岸辺露伴と新しい発見 その2


 その日のお昼頃、虹村邸―――。

「で、なんで露伴センセーがいるんだよ」
「それは僕じゃあなく、百々子くんに聞いてくれ」
「なんかそれ、露伴センセーじゃなく百々子の方から勝手に誘ってきた、みたいに聞こえるんスけど」
「全くもってその通りだ。反論のしようがない」
「なんスって!?」

 思わずダンッと音を立てて立ち上がった仗助だったが、タイミング良くやってきた百々子にそれ以上強くいうこともできず唸るような声を出してそのまま座り込んだ。

「お湯が沸いたのでさっそく作ってみましょう」

 仗助と露伴のやりとりを知らない百々子は、二人のなんとも言えない雰囲気に「何かあった?」と尋ねるも露伴から「いや何でもないさ」とあしらわれる。露伴は百々子にキッチンに案内してもらい作業に移る。一部始終を見ていた億泰は「なんで百々子あんな張り切ってんの?」と仗助も疑問に思っていたことを口にしていた。

「何、お湯を入れるだけだと?」
「はい!すっごく簡単じゃないですか?」

 ほう、と再び感心する素振りを見せる露伴に、百々子も上機嫌だった。後からやってきた仗助たちはそんな百々子を見て、顔を見合わせる。

「色々タイプがあるんです。これはお湯を入れるだけ。こっちはかやくとスープが別の袋に入っていて、かやくは先に入れて、スープは蓋の上で温めて三分待ってから入れる」
「たった三分でこの麺が柔らかくなるのか?」
「なるんですよ、それが」
「しかしそんな簡単な工程で、食べられるものができるのかね」
「美味しいですよ。でもカロリーが高いのでちょっと罪悪感はあります」


 いつもに増して積極的に話す百々子を見て仗助はようやくあることに気付いた。

「百々子、なんか嬉しそうだな」
「え?そう?」

 相槌を打つ億泰も百々子に視線を向ける。すっかり露伴と話し込んでいる百々子にちょっと寂しい気持ちもあるけれど、確かに嬉しそうだった。

「自分の好きなものを知ってもらうのって、うれしいモンだよな」
「あぁ、まあ確かに」

 けど百々子カップ麺そんなに好きだっけか?と首を傾げる億泰はさておき仗助も百々子のために人肌脱ぐことにした。

「じゃあ俺はこれにするぜ」
「なんだ、それは。なんか穴がたくさん空いてるぞ」
「これはお湯を入れた後、湯切りするための穴ですよ」
「湯切りだと?」
「はい。仗助くんが選んだのは焼きそばなので」

 程なくして各々の手元に違う種類のカップ麺が行き渡ると、露伴以外は慣れた手つきで作っていく。露伴だけが恐る恐るだったり、疑うような目つきになりながら、人生初めてのカップ麺を作っていた。

「あとは三分待ったらもう食べられますよ」
「じゃあ向こうの部屋に戻ろうぜ」
「俺湯切りあるから待機しとくわ」
「億兄私のも持って行ってー。飲み物用意するから」
「うーい」
「百々子、俺も手伝うぜ」
「え、いいよ仗助くんはお客様なのに」

 露伴は彼らのやりとりをただ見ていた。家の中にいてこんなにも賑やかなことはない。来客はあったとしても、家で誰かと食事をすることなどない。
 他所の家とはいえ、誰かと共に過ごす食卓に、露伴は懐かしい気持ちになっていた。

「露伴先生!三分経ってます!伸びちゃいますよ!」

 そう言われて露伴は我に帰る。隣では既に億泰が麺を啜っていた。「ンまぁ〜い」と言いながら豚骨ラーメンを啜る億泰を見て、自身もまたそのカップ麺を食す。
 確かにちゃんとした店で出てくるラーメンとは別物だ。それでもお湯を入れて三分待つだけでこのクオリティのものが食べられるなら、確かに一人分の料理を作る手間隙を考えると、効率はいいかもしれない。

「………悪くないな」

 露伴のその言葉に「素直じゃねえなあ」と思った仗助と億泰だったが、百々子だけが「本当ですか?」と嬉々としている。そんな百々子に露伴には何故かまたあの懐かしい気持ちが蘇った。

「まあ、時間がないときに空腹を満たすものとしては悪くない」
「よかったー!確かにお店の味とは違いますけど、これはこれで便利だし、美味しいし、助かるもんなんですよ」

 百々子が億兄なんて夜ご飯食べた後にカップ麺食べることあるんですから、と言うと億泰は何故か照れていたので「照れるとこじゃねえだろ」と仗助に突っ込まれて笑いが起きた。露伴は不覚にもその時自分も少しだけ頬を緩ませていたことに気付く。

「しかしたったこれだけの為に、よく僕を誘ったな、君も」

 誤魔化すように可愛げのないことを言った露伴に対し、百々子は至極当たり前のように返す。

「食事って人数が多ければ多いほど、楽しいじゃないですか」

 先生も少しは楽しいから笑ったんじゃないですか、と的確に見られたくはなかったところを突かれたので、これには露伴も敵わなかった。

 一人で黙々と食べるご飯を嫌だとは思ったことはない。自分の好きなタイミングで食べられるし、作業をしながら食べても誰からも咎められたりはしない。
 だが、誰かと一緒に囲む食卓は、そこが自分の家ではないとしても、何故だか懐かしく、目の前のご飯がより美味しく感じたのだ。露伴はそれを今日初めて知った。そこに並んでいるのがご馳走であろうが、カップ麺であろうが、肝心なのはそこではない。この場合、誰と食べ、誰とその時間を過ごしているか、ということの方が重要なのだ。

 自身の描く漫画で食についてそこまでの配慮はできていなかったかもしれない。もし今後、食事のシーンが出てきたときには、今自分が感じ得たかけがえのないこの気持ちを思い出そうとひとり心に誓った露伴なのであった。

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