04…
先日のヤイバーカードの件を少し根に持っているらしい景光は、駄菓子屋さんの陳列棚の前に座り込んでそのカードがおまけについたスナック菓子を穴が開きそうなくらいじっと見つめていた。一方の私は適当に好きなお菓子を見繕って、もう既に会計を終えている。店先のベンチに座って、何か食べながら待っていようかとも思ったが、ヤイバースナックの近くに例の棒付きキャンディを見つけて思わず手に取り、あの日の高明くんの焦りようを思い返してニコニコしてしまう。彼にもらったあのキャンディは欲に負けてもう食べてしまったけれど、今まで食べたどの飴よりもとびきり甘くて、とびきり美味しかった。
「ヒロ、決まった?」
「うーん。じゃあ、これ!」
意を決したようにスナック菓子のうちのひとつを選んで会計してもらう景光。そして店を出てすぐ、耐えきれないように銀色の袋に入ったカードの包装を取り外して、指先で端の方を慎重に破った。
中身は完全ランダム。ホログラム入りのカードが出れば一番の大当たりだが……。
「うわ、また敵キャラだ……」
「運ないね」
「そういうこと言わないで」
がっくりと肩を落とす景光に、私は少し申し訳ない気分になる。だって、それを選んでしまえば、その敵キャラカードが出ることは夢に見て知っていたからだ。
でも、ここで私が景光の選択に口出ししなかったのには大きな理由がある。なぜならその敵キャラカードは、私が当てずっぽうで違うスナックを薦めるよりもホログラム入りのレア仮面ヤイバーカードになる可能性を秘めているからだ。
「ミッちゃん、交換してくれるかなあ」
「……ミッちゃんって?」
「虫取り中に長野と群馬の県境で会った子なんだけど。会ってからは一緒に秘密基地作って、そこでよく遊んでるんだ」
「へえ」
夢の通りに会話をして、私は今初めて聞いたようなリアクションを返す。そのミッちゃんは逆に猛烈な豪運の持ち主らしく、ヤイバーカードがダブりまくっているらしいので、もし彼の持っていない敵キャラカードが出たらホログラム入りと交換してくれると約束しているらしい。だから私はあえて彼の選択に口出ししなかった、というわけだ。
「そうだ、よかったら今度一緒に行こうよ。僕らの秘密基地」
「いいけど。でもそれって、そのミッちゃんとふたりだけの秘密なんじゃないの?」
「うん、そうだけど。でも、なまえちゃんならいいよ」
一緒に秘密守ってくれるだろうから。そう言って朗らかに笑う景光に、私まで嬉しくて口元が緩んでしまう。実は、その言葉が聞きたかったら口出ししなかった、という理由もあったりして。
「きゃー! ひったくりよ、捕まえて!」
遠方でそんな女性の叫び声が聞こえてきて、私たちは途端に顔を見合わせた。そして、小学一年生の身で何ができるということもないくせに、どちらからともなく弾かれるようにその声のする方へと駆け出していく。野次馬根性、というよりも、純粋に「何とかしなきゃ」という正義感を持って。
しかし、幼い私たちが現場に到着する頃には、既に事件は解決した後だった。より強い正義感を持つ、彼のお陰で。
Phase.04 兄さんの好きな人
犯人を捕らえていたのは学生服姿の、ちょうど大人と子どもの狭間にいるような、あどけなさも残る青年ふたり組だった。そのうちのひとりは、私と景光なら近くにいるだけで安心できるほどの信頼を寄せる人物。景光の兄、諸伏高明だったのである。
「コーメイ! もう取り押さえる必要はねえ! 俺ひとりで十分だ!」
「そのようですね。ところで敢助くん、ひったくりされた鞄は」
「おう! さっきコイツがヘマして落としたみてぇだから、由衣に取りに行かせてるよ」
「なるほど。警察には今、小橋さんが通報してくれています」
「そうか。オラ、お前! 動くんじゃねえ!」
ヒィすみません、もうしませんから、と年下相手に今にも泣き出しそうな弱々しい声を上げている犯人に容赦なく絞め技をかけている強面の青年の方は初めて見る人だったが、一応強面でも高明くんと同じ学校らしく、彼と同じ学生服を着ていた。あまりに鎮圧された現場の様子に、私たちは呆気に取られてその場に立ち尽くす。すると、高明くんがこちらに気付いたようで、わざわざ話をしに来てくれた。
