The expression seen for the first time

白蘭を病院から見送って一日。苗字君と白蘭がどうなったのか俺たちは知らない。気にはなるけど家庭教師が学校を休むのを許してくれるはずも無く、いつも以上に身が入らない授業を聞き流してしまった。昼休み弁当を持ち寄っていつもの3人でいつもの屋上に来ていた。苗字君は、学校に来ていない。

「やっぱり放課後探しに行こうよ。」
「そうだな、行こうぜ。」
「ケッ、あんな奴ら放っときゃいいんすよ。」
「そういう訳にもいかないよ。」

いつも通りな獄寺君には苦笑いしかできない。否定的ではあるが俺と山本が放課後何処を探すか相談していても決して話を聞いてないなんて事はない。寧ろ「苗字なら静かなところとかじゃないっすかね。」なんてアドバイスまで出てくるのだから素直じゃない。3人で相談してる中不意に屋上の扉が開く音が聞こえた。

大体ここに来るのは雲雀さんか雲雀さんに追われてきたディーノさんか。はたまたリボーンか。大体決まった人しか訪れない。けれどその扉の前に立っていたのはまさしく渦中の人だった。

「苗字君!!」
「…沢田。」

苗字君はどこか疲れてそうな雰囲気だけど以前みたいな刺々しい雰囲気や刺す様な眼はしていなかった。少し前にはよく見る穏やかな波のような苗字君だった。

「山本と、獄寺も。」
「よっ、苗字。」
「何しに来たんだよ。」
「獄寺君っ!」

苗字君は何かを言いたそうに、けれど言いにくそうで口を開けるのを悩んでるみたいだ。何秒かそうした後勢いよく苗字君は頭を下げた。

「苗字君!?急にどうしたの、」
「ごめん、ずっと君達に酷い当たり方をしてた。ごめん。」

多分、苗字君が謝るのは間違いじゃないんだろうけど。同級生、ましてや仲良くしたい相手にそんな事して欲しくは無い。もう今度こそ全部解決したんだから。

「…白蘭には、会えた?」

そう聞くと苗字君は嬉しそうで泣きそうで、見た事の無い笑い方をしていた。きっとこれが本来の苗字君なんだろう。今まで教室で見てた距離のある笑顔とは比べ物にならないぐらい苗字君との距離が近く感じた。

「会えた、よ。」
「なら良かった。昨日病院から出てってからどうなったか分かんなかったから。良かった。」
「え、そんな、簡単に…。」
「俺なんて白蘭に命助けられてるしな。」
「この前も白蘭が居なかったら危なかったよね。」
「…まぁ、10代目がそう仰るなら。」
「俺達、白蘭にも苗字君にも何もされてないよ。」
「そうそう、なんなら俺らは苗字と話してぇって思ってたんだよな!今度白蘭とうちの寿司食いに来いよ。まだちゃんと礼が出来てねえからさ!」

こういう時いつも山本の明るさには助かったと思う。決して裏なんてものがない笑顔は苗字君を安心させられたみたいだ。今なら苗字君と友達になれるだろうか。そう思うとここ最近大変だったのも仕方ない事だったと言える気がする。

「うん、分かった。今度行くね。ありがとう。」
「おう!」
「そういえばその白蘭はどうしてるの?」
「あぁ…なんかやる事があるらしくて僕を学校に送って何処か行ったよ。」
「え。」
「…あいつ一人にしていいのかよ。」
「いや、その、そもそも今住むところもないから…そういう色々みたい。放課後にも迎えに来てくれるみたいだし。」
「えっ、白蘭学校来るの!?」

さて今雲雀さんは校内に居るのだろうか。もしこのまま放課後になり白蘭と雲雀さんが会ってしまったら、恐らくどちらも無事では済まないだろう。そして恐らく俺たちも。問答無用で巻き込まれるのが目に見えてる。けれど白蘭に来るなと伝える手段も無い。雲雀さんが運良く校外に出ているのを願うしかない。放課後を思うと頭が痛い気がしてきた。



「アレ?綱吉クン達も一緒だ。」

放課後、不安は消えず結局苗字君に着いて学校を出ようとしていた。気まぐれな白蘭の事だから幾らか待つ事になるだろう。そう思っていたのに予想外にも白蘭は俺たちが校門に着いた時既にそこにいた。派手な見た目は周りから怪訝な目で見られていただろうに本人はどこ吹く風で佇んでいた。

「用事終わったの?」
「一通りね。」
「用事?」
「部屋借りたりとか色々ね。あ。遊びに来る?」
「いっ、行かないよ!?」
「つぅか、雲雀の野郎に見つかったら面倒だからさっさと行けよ!」
「白蘭が来るって言ってからずっと言ってるんだよね。」
「だから一緒なんだ。ん〜でも雲雀クンと遊んだ事ないから楽しそうだなぁ。」
「ハハッ、ここら一体吹き飛びそうだな。」
「山本それ笑い事じゃない。」

本当に洒落にならない。何なら白蘭には並盛に近寄って欲しくは無い程。でもまあ苗字君が居るからそうも言えない。現に今白蘭は驚く程落ち着いていて、俺が知ってる刺すような雰囲気は無かった。逆に苗字君は昼休み話した時以上に緊張してるみたいだ。白蘭とは実際、昨日今日会ったばかりなのだから仕方無いのかもしれない。

「ま、それはまた今度かな。行こう名前。」
「え、あ、うん。じゃあ皆んな、また明日。」
「おー、またな。」
「さっさと行きやがれ。」
「また明日!」

思ったよりあっさりと引いた白蘭は名前と帰ろうとする。苗字君が関わると俺の知ってる白蘭とはこんなにも違うものなのか。山本じゃないけど今の白蘭なら大丈夫って思う。だから苗字君の事も笑って見送れた。



「名前。」
「な、何?」

沢田達と別れてから、自覚があるぐらい僕の口数は減っていた。元々お喋りではないけれど、それでも白蘭と何か話したい気持ちはあって。でも何を話せば良いのか分からない。そんな矢先に白蘭は不意に立ち止まる。

「これ。渡しとくね。」

差し出される手に不思議に思いながら素直に手を出すとその手のひらに落とされたのはよく見るような鍵だった。

「え、これ。」
「僕の部屋のだよ。借りたって言ったでしょ?まあ場所は今から確認するとして、いつでも来ていいよ。」

そんなもの急に渡されても困る。だって、知り合って1日だ。知ってるけど、知らない。白蘭だってそうじゃないの?なのにこんなあっさり大事なものを渡してくる。僕には白蘭が分からない。分からないけど嬉しくて、でも手の上のものはとても重く感じる。狼狽えてる僕なんてお構い無しに、全て悟った様に歩みを進める白蘭を少し憎らしくも思う。歳の差なんてそんなに大きいものじゃない筈なのに。どうしてそんなに余裕そうなのか。何度でも言うが知り合って1日だ。

「早くおいで。」

そうやって笑う白蘭はきっと全部分かっていた。僕がこの鍵を使う事が長い間ない事も。僕だけがまだ知らない。