「はい、羽根ペンを置いて!」


フリットウィック先生のキーキー声を合図に、僕は羽根ペンをそっと机に置き、ホッと息を吐いた。闇の魔術に対する防衛術の試験を終え、全ての試験が終了したのだ。羊皮紙の山から這い出た先生から「出てよろしい!」と言われたので、鞄に羽根ペンと試験問題用紙を入れ、慌てて立ち上がった。


「お〜い、リーマス!どこへ行くんだい?」

「ちょっとそこまで!」


今は一刻も早くアリスの待つ図書館に行きたかった。この3ヶ月間毎日勉強を教えてくれたアリスの元へ急ぐ。全速力で廊下を駆け抜け、図書館の前に辿り着いた。
スーハーと呼吸を整え、静かに扉を開けて館内へ。マダム・ピンスに怒られないよう小走りでいつもの一角へと向かう。そこには、やはりアリスが座っていた。


「アリス!」


名前を呼んで近づく。しかし、アリスは余程本に集中しているのか顔を上げない。仕方が無い、と控え目にトントンと肩を叩いた。


「わっ!」


ドサッと大きな音が上がる。アリスが驚いて本を床に落としてしまったのだ。ふと、開かれたページに大きく書かれていた文字を目で追う。


『人狼の生態、危険性について』


「え」


世界の全てが止まってしまったかのように感じた。


ヒュッ、と喉から変な音が出た。背筋が冷たくなり、冷や汗がダラダラと流れる。心臓はバクバクと恐ろしい速さで脈を打ち、身体がブルブルと震えた。

なんで、どうして君がこれを。

焦点の定まらない目を無理やり動かしてアリスを見る。彼女はバツの悪そうな顔をして俯いた。


「知って、たの…?」


掠れて上擦った声が口から零れる。アリスはゆっくりと項垂れ、そのまま動かなくなってしまった。
それは、肯定だった。


「いつ、から」

「…2ヶ月と少し前。リーマスくんと偶然医務室の前で会った時には既に」


そんなに早くから気づいていたのか。ガラガラと足元が崩れていくような感覚に陥る。僕が人狼だと知っていて、それでも勉強は見てくれて。だけど僕に隠れて人狼の危険性について調べていて。頭の中がドロドロのぐちゃぐちゃになって、もう何も考えられない。考えたくない。真冬の海に落とされたように身体が冷たい。


「今まで黙っててごめん。でも私は…」

「…ごめん」

「へ?」

「人狼の僕なんかが君に近づいてごめん」

「リーマスくん?待っ…!」


アリスを見ないようにして、僕は早足で出口へ向かった。図書館から出た後は無我夢中で走り、人気の無い場所へ転がり込む。何もかもを投げ出したくなった僕は、側にあった湖の中へと飛び込んだ。

全身が水に包まれる。外の世界の音は全て水に飲み込まれ、泡の音だけがブクブクと響いた。

…終わった。


「うわぁぁぁぁぁぁ!」


水面へ顔を出して号哭する。涙が止め処なく溢れた。

1番知られたくなかった人に知られてしまった。OWLは終わったけど、これからも一緒に居たいなんて僕が望んでしまったから。全ての試験が終了した後に伝えようと思っていたのに、まさかそこで全てが終わってしまうなんて。


これは罰だ。人で無い僕が人に恋をしてしまった事への罰。当然の報いなんだ。


僕は声が枯れるまで泣いた。
恋心が砕け散る音が聞こえた気がした。


罪の雨をこの身に受け

前へ次へ