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(山脇博史(43)千葉県浦安市出身 職業無職 犯罪歴は横領で不起訴、か…)

言っていなかったけど私はほかの人より記憶力がいいみたいで、頭の中には全国民のデータが入っている。まあ今回はじめて頭の引き出しから出したけど。

(どこかでこの人見たことあるんだよな…)

犯人の顔をじっくりと観察し、記憶のパーツひとつひとつを拾い集めていく。

(思い出した!この人防衛大臣の元秘書だ!)

政務活動費を横領した元秘書逮捕。一時期ニュースで話題になったからここにいる誰かは犯人が元秘書だと気付いているかもしれない。

(でも何で立てこもり…?)

不起訴にはなったが無職になって金が無いから強盗をはたらく、なら話は分かる。だがこいつは金には目もくれず人質をとって立てこもった。秘書解雇と立てこもりに何の因果関係があるのか。考えを巡らせているうちに犯人がスマホで人質を撮影し始めた。

「先生見てますか。あなたが自分の罪を私になすりつけたからこうなったんですよ。」

そう言って犯人は拳銃を一番近くにいたコンビニの従業員の前でちらつかせる。従業員は恐怖で声にならない叫び声をあげた。

(そういうこと。嵌められた腹いせに立てこもりね。)

「ちょっと蘭どうにかできないの?」
「ええ?どうにかって…?」
「ほらいつもみたいに得意の空手でパーンとよ!」
「そんなに簡単に言わないでよ…」

一人納得していると、隣で自分と同じように伏せている女子高生2人がこそこそ話をし始めた。いや結構大きな声だが…。幸い犯人には気づかれていないようだった。

「ねえねえ女子高生。空手が得意って本当?」
「え…「そうなんです!蘭は都大会で優勝してるんです!」ちょっと園子!」
「ほうほう優勝ね。」

女子高生に協力を要請するのはちょっといただけないがしょうがない。世の中助け合わなくては生きていけないもんね。

「じゃあ私がお腹痛いふりをしてあいつをおびき寄せるから、もし私が失敗しちゃったらよろしくね。」
「よろしくねっておねえさんは…」
「大丈夫。おねえさんはこういうやつらを捕まえるのがお仕事だから」

胸ポケットの警察手帳をチラりと見せてウインクをする。あら?今のちょっとかっこいいんじゃない?

「あたたたたた!痛い痛いー!!!」
「な、なんだ!?」
「お腹が痛くてもう死にそうだよー!!」
「くそちょっと待ってろ!」

犯人がお人好しでよかった。それより女子高生、冷たい目線を送るのはやめてくれ。大根役者なのはしょうがないでしょ。

スマホを置いて犯人が近寄ってきた。

「おい今トイレに、ぐあっ!!」

差し伸べてきた手をつかんで思い切り引っ張り、犯人がぐらついたところで頭を床にたたきつけた。鼻が折れた音がしたけど、関係ない人たちを巻き込んだ罰だ。

手錠は携帯していなかったから売っていたガムテープで犯人を縛り上げる。(これ経費でおちるかな?)

「わ、わぉ…」

女子高生たちが次は興奮した目で見つめてくる。

「す、すごいですおねえさん!」
「いや〜いつもデスクワークだから出来るか不安だったんだけどね。」

それでもすごいすごいと彼女たちに褒められ続けていると警官が突入してきた。が、すでにのびている犯人を見て唖然とする。遅すぎだよ、もう。

「じゃああとはよろしくお願いしますね。女子高生たちも気を付けて帰ってね。」
「え?あ、ちょっと…!」

ガムテープを警官に渡してそそくさとその場を後にする。この後やって来るだろう刑事には遭遇しないほうが良さそうだ。うちと刑事部はよく分からないけどそりが合わないようだし。

コンビニ周辺には多くの報道陣と野次馬であふれかえっていた。多分犯人はスマホで撮影していたものをネットで配信していたのだろう。
自分の無実を晴らすために罪を犯す。ほかに方法はなかったのだろうか。
権力が強い者に弱い者がつぶされる。弱い者はどうやったら自分の声に気付いてもらえるのだろうか。
そこまで考えて頭を強く振る。

(私が考えても仕方ないこと…)

雲行きが怪しくなってきた。早く帰らないと一雨降りそうだ。
灰色の空を見上げていると無性に彼に会いたくなった。




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