「っ…!」

「あっおい待て逃げんな!」


血相を変えて逃げ出そうとするイヴに腕を伸ばし捕まえる。抵抗するようにジタバタと暴れていたが、逃げられないと悟ったのかピタリと動きを止めた。こいつ触れてもビビらなくなったな、と呑気な事を考える。


「シリ、ウス…うわぁぁぁぁん!!」

「ヴッ!は?えっ」


いきなりくるりと方向転換したイヴにタックルを決められ呻いてしまう。何するんだよ、と言おうとした口からは間抜けにも単語しか出なかった。腹から感じる柔らかい感触と、背中に回された手。

…俺、抱きつかれてるのか?

うわぁぁうわぁぁと子供のように声を上げて泣くイヴ。えっ、俺どうしたら良いんだよこれ。抱きしめ返せば良いのか分からず俺の両手は空中で停止。初めて見るイヴの姿にただただ動揺する。こういう時気の利いた言葉のひとつやふたつ言えたら普通の女はコロッと落ちてしまうんだろうが、生憎俺の心は「えっイヴ泣いて…は?どうすれば良いんだよこれ、えっ」とパニック状態で、そんな事微塵も考える余裕が無かった。


「ズビー」

「おい!俺のローブで鼻かむんじゃねえ!!」





いつまでも廊下に居る訳にはいかないだろうとイヴを連れてきたのは女子トイレの中。便座にイヴを座らせ、泣き止むまで背中をさすってやった。誰かに見られたら終わりだ。卒業まで変態のレッテルを貼られてしまうに違いない。運良く女子トイレに居座っている嘆きのマートルは何処かへ出かけているようだった。頼むから俺達がここを去るまで帰ってくるなよ。


「あー、その、大丈夫か?」

「も、問題無い」


涙で顔中ぐしゃぐしゃになったイヴの顔をハンカチで拭いてやる。…女の泣き顔ってもっと綺麗なもんじゃねえのかな。お世辞にも綺麗と言えない顔をしたイヴだが、泣き顔を晒してくれるくらい信頼されるようになったという嬉しさで俺は全然気にしてなかった。よく見たら可愛いじゃねえか、と思ったくらいだ。


「眼帯も涙でぐしゃぐしゃだぞ。外さねえのか?」

「えっ…ああ」


眼帯は涙でしっとり濡れていて、放っておけば皮膚が被れてしまうかもしれない。まあ魔法で乾かせるのだが。隠された左目が見れるかもしれないと思った俺は黙っている事にした。
イヴは「ああ」とか「うう」とか唸りながら外すかどうか考えてるようだ。魔法を使うという考えが浮かばないあたりがアホだ。そんな所も可愛い。


「我の左目は邪気眼でな、見た奴は呪われてしまうのだ。多分」

「多分かよ」

「うう…シリウスは、見ても我の事嫌いにならないと誓えるか?」

「もちろん」


今から戦場へ向かう兵士のような顔をして尋ねてくるイヴ。本当に呪われているのか?と不安になったが、エバンズですら見た事の無い左目が気になり、好奇心が勝った俺は眼帯の下を見せてもらう事にした。

イヴは「ん」と目を閉じて顔を俺に向けた。って俺が取るのかよ!一瞬キス待ちかと思った俺の頬をグーで殴り牽制する。落ち着け、落ち着け俺。
ゆっくりと眼帯を外す。パチリと開かれた両目に思わず「おお」と感嘆の声を上げてしまった。


「左右で色が違うのか」

「…ああ」


左目は黒と茶が混ざったような色をしていた。「ほとんど視力は無いんだ。理由は分からん」と再び目を閉じられてしまう。ほんの数秒だったが、幼馴染にすら見せなかった左目を見せてくれたという事実が俺に高揚感と優越感を与えていた。


「大丈夫か?呪われたりお腹が痛くなったりしてないか?」

「してねえよ!…綺麗な瞳だった」

「っ!あ、ありがとう…」


リンゴみたいに顔を真っ赤にさせて照れるイヴが可愛すぎて、これは脈アリか?なんて考えてしまう。勘違いするな俺、気のせいだ、これは気のせいなんだと自分の頬を抓った。


「あのさ、ここ数日引きこもってた理由と俺達を避けていた理由って何だ?さっきイヴと話せて俺すげー嬉しかったんだ。理由も分からず避けられてると寂しい」

「そ、それはだな…」


再び顔を真っ赤にさせながらモゴモゴと口を動かすイヴ。両目を忙しなくキョロキョロと動かしている。


「…引きこもってた理由は、ここの住人に悩みを聞いてもらっていたからだ。避けていた理由は…感情の整理が出来てなかったからだな。貴様らのせいでセブルスとリリーは仲違いを起こしてしまった。だけど、あの出来事が無くてもいつかは道を違えただろう。それが試験の日だったってだけなのかもしれん。そうしたら、貴様らは悪くないのかもしれないと思ってだな…」

「分からなくなってしまったのだ。何が正しくて何が間違ってるのか。変わらずに3人で居られると思っていた我が間違ってたのかもしれない」


目から涙をポロポロと零しながら、自虐的な笑みを浮かべたイヴの姿が痛々しくて、俺は自分からイヴを抱きしめた。俺達の行動がイヴを傷つける事は分かってたじゃないか。過去の自分をぶん殴りたくなったが、今は俺の胸に縋るように静かに泣くイヴの背中をさすってやる事に集中した。
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