彼が自身の気持ちに気づかないまま暫く経つが、今のところ彼女とも進展はなく、その状況に安堵と不安を感じながらも過ごす日常が過ぎていった。
そしてある日の放課後、ついにその時はやってきた。
私が日直のノートを提出し忘れて教室に戻ろうとした時、鈴のように美しい声が教室から聞こえた。
あれ、この声ってまさか…。
「あのね、私…」
「待て、俺から言おう」
え、ちょっと、待ってよ。
「俺は」
嫌だ。なんで、どうして、こんな…。
「あんたが好きだ」
あ、
息って、どうするんだっけ。
「…はぁっ…!…はっ…!」
パニックで軽く過呼吸になってしまった私は、どうしていいのか分からず、ただただどこかへと走っていた。
今まで幼馴染だからずっと一緒にいられるって思ってた私が馬鹿だった。いいや、甘えていたんだ。
彼が当たり前にいてくれる世界に、彼が当たり前に私の名前を呼んでくれる世界に。
私はずっとその曖昧な(幼馴染の)関係のままで、いいと思っていた。
そんな怠惰な私だったから、バチが当たったのかもしれない。
でも、それにしたってこれは酷すぎやしませんか。神様。
だってあの幼馴染、何度も遠回しに私が告白してるのに幼馴染としてしか見てくれなかったんです。
そりゃぁ、あの転校生みたいに大胆なアピール出来れば分かってくれたかもしれないけど、私は美少女でも声が綺麗な訳でもない、ただの冴えない女。そんな私に自信や勇気があると思いますか。
だから、せめて救済措置を下さい。
息もできないこの痛みから、私を救ってください。
気づけば私はどこか知らない学校の裏通りをドボドボと歩いていた。
何故だろう、歩く度に足にナイフが突き刺さるような痛みが走るのは。
次第に大きくなる痛みに耐えられず、悲鳴をあげようとしても、声が出なくなっていた。
唐突に声が出なくなることを疑問に思う暇もなく、激痛に襲われる私の手が、泡になって消えていく。
その時の私の気持ちは、恐怖や驚愕の気持ちではなくて、ようやくこの痛みから解放されるのだとどこか心底安心していた気がする。
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「おい、名前起きろ、おい」
「……」
乱暴に体を揺すって起こす輩は1人しか居ない。幼馴染のアイツだ。
ん…?私、寝てたのか…。さっきのはどこからどこまでが夢だったのだろうか。
多分あのあと、私はここまで誰かが運んできてくれたんだろう。だるい体を起こして彼に誰がここまで運んできたのかを訊ねると。
「何寝ぼけたこと言ってるんだ。遅刻するぞ」
と、相変わらず愛想のない返事を寄越す。
寝ぼけたこと…?
じゃぁ、あの泡になって消える部分は夢…?
「ていうか、アイクはあの子の方を優先させないといけないんじゃないの?」
「…おい、名前熱でもあるのか?」
大きくてゴツゴツとした手をおでこに当てられるも、当然平熱。
「早く行ってあげなよ。両想いでアツアツな時期なんだから」
また嘘か。言葉だけが薄っぺらく自分の口からラジオのように流れ出る。
「はぁ…。暑さに頭がやられたか」
「そっちこそこ何のつもりなの?もしかして、私に気をつかってるの?」
お互いが何かをすれ違っているようで、何故かギスギスとした雰囲気になってしまう。
なんなのよ、こちとら失恋ホヤホヤなんだから、その言い草はないじゃん。
それでもすっとぼけた顔をする幼馴染に、ふつふつと湧き出る怒りが沸点に達する。
「だから!昨日告白するところ、私聞いちゃったから隠さなくってもいいって!」
「…何を言っているんだ?」
真面目に訳の分からない時の顔をしたアイク。
彼は良くも悪くも顔にハッキリと気持ちが現れるので、嘘ではないようだが、昨日のアレを告白ではないと言うのならなんというのか。
「アイクはあの子のことが好きって…そう言ってたじゃん…」
「よくわからん夢でも見ていたんだろ。さっさと着替えて学校に行くぞ」
もう付き合いきれないと言わんばかりの呆れた顔でアイクは先に行ってしまった。
あれが夢…?
確かに朝食にも味がしたのにと頭を抱えながらも、投稿の準備をしながらテレビを聞く。
「今日の天気は晴れ時々曇り。明日、明後日にかけては雨が続くでしょう」
ついこの間降ったばかりなのに、またかとテレビを見ると、ある違和感が襲った。
なんで、過ぎた日付の天気予報なんてしてるんだろう。
きっと誰かがミスをしたのだろうとその時は流したが、天気予報が終わっても、キャスターから誤りの訂正謝罪がない。
こんなことがあるのかと驚きながらも、ニュースを見続けていると、ゲストコーナーという名の番宣で、有名歌手がまた招待されていた。
なんで2回も呼んでるんだろう。そんなに凄い番組だったっけ。
「えー、僕の出演させていただいた番組、今夜10時から放送しますので」
見覚えのあるPVが流れ出す。
あれ、これってもう見たはずじゃ…。
そして私は画面の日付のテロップを見て気づいた。
「日付が、戻ってる…?」
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