06…

 帰り道はもう暗くなり始めていて、私たちは大慌てで家路へと急いだ。家に一番近い公園に着く頃にはもうすっかり日は落ちて、私は、チョコレートの件も含めて母に怒られるだろうかと気を揉んでしまう。正義のヒーローとしてミッちゃんと約束したから家まで送ると男らしく申し出してくれた景光に対しても、これ以上、私のせいで遅く帰らせることが逆に申し訳なくて。近所だから、とどうにかこうにか断って無理やり公園で別れ、そのまま広場に向かってショートカットで走り出した。

 すると、こんな日に限って、暗がりの公園のベンチに人影が見えて思わず心臓がどきりとした。さらに、その人は私を見るなり立ち上がり、走って駆け寄ってくるからもう怖くて、その場から真反対にでも全力で逃げ出したくなる。でも、恐怖を感じたのはほんの一瞬で、それが高明くんだとすぐにわかったとき、私は安堵から大きく胸を撫で下ろした。


「高明くん! えっ、どうしたの?」
「どうしたもこうしたもありませんよ。君のお母さんから安否を心配する電話がうちにかかってきたので、ずっと探していたんです。ここで待っていれば通るかと思って待っていましたが、やはり正解でした」


 お母さん。心配。そのワードで私はサァっと血の気が引く。どうしよう、これは絶対に怒られるやつだ。けれど、高明くんは私の心を見透かしていたかのように安心する言葉をかけてくれた。


「大方、景光と虫取りにでも出かけたということはわかっていたので、君のお母さんにはひとまず心配ないと言っておきました。その代わり、必ずうちの誰かが家まで送るという約束をしたのでお咎めは多少マシかと」
「さすが高明くん」
「さすが、じゃありません。僕もこう見えてかなり心配していたんですから」
「……ごめんなさい」


 正論だ。私はしゅんとして、首を垂れる。すると、高明くんはため息をひとつ吐き、まるで飼っている犬を慰めるように私の頭に手を置いた。


「……いいでしょう。素直に謝ることは大切です」


 高明くんはそう言うとポケットから何かを取り出して、私に差し出してくれた。それはまさかの、いちご味の棒付きキャンディで、私はまたもじっとそれを眺めてしまう。


「山登りしてきたんでしょう。疲労には糖分が効きますよ」


 何故だろう。そのとき私は、胸が一瞬ギュッとなった。今度は誰かにオマケでもらったんじゃない。わざわざ高明くんが私のために買ってきてくれたんだということも嬉しかったし、本当に心配してくれていたんだということも伝わって、それがとてつもなく嬉しかったからだ。


「話しながら行きましょうか。どうせなら、遅くなった説教も僕が一緒に聞いてあげますから」




Phase.06 ヒーローに飴玉を



 高明くんの言う通り、慣れない山道に疲れていた私は早速もらった飴玉を頬張りながら、今日あった出来事をポツポツと彼に話し始めた。ただし、秘密基地の存在は景光とミッちゃんとの三人の秘密なので、そこだけは何としてもぼかす。景光のかねてからの友人である群馬の男の子と県境の山で会ってしばらく遊んだこと。自分はあんまり歓迎されなかったけれど、最後にはその子とも仲良くなったこと。その子がヤイバーカードをたくさん持っていて、景光と交換することになったこと。ヒーローを目指そうと三人で約束したこと。高明くんは時折相槌を打ちながら、私の拙い話に静かに耳を傾けてくれていた。今も家で怒っているであろう母への恐怖心は、彼のおかげで緩やかに凪いでいくほどに。

 私はヒーローを目指したいと自分で話しながらも、段々と、高明くんこそが真のヒーローに相応しい存在なのではないかと思うようになっていた。以前、景光が正義を語る兄の話をしていたように、高明くんこそがその名に相応しい。そういえば、同級生と一緒にだけれどひったくり犯も捕まえていたし、その後も自然と誰かの体調や心優しい配慮ができる人なんてテレビの中の特撮ヒーロー並みにすごい。私はヒーローを目指していると自称したことがちょっとだけ情けなくなり、どうすれば自分もそういう人物になれるのだろうかと考える。

 どうすれば、高明くんみたいになれるんだろう。高明くんみたいになるには、何をすればいいんだろう。


「どうしました? 急に黙り込んで」
「いや、ううん。ちょっと考え事」


 でも、本当は何処かでわかっているんだ。きっと私は、一生かかっても高明くんみたいにはなれないだろう。テストの点もそんなによくないし、難しい言い回しも、気配りもあまり得意じゃない。他の人よりできることと言えば、ちょっと予知夢が見れるくらいだ。それも毎日じゃないし、全部じゃない。遠い未来のことでもないし、大勢を救えるような大それたものでもない。成長すれば完全に当たるわけじゃなくなるのかもしれないし、今は気づいていないだけで人に言わないほうがいい理由が何かしらあるのかもしれない。

 今だって、高明くんと一緒にいることで私は元気をもらっているけれど、私から誰かに元気を分け与えることなんて今までにあっただろうか。ちょうど、この飴みたいに。

 急に頭がモヤモヤでいっぱいになって、暗い心に押しつぶされそうになってしまう。それを見ていた隣のヒーローがあまりに優しい顔をしてこちらを見ているから、私はそのモヤモヤをありのままぶつけてみることにした。


「私も大勢の人を助けたり、悪者を捕まえたりするヒーローになりたいけど、そんなこと本当にできるのかなって」
「……」
「高明くんみたいになれるのかなって」


 飴を手に持ち、街灯にキラキラと反射する半透明のピンク色を眺める。虹みたいにキラキラした世界がそこには映る。

 すると、高明くんはしばらく何かを考え込んだ後、少し視点を変えた質問を私に投げかけた。


「君はヒーローになりたいと言いますが、例えばそうなったとして。君のことは誰が助けてくれるんですか」
「え?」
「考えたことはありませんか。大勢の弱きを助け、強き悪を蹴散らすヒーローが困ったとき、誰が彼を助けてくれるのかと」


 私は考える。けれど、とっさに考えてその答えが思い浮かばない。


「そういえば、そうだね。戦隊ものみたいに仲間がいれば別だけど、もし、ひとりだったら……そのときはどうするんだろう」
「そうなると、ヒーローとは案外孤独な人なのかもしれませんね」
「……」
「どうですか。それでも君はヒーローになりたいですか」


 反射して光る、ピンクの飴玉。それを見て、私はピンと閃いた。


「私は……」
「……」
「そんな孤独なヒーローに、飴玉を差し出すみたいにそっと助けてあげられる人になりたいかな」


 それは、もはや単なる大勢のうちのひとりなのかもしれない。でも、ほんの些細な行動ひとつでヒーローの心を少しだけ軽くすることのできる、そういう人物。それくらいなら私にもできそうだし、うん、我ながら悪くはないかも。


「いい目標ですね、応援します」
「じゃあ、高明くんが困ってたらそのときは私が助けてあげるね。約束だよ」
「期待しています」


 そんな話をしていると、徐々に家が見えてきた。玄関扉の前で、鬼の形相で立ち塞がる母の姿と共に。


「とりあえず、今はお母さんの説教から助けて欲しいかな。高明くん……」
「……善処しましょう」

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