密やかな罠に嵌ったのは

「おはようソフィー、大広間に行くわよ」

「おはよ〜エルザ…ぐー」


まだ寝ぼけているソフィーを立たせ、無理矢理引きずるようにして大広間へ向かう。
純血が上座でその他が下座(リドルを除く)、という暗黙のルールが敷かれたスリザリン寮のテーブルには、既に何人かの生徒が食事をしていた。
私達も適当に席を見繕い、隣同士に座る。なぜ向かい合わせで座らないかというと、ソフィーが寝ぼけてまともに食事をとる事ができないからだ。


「ほらソフィー起きて。何が食べたいの?」

「ぐ〜」

「分かった、いつものね」


と、ここまでは良かった。
私の平穏な日々は、この朝食の時間を境に消えてしまう事になる。


ガタッと向かいの席から音がした為、ソフィーから視線を外して正面へと向ける。そこには、いつも向かいに座る友人のマリーやエマでは無く、私の大嫌いなミスター優等生ことトム・リドルが笑顔で座っていた。


「おはよう、Ms.アルフォード。ああ、Ms.アルフォードって呼びづらいからエルザって呼んでも良いよね?僕達同い歳なんだからさ。エルザ、何か食べたい物はある?僕がよそってあげるよ」


一瞬で周りの空気が冷えるのを感じた。ついでに女の子達からの嫉妬という名の視線が集まって私を射抜くのも。
誰もが固唾を飲んでこちらの様子を伺っている。そりゃそうだ、ミスター優等生さんとスリザリンの変わり者が一緒の席に着いているんだもの。

おかしい、入学してから昨日までの5年間、ろくに挨拶もしてこなかったじゃないか。たまに私と一緒にいる子が話しかけるくらいで、私とリドルの間に会話なんて無かったはずだ。
そもそも優等生さんは私の存在など気に止める必要が無いだろう。じゃあ一体何故お仲間の所へ行かずに私の前に座ったのか。

生憎頼りになりそうなソフィーはテーブルにおでこをくっつけて撃沈中だ。
と、とにかく何か言わなきゃと思い口を開く。


「おはようMr.リドル。貴方、いつもの純血なお友達はどうしたの?貴方選り取りみどりじゃない。まともに話した事も無い女の前を選ぶなんて、どういう風の吹き回し?あ、罰ゲームでスリザリンに相応しくない女をオトして来いとか?なら残念ね、答えは「絶対嫌」よ。さ、早くお友達の所に帰って。二度と私に話しかけないでちょうだい」


ノンブレスで言い切ってから、スリザリンらしいひねくれた笑みを顔に貼り付けてリドルを見る。勢い余って何か言ってしまった気もするが、気分を害した彼が早急に私の前から消えてくれないと困るから仕方が無い。

怒って立ち去ってくれるのかと思ったが、現実はそう上手くはいかないようだ。リドルはじっと私を見つめ、口は間抜けにも半開き状態。リドルが動かないもんだから私も目を逸らせない。そのまま見つめ合っていると、ザワザワと大広間が賑やかになった。


「ねえ、いつまで私達の食事の邪魔をするつもり?」

「っ……ああ、ごめん」


しびれを切らせて強気の口調のまま問いかける。
学年中の人気者になんて口を、と心の中は大パニックだったが取り繕う必要は無いと判断して睨みつける。

問題のリドルだが私の言葉に気分を害した様子は無く、杖を取り出してサッと一振りした。すると、私とソフィーの前にバターがたっぷり塗られ黄金色に輝く焼きたて食パンとゴブレットが現れた。
…私達が毎朝食べている食パンを、どこで。


「エルザとMs.オースティンの食事の邪魔をしちゃったお詫び。ジュースは僕オリジナルブレンドだよ。ほら、飲んでみて」


言われた通りにゴブレットに口をつけて、少しだけ含む。リンゴジュースに蜂蜜と砂糖を入れたような、とにかく甘いジュースだった。うん、不味くはない。むしろ好きな分類に入る味。

リドルに「飲んだから早く立ち去りなさい」という念を込めた視線を送ると、観念したように肩を竦めて席を立った。
ああ、やっと一息つける、と思ったその時。
リドルはくるりと振り返り、惚れてしまいそうなくらい綺麗な笑顔を浮かべて言い放った。


「ああ、そうそう。僕が君に話しかけたのは罰ゲームでも何でもないよ。だから、これから仲良くしてくれると嬉しいな」





「ソフィー、なんで助けてくれなかったの」

「あ、バレてた?」


「だってびっくりしたのよ」と困った顔で微笑む、やり取りの間に隣で狸寝入りを決めていた友人を肘で小突く。ソフィーのおでこは赤くなっていた。自業自得だ。


「だけど本当にびっくりしたわ。まさか貴女にトムが話しかけるなんて!いつの間に仲良くなったの?」

「仲良くなんて無い。さっきが初めてよ。これ以上目立ちたく無いから金輪際関わって欲しく無いわね」

「トムと仲良くなりたくない女子なんて貴女くらいよ」

「それは光栄で」


ゴクリ、とゴブレットの中身を飲み干す。口の中にまとわりつく甘ったるさを消したくて、勢いよく食パンに齧り付いた。

…ソフィーのゴブレットの中身が無いのは、単にリドルが寝ているソフィーに気を使ったからだろう。

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