Story
夜の少女とバイト残業少年
「お家まで送ろうか」
バイトで夜遅くなった時、決まってそんな声が聞こえる。もちろん、ホラー映画の如く振り返っても何もいない。
街灯もない田舎町、足早に急ぐ家路。特に、闇が深い日はその声が聞こえる。
「なぁ、なんでいつも送ってくれんの」
少し前に向かって話しかけてみる。声が聞こえるのは、決まって後ろから。歩き出せば、足音がまるで先導するかのように前に移る。だから、歩きながら前に向かって声をかける。
「好きな子が、危ない目にあったら、いやだから」
思わず足を止めた。前を行く足音も、少しして止まる。こちらを振り返るような気配がした。
「…あ、」
一瞬、見えた。暗闇の中に浮かぶ二つの目。光る眼。獣のようなそれ。でも発光する瞳が前に向き直る時、少しだけ横顔が見えた、気がする。
きれいな女の子だった。黒髪の、どこか猫に似たような感じの。
「っ…」
マジか。いつもあんな可愛い子に送ってもらってたのか。家に、幼子にするように。それに、今、好きって。
顔が熱くなる。多分、人間じゃないのは明らかだけど、隠しようもないくらいに、熱が集まる。一目惚れってやつだ、これ多分。人外相手に。いやまあ、なんとなく予想はしてたけど。
そんなことを考えていると、いつの間にやら家に着いてしまった。家の前には街灯があるから、周囲が見える。けれどあの瞳は見えない。
「遅くなったら、また送ってあげる。君だけだと心配だから」
なるほど。夜になったらまた会えると。
街灯の光の届かない、遠い暗闇の中から声が聞こえた。不思議と、近くから聞こえたような気もしたけど。あの子はまるで夜の闇そのもののようだから、まあ、納得。
「またね」
夜の闇を体現する少女の声が遠退く。夜にとけて、消えていく。
俺もその声に返事をして、家の鍵を開け、中に入る。さようなら、今日。早く来い、明日。具体的には夜のバイトよ。
「あぁ、また明日」