06

この世界に来る前は、とある町の普通の女子高生だった。
家は裕福とは言えないが、普通に暮らしていくには充分な生活が出来て、家族はたまに喧嘩するけど、皆仲良しで、ごくありふれた生活をして、平和に過ごしてきた。
学校には少ないけど、子供の頃から遊んでる仲のいい友達が何人かいて、偶に皆で友達が持ってきたスマブラで対戦する時も何度かあった。

そんな日常を過ごしていた私が、郵便受けに入っていたあの手紙の中身を、確認する為に取るべきではなかったのだと未だに後悔する時がある。



「ようこそ!新しいファイターだね。歓迎するよ!」

手紙を開けて、気がつけば、何故かこの世界に来ていた。

喋る手袋。マスターハンドは、手紙はこの世界への招待状だと大雑把に説明をし、大広間へと案内する。
明晰夢でも見ているのだろうかと考えているうちに、広々とした大広間へ到着。
そこにはいつも画面越しでしか見られなかったファイター達が勢揃いしていた。スマブラは、にわかで、ちょっとしかやったことがないけど、マリオとかピカチュウとか、有名どころのキャラは私でも分かった。

テーマパークでのグリーティングのように、半ば興奮状態で周りを見渡す。
新参者の私に興味を持ったのか、ファイター達の視線がこちらへどんどん集まってくる。
ヤバい、そんな見られたら緊張しちゃうよ…!

「ところで夢子ちゃんはどんな武器が使えるの?何も持っていないみたいだけど…」

さも当然の様に私の戦闘能力を問われ、思わず面食らう。
そういえばここは対戦ゲームの世界だった。
この世界に来たことやキャラ達にすっかり気を取られていた私は、そもそも闘ったことがないし、武器や能力は何も無いと慌てて説明をした。

「おかしいな…この世界に来たってことは何かしら能力があるってことなんだけど…」

手の姿なのに何故か冷や汗をかいているように見えるのは気の所為だろうか。
この反応は……まぁ、手違いで来てしまった可能性が高いな。
兎に角、私は闘えない。皆に会えたことは嬉しかったけど、元の世界へ返して欲しい。そう、マスターハンドへ伝えた筈だったが。

「実は〜…その…えぇと…、この世界では無条件に望みを叶えることが出来ないんだ…」
「は…?」
「望みを叶えて欲しいなら、この世界でランク1位になることが条件なんだ」

何言ってるんだ、この手は。
勝手に呼びつけて、強制的に闘わざるを得ない状況にされて、挙句の果てに戦闘慣れもしてない私にランク1位にならないと元の世界に帰れないと…。
じゃぁ、私は二度と元の世界に帰れないってことなの?
不安と焦燥が表情に滲み出る。
こっちには帰る場所も家族もあるんだぞ。

「で、でも!夢子ちゃんはきっとすごい能力があるからこの世界に来たんだ!それはほかのファイター達を見てれば分かるだろう?」
「私には…伝説の剣を扱う力も、魔法を出す魔力もありませんがね…」

半ば絶望する私を見て、オロオロするマスターハンド。周りのファイター達からも同情するような視線。この中で、私だけが異質だ。
先程の高揚感とは打って変わって、夢のような空間なのに、一気に現実に引き戻されたような感覚だ。
何故、私なんかが呼ばれたんだろうか。

「いっぺん、闘ってみりゃいいじゃねぇか」

突如マスターハンドが態度を豹変させたかと思ったが、違う。よく見たら今度はどこからともなく現れた、マスターハンドそっくりの「左手」が話していた。

「オレはクレイジーハンドだ。トレーニング用のロボを用意してやったから、そいつを使っていっぺんやり合ってみろ」
「でも、私…!」
「闘ってりゃ能力は嫌でも開花する筈だ。お前がまだ自覚してないだけで、必ず能力は秘めてる」

何を根拠にそんな事が言えるんだ…。
バトル漫画で今まで冴えなかった主人公が急に使い方の分からない能力を与えられた時、こんな気分だったのだろうか。

「…でなければ、手紙は届かない」

左手が私を指さした刹那、目の前が突然真っ白になったかと思えば、強引的に乱闘会場へ飛ばされていた。
マジかよ!あのイカれ左手…!

