03…
放課後。少し家が遠い有里ちゃんがわざわざ私の家に遊びに来てくれると言うので、せっかくだから景光と一緒に出迎えようということになり、私たちは急ぎ足で帰路に着いていた。景光がみんなで何をして遊ぶかの心配をしている一方で、私は家にあるお菓子の在庫に思いを巡らせる。母が必死に隠している頂き物の高級チョコレートでも出しちゃおうかな。なにせ家に友達が来ることが初めてだったから、内心ちょっと浮かれているのかもしれない。
一旦、家にランドセルを置いてくると言う景光を諸伏家の玄関で待っている間、性懲りもなくお菓子やジュースのことばかり考えていれば、しばらくして中から出てきたのは景光ではなくその兄の高明くんで。なぜか彼の顔を見るなり条件反射的にカチカチに硬直してしまう癖がついている私は、挨拶すらろくに出ずに、まるで滑稽な金魚みたいに吃音だけがぱくぱくと口から出てしまう有様だった。一方、私にそうさせた張本人である高明くんはそれを見て隠すこともなくとても愉快そうに笑っているから、たぶんだけれど、彼は私が思うよりもちょっといい性格しているのかもしれない。
「景光が少し時間がかかると言うので、家に入って待っていてもらえればと思ったのですが」
「あ、はい、お邪魔します……」
「どうぞ」
そう言って門扉を開けてくれた彼の横を素早く通り過ぎ、まるでロボットのようにぎこちない足取りで先に進む。すると、彼は私の背中にこう声をかけたのである。
「よければ景光の用意ができるまで、僕と少し話しませんか」
「え、えええ?」
「弟の一番の友人に硬直されるのも正直面白いですが、そう会う度に緊張させてしまうのは何というか少し気の毒なので」
今日は母が不在なので僕がお茶でも入れましょう、と飄々とした態度で高明くんは再び私よりも先回りして玄関ドアを開ける。こちらの反応を伺うためにちらりと振り向いた横顔は茶目っ気たっぷりで、やっぱりちょっとどころか、もしかしてかなり性格がいい方なのかもしれないと内心悪態をついて訂正しておいた。
Phase.03 アイスブレイク
リビングに通された私は諸伏家の食卓のうちの一脚に座って、氷の入った綺麗なガラスのコップで美味しい麦茶をいただいた。どうやら景光はみんなでテレビゲームをしようと思っているらしく、その準備に忙しいらしい。ちなみに苦し紛れに聞いた話題で知ったが、高明くんはあまりゲームはせず本を読むことの方が多いそうで。何だか聞かずともわかっていたような回答に、私はひとまずその場凌ぎの相槌だけしておいた。
それにしても、どうしてこうも緊張してしまうのだろうか。たぶんだけどその理由は、チラチラと彼を盗み見てだんだんとわかってきた気がする。大人びて、容姿も悪くなく、頭もいい。うん、たぶんこれはきっとファン心理だ、たぶん。
「なまえちゃんはどんな本を読みますか」
まるで先生のような口調だったが、その話題はまだ私を助けてくれそうな内容のものだった。景光、有里ちゃんの三人の中で本の話題はいつも私が提供しているからだ。
「私は探偵ものが好きです。謎とか、怪盗とか。ドキドキするようなお話が」
「へえ」
「今はまだ難しくて読めないけど、ホームズとかポアロとかが面白いってお母さんが言うからこれから読めるようになるのが楽しみ。中学生くらいになったら読めますか」
「ええ。僕も何冊かは呼んだことがありますよ」
「やっぱり。高明くんは読んだことありそうって思ってたんだ!」
今は文字が多くてちょっと難しいかな? ホームズとポアロならどっちが取っ付きやすい? なんていうタイトルが読みやすいですか? そんな質問を矢継ぎ早にしていると、高明くんがキョトンと目を丸くしているので我に返る。しまった、つい話し過ぎたかも。
「ごめんなさい、黙ります」
「いえ、黙ることはありません。ただ、もう僕に緊張していない様子だったので」
「あっ、本当だ。何でだろう」
指摘されるや否や、ぞわぞわと再び緊張の波が襲ってくる。だが、以前に比べるとそれも随分落ち着いているらしく、私は苦笑いを浮かべながら照れ隠しに頬を掻いた。
「本が好きだからかな。高明くんも読んだことあるって言うからつい」
「人は共通点があると仲良くなりますからね。相手のことを知るいいきっかけにもなります」
「うん、そうそう」
「僕も探偵ものは読みますが、軍記ものも読みますよ。『三国志』は知っていますか」
「うーん、聞いたことあるくらい」
「ちょうど景光に貸した読みやすい本があるので持ってきます」
そう言って高明くんは席を立ち、一度、自室へと戻っていく。ひとりきりになったリビングでドタバタと景光が何かの準備をしている音を聞きながら過ごしていれば、すぐに高明くんが戻ってきて一冊の本を手渡してくれた。迫力あるイラスト付きの三国志の本。
「小学生向けの本なので、よければ君にあげますよ」
「え、いいの?」
「ええ。いつも弟と仲良くしてくれているお礼だと思ってください」
そんな、とも謙遜したかったが、確かに高明くんがこの本を読むにはもう既に幼稚過ぎるのだろう。中身をパラパラと捲りながらそんな印象を抱き、私はありがたくその申し出に甘えることにする。
「ありがとう、高明くん。大事にします」
「どういたしまして。それからこれもよければ」
そう言って机に置かれたのは可愛いピンク色をした、いちご味の棒付きのキャンディ。彼の持ち物にしてはあまりの似合わなさに首を傾げていれば、高明くんは恥ずかしそうに咳払いをした。
「先日のお使いでお釣りを間違えた店員の方にもらったのですが、僕は食べないので」
私はそのキャンディを手に取ってまじまじと眺める。そして得意の想像力でこのキャンディを食べる彼を想像してみるのだが、確かに似合わなくて。そして思ったよりも可愛くて、思わずふふふと声を出して笑ってしまった。バツが悪そうな彼は再び咳払いをして、察したらしい私のいらぬ想像を何とか打ち消そうとする。でも、もう遅いもんね。
「ありがとう。じゃあ、これももらうね。見る度に元気出そう」
「見てないで早目に食べてください」
「ダメ、しばらく見る用だもん」
「食べなさい」
「ふふ、やーだ」
そんな不毛なやり取りに声を出して笑っていると、ようやく景光がやってきた。両手に大きなゲーム機とお菓子やジュースをたくさん抱えて。
「あれ、兄さんが笑ってる」
「……仲良くなりました」
「だね」