もう二度とアリスと合わないと心に決めたのに、その決意は簡単に崩されてしまった。


全てが終わってしまった日から3日後の昼休み。何となく1人で居たい気分だった僕は、湖の畔をフラフラと歩いていた。暫く歩いていると、一本の大きな木が立っているのを見つけた。こんな所に木なんてあったっけ?首を傾げながら近づいてみると、木の根元で誰かが眠っていた。見慣れたピンクブロンドの髪を持つ、僕がもう二度と合わないと心に決めた人。ギュッと心臓がキツく締められるのを感じながら、急いでその場から離れる為に足を進めようとした。


「待って!!」


ガバリと背中に抱き着かれ、身動きが取れなくなってしまう。突然の出来事に頭が真っ白になった。


「どうして、君が」

「リーマスくんと話がしたかったから」


どうか逃げないで、と震える声で言われた僕は、腰周りを掴む手をゆっくり離してアリスと向き合った。
3日しか経っていないというのに、彼女の揺れる金色の瞳がひどく懐かしいように思えた。





「来て」と手を引かれて連れてこられたのは、禁じられた森の入り口だった。


「私がどうしてリーマスくんの事を知ったのか教えてあげる」


そう言ったアリスは困ったように眉を下げて微笑んだ。次の瞬間、彼女の身体はぐにゃりと歪み、しゅるしゅると音を立てて小さくなった。


「にゃーん」

「…チェシャ、猫」


アリスが居た場所に現れたのは、見覚えのあるピンクとスミレの縞々模様に金色の瞳。
チェシャ猫の正体はアリスだったのか、と目を丸くする。


「アリスってアニメーガスだったんだ」

「うん。未登録のね」


再び人間の姿に戻ったアリスが答えた。


「あれ、でも前アニメーガスの本を読んでいた時言ってたよね?アニメーガスは目指してないって」

「ああ、だってその時は既に変身できてたから」


アリスは「未登録は違法だから、バレちゃいけないと思って」と悪戯がバレてしまった子供のような顔をした。


「それで、初めて私と…チェシャ猫と会った時の事、覚えてる?」


アリスに尋ねられ、僕は「うん」と頷いた。「そう」とアリスに微笑まれる。


「実は私、あの後リーマスくんの後を付けちゃったの。好奇心が抑えられなくて…そこで、狼に変身したリーマスくんを見つけた。ビックリしたよ。あまりに綺麗な狼が居たもんだからさ」

「綺麗な…?本気でそう言ってるの?」

「本気だよ。月明かりに照らされてさ、美しいと思った。何となくリーマスくんに似ていたから、余計に。その後そこで一晩過ごして、人間の…リーマスくんの姿に戻る狼を見届けた後、自室に戻ったのさ」


あまりに真剣な眼差しで僕を見つめるから、冗談とは思えなくて。動揺して動けない僕に手を伸ばしたアリスは、僕の頬の傷をそっと指でなぞり、笑った。


「狼の君も綺麗だけど、人間の君も綺麗だね」


生まれて初めて言われた言葉に、目頭が熱くなる。人狼の僕を理解してくれる人は何人か居たけれど、「綺麗だ」なんて言ってくれる人は1人も居なかったから。

人狼の僕と人間の僕、その両方を認めてもらえた気がして、涙がぽつりぽつりと落ちて頬を濡らす。


「…どうして」

「何が?」

「人狼の危険性について、調べてたんでしょ?僕に噛まれたら人狼になっちゃうのに。どうして、どうして僕が人狼だと知った後も側に居てくれたの?」


アリスの金色の瞳が、満月が三日月へと形を変える。
優しく微笑んだアリスは、「まだまだ甘いな」と言った。


「君の事が好きだから。それだけだよ」


遂に涙腺が壊れてしまったかのように大量の涙が流れた。ギュッとアリスを抱きしめ、華奢な肩に顔を埋める。「リーマスくん、苦しい」と抗議の声を上げられてしまったが、それでも僕は彼女を抱きしめるのを止めなかった。

ああ、先に言わせてしまうなんて男として情けない。

頭ではそう思いながらも、僕は必死に「僕も」「僕も君が好きなんだ」と言い続けた。
アリスはゆるゆると僕の頭を優しく撫でながら、「うん」「うん、ありがとう」と繰り返し答えてくれた。





「落ち着いた?」

「お陰様で。情けない所見せちゃったな」

「大丈夫。首席取ってくれたら許す」

「ええ、それは難しいなあ」

「せっかく手間ひまかけて育てたのに!」


禁じられた森の入り口に生えている木を背もたれにして、僕達は手を繋いで談笑していた。アリスの熱が右手を通して伝わってきて、僕を暖かい気持ちにさせてくれる。


「アリス」

「なに?」


僕の見つめながらフフッと笑いを零すアリスがとても愛おしくて。


「わっ」


彼女の腕を引いて僕の腕の中に閉じ込める。「急に何を」と抗議する彼女の唇にそっと口付けた。


「…リーマスくん、大胆だねぇ」


顔を林檎みたいに真っ赤にさせて俯くアリスがとても可愛くて、僕はもう一度彼女に口付けた。


満ちた月を恋い慕う

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