イヴの隠された左目を見た事は誰にも言わなかった。彼女から「言うなよ」と止められはしなかったが、俺が言いたくなかったのだ。





6年生になってから急にイヴが色気づきやがった。

ファンデーションを塗り、淡い赤色のチークを乗せ、口に紅を引いた姿で俺達のコンパートメント内に現れた時はビックリした。おいおい、何があったんだよ。
「なになにアスター、好きな人でも出来たの!?」と鼻息荒く突っかかるジェームズにも「内緒だ」と人差し指を口の前に持っていき、フッと微笑んで大人の余裕とやらを見せつけるイヴ。1年前なら訳わかんねえ呪文飛ばしてジェームズにお急を据えていたはずだ。なんだかいつもと違うイヴの様子に動揺してしまった。

「それ」に気づいたのは特急を降りた時からだった。何となく周りから視線を感じる。よく見るとそれはイヴに注がれていて、腹立たしい事に視線をやっていた奴らは皆男で。「おい、アスター可愛くね?」という声が聞こえた時はゾッとした。…まさか。
案の定その男達は皆鼻の下を伸ばしてデレデレ(してるように俺の目には見えた)。慌ててイヴを背中に隠し、ギロリと睨みつけて牽制する。ヒッと情けない声を上げて逃げていった男達に後で覚えてろクソ野郎共、と心の中で罵りながら、「シリウス?」ときょとんとこちらを見上げるイヴの手を引いてジェームズ達の方へと歩いていった。





「皆の者聞け!夏から我が眷属となりし魔族を紹介しよう」


組み分けを終え美味しい料理に舌鼓を打っていると、突然イヴが立ち上がり言った。何が始まるんだ?とイヴを見ると、突然イヴの袖がモゾモゾ動き、黒い何かがテーブルに飛び出してきた。


「紹介しよう!ウロボロスちゃんだ!!」


シャー!とこちらを威嚇する真っ黒な色をした小柄な蛇。「蛇だ」「蛇だね」「怒ってるね」「怒ってる」とジェームズとリーマスがコソコソと話す声が聞こえる。「賢いんだぞウロボロスちゃんは!」とドヤ顔で話すイヴ。ああ可愛いなあ…じゃなくて!


「どこで拾ったんだ!毒があったらどうするんだ!」

「教会の裏で出会ったのだ。毒は無い!多分!」


イヴが手を伸ばすと、ウロボロスは鎌首をもたげたままスリスリと甘えるような動作をした。羨ましいな畜生、ってそうじゃない。
「ほらウロボロス、皆に挨拶をするのだ」とイヴが言うと、ウロボロスはこちらに向かって丁寧にお辞儀をした。飼い主は「さすがウロボロス!賢い子だな!」と親バカを発揮してきゃあきゃあ喜んでいたが、ジェームズは顔を引きつらせているし、リーマスは困ったような顔をしているし、ピーターに至っては怯えて震えていた。リリーだけが「凄いわね、ウロボロス!」と喜んでいる。


「おい、おかしいだろ。普通の蛇がそんな簡単に言う事を聞くか?魔法動物なんじゃねーの」

「そうなのか?ウロボロス…ふむ、違うと言ってるぞ」

「ええっアスター、蛇の言葉が分かるのかい?」

「もちろんだ!契約を交わしたからな!」


カーカッカッカッ!と決めポーズをしながら高笑いを上げるイヴ。「いや契約ってなんだよ」ってツッコミを入れるが、「契約は契約だ、なあウロボロス」と教えてくれなかった。


「シャー!」

「うわっ、何するんだよ!」


イヴとじゃれていたはずのウロボロスがいきなり俺の正面に来て威嚇を始める。「こらっ!やめんかウロボロス!」と慌ててウロボロスを捕まえ、ローブの中に押し込もうと奮闘するイヴとそれから逃れようと暴れるウロボロス。


「いやーウロボロスくんはきちんと敵が分かってるんだね!」

「おいジェームズ、何が言いたいんだ?」

「べっつにー?」


ニヤニヤと笑いながら俺を見るジェームズ。「恋敵が蛇だなんて可哀想だね」と笑われ、ムカムカと腹が立つ。


「シリウス、僕は君が何年もこじらせてる事は知ってるけどね、今のままだと盗られちゃうよ?」

「…誰に?まさか蛇とでも言うのか?」

「蛇だと良いんだけどねえ」


周り見てみろよ、と言われて辺りを見渡す。あちこちの男が俺達の方をチラチラと見ているのが分かった。


「蛇が珍しいんじゃねえの?」

「本当にそう思ってるの?」


ジェームズに呆れ顔で言われ黙り込む。本当に思ってる訳ねえだろ。原因は急に色気づきやがったイヴにある事は分かってる。だけど、どうして急に。
なんだかイヴに置いてかれた気がした俺は、これ以上余計な事を考えないようにと目の前のチキンソテーにナイフを刺した。チキンは大好物なはずなのにあまり美味しく感じなかった。
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