Story

女子高生と真っ黒さん


「忘れ物、してますよ」

不意に後ろから声がした。あの声だ、子供の頃から忘れ物をすると、それを持ってやってくる声。
私はゆっくり振り返る。電柱の少し後ろ。作ったっきり、持ってくるのを忘れていたお弁当の包みが、ゆらゆら。

「あー、忘れてた。ありがとね」

私はお弁当の包みに手を伸ばす。ふわりと、浮いていたことが嘘みたいに手にかかる重さ。受け取ると、電柱の影がぐにゃりと僅かに揺れる。真っ黒い影だった。電柱の影に被さるようにした、異質な影だった。

それは早朝の影にしてはとてもとても長く、またヒトの形をして見える。引き伸ばされた、男のような形。けれど私は昔から、彼のことを怖いとは思わなかった。怖いと考えたこともなかった。
だって、彼の声はやさしい。優しくて、温かい色を宿してる。子供を見守る大人、みたいな。慈愛を含んだような、声だから。

「また、何か忘れてたらよろしくー」

だから、私はまた次もよろしくと、いつも彼に言ってから、その場を離れる。わざと忘れ物をする気はないけれど。もしまた、何か忘れたら、また会えるもんね、なんて。

背を向け歩き出すと、後ろの影が揺れたような気がした。なんとなく。やさしく、笑っているような気も、した。



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