。正一くんは哀しげな目を苗字くんに向け、強く握られた掌に食い込む爪が血を滲ませていそうで心配になる。
「…また詳しく決まったら来るね。こっちもバタバタしてて。」
「……うん。」
拒絶するかの様に顔を覆い隠す腕の中で、苗字くんがどんな顔をしていたのか俺達は知ることが出来ない。部屋から出て息苦しさから解放された気がして一息ついた瞬間、背後の扉から微かに漏れる咽び泣く声。俺は同級生だった苗字くんの事を実際のところ全然知らないしこんなに感情豊かな人間だと思っていなかった。その感情を動かす相手が自分達と相対する者というのはなんとも皮肉である。
「俺達がした事って正しいのかな。」
「分からない、けど苗字さんが苦しんでるのは白蘭さんの、僕達の所為なのに変わりはない。けどみんなが生きてるのは君のお陰なんだ。ありきたりだけど、君のお陰で僕達は生きてるんだよ。きっと苗字さんもそこは分かってくれてる、だから僕達を責めたりしなかったんじゃないかな。」
「正一くん…。」
「だから僕らは彼を色んな意味で守らないといけない。それがきっと僕らの責任で、唯一できる白蘭さんと苗字さんへの償いだ。」
「そうだね。」
正一くんの言う通り、それが俺達が選んだ未来の責任だ。未来で苗字くんが笑顔になれるように、俺達は俯向くのを辞め前を見据えた。
「行こう、やる事が一杯だ。」
「慌てて出てきたから獄寺くん達が心配してそうだ。」
「平和な証拠だよ。」
俺達が選んだ未来は、何処へ向かうのか。ただ皆んなが笑顔で、幸せで、平和であります様に。苗字くんを含めた皆んなが。
「ふっ、ぅゔっ……。」
情け無い、何て情け無い。白蘭が死んで悲しいから泣いてるのであればどれ程良かったか。いつもみたいに「仕方ないね、名前は。」って白蘭が言ってくれる気がして、慰めに来てくれると、馬鹿みたいな事を考えて僕の涙は止まらない。
僕より子供っぽくてでも偶に見せる遠くを見つめる目は僕より幾つか年上だという事実を浮き彫りにして。海が好きだと言う僕の目に映る海が好きなのだと彼は言う。いつも冷たい瞳は僕を見る時だけ緩むのだ。冷ややかな皮膚は僕に触れると熱を持つ。甘いマシュマロが大好きな癖に何よりも白蘭自信が一番甘かった。何処までも彼は僕に甘い。僕はそんな僕にだけ甘い白蘭が大好きだ。白蘭はそんな僕に気付いて尚更甘やかした。それが僕の知る白蘭の全て。
僕は彼の事を実際のところ殆ど知らない。けれど僕らはそれで良かった。僕は彼が好きだし彼は僕を好きと言った。それが全てだ。それだけで良かった、幸せだった。呼吸の様な愛だった。だから会えない間も生きていれば僕らは愛し合えた。生きてさえ居れば、なのに。
僕を愛してくれた人はもう居ない。僕が愛する人はもう居ない。ただ一方通行に僕が行き場のない愛を持て余すだけ。けど僕まで死んでしまったら本当に白蘭の痕跡が亡くなってしまう。僕らの愛を証明するものが無くなってしまう。死ぬ事は、できない。
こんなにも身が引き裂かれそうなのに、この悲しみに耐え切れる気がしなくて、死にたくて。でも過去を捨てることの方がよっぽど怖くて。きっとそんな僕を見ると彼は悲しそうに笑う気がするから。あの時の白蘭が僕に笑う事を望んだ気がするから、僕は。
「こんなにも死にたいのに、死ねないじゃないか…白蘭っ……。」
君が僕の未来を望んだから僕は死ねない。