「景光。それになまえちゃん」
「兄さんが捕まえたの? ひったくりでしょ」
「ええ、たまたま近くにいたので。まあ、敢助くんの方が先に追いついたのですが」
そう言って視線を向けるのが、敢助くんというあの荒々しい口調で絞め技をかけ続けている人なのだろう。互いの呼び方からして同級生なのだろうが、性格は真反対そうだ。
「もうすぐ警察が来る頃でしょう。おそらく僕たちは事情を話さねばならないと思うので、君たちは先に帰っていてください」
「うん、わかった。母さんに伝えておくね」
「頼む」
「諸伏くん!」
突然降りかかった澄みきった声に、思わず私と景光も振り返る。そこにいたのは、肩までのショートボブにセーラー服を着た、誰から見ても美人な女子生徒だった。
「そこの本屋のおじさんに事情を話して、警察に通報してもらったから。たぶん、もうすぐ来ると思う」
「感謝します、小橋さん」
小橋さんと呼ばれたその人は、自然な雰囲気で高明くんの隣に並ぶと、びっくりしたと自分の胸を撫で下ろしていた。どうやら彼女は心臓が悪いらしく、それを心配するために優しく声をかけている高明くんがあまりにお似合いで、私はまるで良質な少女漫画でも読んだみたいな心境に陥ってしまう。
すると、そんな私に景光が声をかけた。
「あの人、小橋葵さんっていって、兄さんとは小学校から一緒なんだ」
「そうなんだ」
「うん。兄さんの好きな人だよ」
あまりにさっぱりと景光が言うから、私はびっくりして言葉に詰まってしまった。そして、改めて彼らに視線を向けてみれば、やはりどこをどう切り取ってみてもお似合いで。私は内心、うわー! と叫び声を上げたくなるくらい興奮してしまう。自分が高明くんに感じているファン心理とは別の、恋という感情がそこにはあるらしいことをひしひしと感じ取って、テレビドラマで見るよりも数十倍の迫力を持って差し迫るリアリティに胸がドキドキした。
すると、あまりに長く見つめすぎていたからか、その小橋さんの方が私を気にしてずんずんとこちらに近づいてきたのだった。緊張しやすい私は一歩後ずさったが、彼女が私の前にしゃがみ込んで、安心させるように優しい声音で話しかけてくれるところに好感を抱くのは至極当然のことだった。
「ひったくりなんてびっくりしたよね。でも、もうすぐ警察が来るから大丈夫よ」
「は、はい」
「ふふ、あなた景光くんのお友達? 可愛いね。もしかして高明くんのこと好きなの?」
「はっ!?」
「さっきからずっと見てるみたいだったから」
さすがの私も一瞬で沸騰したみたいに赤面した。違う、好きとかじゃないんです。むしろあなたとお似合いだなと思ってました、なんて。口下手な私はそんなこと言えず、ただ強く首を振る。
「ち、違います! 私はただ高明くんの」
「高明くんの?」
「ファンです!」
「ファン?」
小橋さんに鸚鵡返しされた言葉が全くの場違いすぎて、一気に自分がおかしく思えてきた。顔に集まっていた熱が今度はさっと引いて、青白くなっていくのが自分でもわかる。唯一の救いは、ファンというミーハーな言葉が高明くんの耳には届かなかったということだろう。彼は犯人を取り押さえている友人の助太刀に入って、それどころではなさそうな雰囲気だ。
隣の景光ですら突然のファン宣言に戸惑っているようで見捨てたように何も言ってくれなかったが、私は何でもいいからとにかく彼に何かツッコミのようなものを早めに入れて欲しかった。そんな思いで恨めしく友人の方を睨もうとすれば、先に口を開いたのは彼女、小橋葵さんの方からだったのである。
「私も」
「え?」
「私も彼のファンなの。それも、小学校二年生で同じクラスになったときからだから筋金入りのね」
ふふと恥ずかしそうに笑う顔に、私は納得する。こんな風に微笑まれたら、誰だって彼女のこと好きになってしまうだろうな、と。
その後は、景光も加わって三人で少しだけ諸伏高明ファンクラブ談義をすることになった。といっても、私が一番話せることがなくてひたすらずっと聞き役だったけれど。それでも、その時間はひったくりという事件すらも忘れて和やかに流れる、楽しくて有意義な時間になったのだった。