広瀬康一は気付いた 虹村兄弟との一件のあと数日間、広瀬康一にはずっとあの時感じた疑問が頭を駆け巡っていた。
「やっぱりどこかで聞き覚えがあるんだよなぁ…」
朝礼前、生徒たちが続々と登校してきては賑やかな声がそこらじゅうに聞こえていた。しかし康一はそれよりもずっとこの疑問を巡らせていた。
「虹村って名前、どこかで聞き覚えあるんだよなあ〜?」
「私がどうかした?」
「えっ!?」
康一は自分の頭上から降ってきた思わぬ声に悲鳴じみた声を上げてしまう。そしてすぐにその声の主を見上げた。そこにいたのは女子生徒だった。黒くしなやかな髪をヘアゴムで一つに束ねた少女が康一を見ていた。その瞳はいかにも善人の色をしていて、康一は面と向かうことが初めてのはずなのに何故かすぐに心を許してしまいたくなるような心持ちになった。
「今、私の名前呼ばなかった?」
「私の、名前…?え、っと、僕は今…なんて…」
「虹村って言ってたけど」
「ああ、そう!そうだ!僕は虹村って名前に聞き覚えがあって…」
「私のことかな?虹村って苗字、うちのクラスには私しかいないし」
「へ?同じクラスなの?僕と君が?」
「うん、そうだと思う。だって君、ここのクラスの生徒なんでしょ?」
そう言った少女は今自分たちが立っている場所、1-Bと記されたプレートを指さす。そうして「違う?」と笑う少女を見て康一はほんのりと頬を染めた。そうしてこの数日間悶々としてきた疑問があっという間に解決されてしまい、康一の心もスッキリとしていた。
言われてみれば納得だ。入学早々のこの時期、まだクラス全員の顔と名前を把握することはかなり難しい。初めて出会う人がたくさんいるこの教室の中で康一が把握していたのは東方仗助と自身の前後左右の席に座る生徒を含めた半数にも満たない程度狭いコミュニティだったのだ。少し離れた席に座っていたり、普段の生活であまり関わりのない女子生徒であるなら尚更自分の知るところではないだろう。
「それで私に何か用だった?」
康一はそう尋ねられ思わず戸惑ってしまう。何故なら虹村という名前を口走ってしまったのは、例のあの一件のことが原因だったからだ。しかしこの目の前の女子生徒はあまりにも普通の女子高生で、まさかスタンド使いだなんて思えない。そうした時になんて誤魔化そうと逡巡させていると、彼女の背後から「百々子ー!何してんの?」という声が聞こえた。おそらくクラスメイトの一人だろう。百々子と呼ばれたその少女は「何もないなら行くね」とにこやかに康一の元を去っていった。しかしこれで良かったのだ、と康一は思う。
康一はこの時、まさかこの虹村百々子が形兆と億泰に深く所縁のある人物だとは思いもしなかったために、彼女のことをただの一クラスメイト程度の認識しか持たなかった。だからこそ。
「よッス、康一。はよ」
「仗助くん!おはよう」
「何教室の入り口で突っ立ってんだ?」
だからこそ、百々子と入れ違いで登校してきた仗助にそのことを伝えなかったのだ。
「ううん。大したことじゃないよ」
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