01
ファイター達が住まうこの世界で、いちばん強い存在になるためには何が必要だろうか。
力があること?
頭脳明晰であること?
性能のいい武器を持つこと?
どれも合っていて、どれも違う。
強い存在に必要なものは、「勝利のみの戦歴」を持つことだ。
負けていなければ、誰にも劣らぬ存在の証明となり、最強という肩書きを周囲から押し付けられる。
そして勿論、最強という肩書きを持ってしまえば、その記録を塗り替えようと新たな挑戦者が現れる。執念深く、何度も何度も。
久しぶりに最終決戦の地へ繋がる重たい扉がゆっくりと開いた。勝ち残ったファイターが性懲りも無く私へ挑みに来たらしい。
またか、また私は、闘わなくてはならないのか。
こんなことならば、最強の名など押し付けてやりたいくらいだ。
だけど、私は勝たなくては。
いいや、勝つしかないのだ…。
「…どうか、お願い…」
闘う前に、幾度となく願った。
───どうか、この挑戦者は私を倒せますように。
そう、祈りながら剣を強く握りしめた。
****
「この世界で1番強いファイターって誰なんだ」
クリミアからファイター達がいる世界へ来てから、数週間が経ち、乱闘のシステムがなんとなく分かってきた頃、ランキング表らしきものを見たことがない俺はふとそんなことを思い、隣に座るマルスへ問いかけた。
「え、アイク知らないの?…って、この世界に来てから日が浅いから仕方ないか」
俺より先に来ていた奴は全員当たり前に知っていて、寧ろ知らないとは思われていなかったようだ。
「マスターハンドか?」
「彼は確かに強いけど、この世界の管理人だからあくまでファイターの括りでは無いね」
トーナメント戦で勝ち残れば、マスターハンドかクレイジーハンドと対戦ができることは俺も知っていた。だからこそラスボス的立ち位置かと思ったがそれも違うらしい。
「マスターハンドかクレイジーハンドに勝てれば、鍵がドロップするのは知ってるかい?」
「ああ、拾ったことはあるがどこの鍵か分からんかったから、とりあえず保管だけはしてある」
そう告げると、マルスは少し困った顔をして、手を額にあてた。
「マスター…また説明を端折ったな…」
「なんの事だ?それと1番強いヤツと、なんの関係があるんだ?」
「あの鍵はね、最強のファイター夢子がいる会場への鍵なんだよ」
なんでそんな重要なことをアイツ(マスターハンド)は話さなかったんだ…。鍵を保管しておいてよかった。
「夢子…聞いた事のない名前だな」
「マスターからの説明が無ければ分からないよ。彼女は僕達ファイター達の前に姿を表さないからね」
聞けば、俺よりも前にこの世界に来てから未だに性別と名前しか分かっていないファイターも居るようだ。
「でも、トーナメント戦なんてしょっちゅうやってるから、鍵は殆ど皆持ってるだろ」
「それなんだけど、夢子のいる場所へ行ける本物の鍵は稀にしかドロップ出来ないんだ」
通りで鍵を拾った時、あまり期待していないような表情を浮かべているやつも居たなと思った。
どこの鍵が分からずに使い道が見つかっていないからだろうと思っていたが、そういうことだったのか。
「確率的にはどのくらいなんだ?」
「分からないんだ。でも、あまりにもハズレ続きだとファイターのやる気が削がれちゃうからね。とても低い確率にはなっていないとだけは聞いてるよ」
因みに自分が入手した鍵のみが使えるらしい。
それでもトーナメント戦を勝ち抜いて、マスターハンドに勝利するのも一苦労だというのに、一体誰がこんなシステムにしたんだ…。
…でももし、今俺が持ってる鍵が本物かもしれないっていうなら…
「俺の部屋にある鍵を使う。マルス、扉まで案内してくれ」
「えっ、今から使うのかい!?」
「ああ、会ってみたい。最強の夢子に、」
理由は無いが、きっと扉が開くような、そんな気がした。
****
自室に置いてある鍵を持って、重厚な扉の前に俺とマルスは立っていた。
「僕は3回試してみたけど、全て開かなかった。1発で開けれたファイターも居たらしいから、ほぼ運試しだね」
「そうだな、俺の持っている鍵は2本……開けてみるぞ」
アンティーク調の小洒落た鍵を差し込む。
しかし、鍵を奥へと差し込んだ瞬間
「…!消えた!」
「ハズレだったね」
跡形もなく鍵は消滅してしまい、少し呆気に取られてしまった。
無理矢理こじ開けられないようにするためだろうか。
「次で最後か…」
「開くといいね、幸運を祈るよ」
ゆっくりと鍵を差し込み、次も消えないかという焦燥に駆られる。
だけど、もしもここで鍵が消えてしまったとしても、俺は……
「……俺は、たとえ扉が開かなくても、開くまで鍵を手に入れて、鍵を差し込み続ける。そうすれば、いつかは必ず扉は開く」
脳筋な考えだと言われてもいい、俺はただ闘ってみたいんだ、最強の夢子と!
今度は迷いなく、鍵穴に鍵を奥まで差し込み、手元を確認する。
「…消えてない…!」
「どうやら、本物の鍵だったみたいだね。そのまま鍵を回して、扉を開けよう」
「…そうだな」
微かに震える手を右へ回して、扉がガチャリと音がした。
俺たちの身長の倍以上はある鉄製の扉がゆっくりと開く。夢子が居るのかと思いきや、中は乱闘会場へワープするための1人専用の装置があるだけだった。
「僕はここまでかな、この中は見たことがなかったから貴重な体験になったよ。ありがとう。夢子がどんな子なのか、また聞かせてよ」
「ああ、分かった。アンタにここを教えてもらったから俺は扉を開けられた。ありがとう、マルス」
ワープ装置へ足を乗せると、マルスは少し微笑んで手を振った。
装置が作動し始めて、辺りが青白く光り始める。
───絶対に勝ってみせる。
そう、強く意志を持ちながら、俺は剣を握った。