Story
触れる少女と傷つけたくない怪物
「すき。すき、なんだ」
そう、彼は言った。涙をぽろぽろ落としながら、ひどく苦しそうに、言った。
私は彼に手を伸ばす。彼はびくりと、可哀想なほど肩を跳ねさせ、私を見る。その目は純粋で、ひどく透明な色をしていた。
「だめだ、おれはきみにさわれない」
「どうして?」
「おれのつめはきみをひきさく。おれのはだはきみをきりさく」
拙い口調で吐き出される彼の言葉。心。
私は彼の言葉を無視して、彼の手を取り指を絡める。――痛みが走った。ぽたぽた。彼のうつくしい涙に混ざるようにして、私の真っ赤な血が、地に落ちる。彼の泣き声が少し、大きくなった気がした。
けれど私はそれも無視する。拒む声を聞かないふりして、彼に身を寄せる。空いている方の手を、その背に回した。
「ねえ、貴方もこうしてみて」
「っ、いやだ。いやだ。きっと、きみをつぶしてしまう」
「大丈夫。きっと、大丈夫だよ」
すり、と、彼に擦り寄る。彼の肌は硬くて、蜥蜴の鱗に似たものに覆われていて、人のような体温なんて感じられなくて、やっぱり少し痛くて。でも、それでも。
「だめ、だ。おれは」
おれは、きみとおなじにんげんじゃないから。かいぶつ、だから。
だからこんなきもち、もっていちゃ、だめなんだ。すきになったりしたら、だめ、なんだ。だから、だめだ。
彼は、私への言葉のように、自分への言葉のように、血を吐くような言葉を紡ぐ。悲鳴を上げるように、言葉を吐く。
ぽろりと零してしまった愛の言葉を撤回しようと、撤回しなければならないと、言葉を紡いでいく。
そんな彼に、弱く、脆く、ひどい。けれどやさしい彼に、――私は少し、笑った。
「大丈夫」
彼が、涙に濡れた真っ赤な瞳で私を見る。ああ、やっぱり綺麗だ。吸い込まれてしまいそうな、深く透明な色。彼の言葉も涙も瞳も、全部、きれいだ。
「私は、貴方が怪物でも、人間でなくても、いいの。貴方だから、いいの」
貴方が貴方だから、私は好きになったの。そう囁けば、彼はうつくしい目を見開いた。
――ああ、この気持ちが。どうかこの想いが、彼に、彼の心に伝わりますように。
私はやっぱり少し笑って、彼の温度を持たないその唇に、やさしいキスを、した。