目の前には無機質なロボットが待ち構える。
妙にリアルなエンジン音が微かにして、敵の私に対し、レンズを絞る動作を始めた。
コレが画面の中での出来事ではなく、現実だとヒシヒシと実感をし、冷や汗が流れる。
私の手にはいつの間にか剣が持たされていた。

「安心しろ、ロボの強さは最弱にしてある」

強さどうこうの問題じゃねぇっての…!
そもそも平和な世界で生きてきて、戦闘など一度もしたことが無い私にとって、暴力を振るうのも振るわれるのも恐ろしい行為だ。

「ま、負けたら試合はそれまでだ。ストックは1つだけだからな。せいぜい頑張れよ」

ストック1つってことは、1度でもどちらかが勝てば終わりってことか。
でも絶対勝てる気がしない……!
私を排除する為だけに、ロボットが猛スピードでこちらへ向かってくる。


怖い、怖い、怖い!


攻撃するのもされるのも真っ平御免だ。
それならもう……逃げるしかない!

ロボットの攻撃をすんでのところでかわしつつ、全力で距離を置く。
まるで全力で逃げても敵をまくことが出来ない繰り返される悪夢のようだ。

最初の15分程は、かわしては逃げ、を繰り返し続けるも、やはり良くも悪くも人並み程度が私のアイデンティティだ。無限に逃げ続けることは出来ないから、持久力も限界に近くなってきた。
何とかして、この試合を中断させたいところだが、クレイジーハンドに伝えたところで望み薄だろう。
だったら、このロボットに直接、試合の中断を頼めばいいのでは無いか?
話の通じる相手かは分からないが、とにかくやるしかない。

ステージの端に追い込まれた私は、立ち止まってロボットの目を見て、息も絶え絶え、頼み込む

「ねぇ!降参……するから……っ!もうこの試合を中止して!」

お願い、話が通じる相手でありますように……!

「……」

一瞬、動きが止まったかと思った、次の瞬間だった。


「……きゃぁ!!」


私の願いとは裏腹に、ロボットは特に応答することなく、私をスマッシュ攻撃してきたのだ。
ステージの端に居た私は、攻撃を受けた勢いで空中に投げ出される。
ゲームではコントローラーで簡単にステージに復帰することが出来るが、これはゲームでは無い。
復帰の仕方も分からない私は、あっさりとステージ外に落下していく。

「(殴られたとこ、フツーに痛いし、怖かったし、最悪……でも、これでようやくあのイカれた兄弟も私が闘えないって納得して、私を帰してくれるかな……)」

落ちていく最中(さなか)、そんなことをぼんやり考えながら、私の初戦闘は幕を閉じた。





筈だった。



「……なん、で……?」

気がつけば、私はステージに再び戻されていた。
あのロボットは、最初にステージに現れた場所に配置され、こちらをじっと見つめている。

どういうこと?
試合はストック1つで、私はステージ外から落下して終わったんじゃなかったの……!?

「ま、負けたら試合はそれまでだ。ストックは1つだけだからな。せいぜい頑張れよ」

つい先程聞いたばかりのセリフを、一言一句全く間違えずに繰り返すクレイジーハンド。

「ちょっと待って!ストックは今何個あるの!?」
「はぁ?たった今から試合始まったんだから、1つに決まってんだろ」

額からツゥ、と冷や汗が流れる。
何故?ストックが復活した?バグ?なんで?
とにかく、もう一度あのロボットと闘うことになるのは嫌だ。何とかして試合を終わらせてもらわなくては。

「クレイジーハンド!私はもう負けて、試合は終わったの!」
「おいおい、はなから負け宣言は良くねぇよ」
「違う!!さっきロボットと闘って、私はステージ外に……!」
「だから、さっきも何も、お前とロボットはまだ闘ってねぇって!ステージ召喚されただけ!」


私はロボットと確かに闘って、ステージ外に飛ばされた記憶が今でも鮮明にある。
それなのに、クレイジーハンドは闘ってすらないと……?

攻撃されたはずの右腕をさする。
ステージから落ちてる時は鈍い痛みがあったのに、今は全く痛くない。
私の立ち位置、ロボットのレンズを絞る音。
全部、ぜんぶ、あの時と同じ。

それって、つまり……。


「時間が……戻ってる?」


私の最強への悲劇は、そこから開幕した。