太陽の下、白い切っ先が魔物達の間を縫って踊る。
波と戦う前に与えた長剣は壊れてしまったらしく、シーセは俺に次の武器を申し訳なさそうに求めた。他のメンバーに不必要な武器を強請る理由、使う魔法のせいで武器がほぼ使い捨てに近い事を、シーセは全部教えてくれた。シーセの事を多くでも知りたかった俺はそりゃあ喜んだ。女の子をオトすのに大事なのは情報。これはきっとゲームにも言える事だ。

 シーセに与えたのはナイフ。短剣にも満たない長さだし、魔物に接近し過ぎて危ないから使わせたくなかったが、武器を選ばないと頑固になるシーセに折れて、シンプルだが攻撃力は高いそのナイフを渡した。

 そして今、国からの依頼で魔物退治に来たのだが、ナイフを持ったシーセは斥候として誰よりも前に出て、もし1人で狩れそうならナイフを翻して殲滅し、無理そうな場合にのみ俺達を呼ぶ。

シーセは強い。

 人間じゃないから当たり前。と、言われてしまえばそこまでだが、仮にも女の子。1人で危険な場所に突撃させるのを我慢ならなかった俺は、また1人で3体の狼に似た魔物を切り裂くシーセを呼び寄せる。

「なんでしょう、もう少しで依頼にあった魔物の目撃地に着きますが」

 ナイフに付いた血を払いながら戻ってくるシーセに、俺は告げた。

「シーセ、前線に立たないで欲しい」

 ん? ちょっと言いたかった事と違う気もするが、まぁ、俺が心配している事はきっと伝わっただろう。俺の言葉に目を見開いたシーセは、抜き身のナイフの柄を目に見える程固く握りしめる。

「何か、わたしに至らぬ所でもありましたか?」
「シーセ……?」

「修正箇所をお教えください、それが何個……何百個でも直してみせます。わたしには戦う事しかできないのです。お願いします、わたしから意味を奪わないでください」

 その瞳は恐怖に染められていて、俺は己の失言にやっと気付いた。

「戦うなって事じゃない。シーセは女の子なんだから、あまり無茶はしないで欲しいだけで……」
「無茶なんてしていません! 女の形をしているから戦うなと言うのなら、今すぐにでも男の形に作り変えます!」
「それは遠慮したい……」

 男になると言うのは冗談だったのか、できないのかはわからないが、シーセは(血があるかは別にして)頭に登った血を下げる様に頭を振った。

「ほら、それにシーセはまだ怪我も治りきってないじゃないか」

 俯いたままのシーセに声をかけるが、反応は無い。ヤバい。女の子の望む言葉をかけてあげられなかった。まるで自分を否定された様な感覚に陥り、足元がぐらついて崩れそうだ。
 急に顔を上げたシーセが真っ直ぐに俺の目を見る。怒りは見えない。

「証明します。わたしがか弱いだけの女ではないと」

 確かこうしていましたよね。シーセはそう続けて、小さな手から手袋を取り去ると俺の足元に投げた。

「決闘です、勇者様」

 ナイフの切っ先を俺に突き付けるシーセに、間に割り入ってマインが前に出る。

「シーセシンシャ! 勇者様に決闘を申し込むなんて無礼にも程がありますわ!」
「戦える証明には戦いを。至極当然の事だと思いますが」

 睨み合う両者。俺が原因で、女の子同士が争おうとしている。それは、元の世界で俺が刺されたあの出来事を思い出すには十分で。俺は慌ててマインの肩を乱暴に掴んだ。

「わかった! わかったから……俺がシーセと戦う、それでいいんだろ?」

 マインが俺に何か言いたそうな顔で見てくるが、見ないフリしてシーセと向き合う。

「でも、依頼を達成してからだ。最後の敵は俺が倒すから、シーセは下がって」

 シーセは黙ったままナイフをしまい、他のメンバーがいる後方に歩いて行った。それを確認してから、俺はシーセが進もうとした魔物の目撃地に槍を構えながら歩を進めた。



 レベルをかなり上げた俺の攻撃に、巨大な狼型の魔物は簡単に倒れる。そうだ。俺だって強い。シーセに守られるのではなく、俺が女の子を、シーセを守るんだ。
 魔物を槍に吸わせるのを真っ直ぐに見つめるシーセに、少し目を逸らしたくなるが、俺には俺の、彼女には彼女の矜恃がある。譲り合えないなら戦うしかない。それが、物理的な戦いなのが俺としては不満だが、戦いこそが今回の諍いの中心なのだから避けられないだろう。
 丁度、魔物と戦った場所は少し拓けている。やるならここだろう。そう思ったのは相手も同じらしく、俺の前まで近付いてくる。

「よろしいですね?」

 彼女の言葉に頷く。互いの武器を構えつつ距離をとる。ナイフと槍、女と男、普通に考えて、負けるはずがない。それでも警戒してしまうのは、彼女の鮮やかなナイフさばきをさっきまで見ていたからか。

「全力で来てください。わたしも本気で……倒しに行きます」

 シーセの足が深く地面を踏み込む。真っ直ぐに俺の首を狙ったわかりやすい第1撃は槍で弾く。後ろに下がろうとする彼女の胴目掛けて、斜めに切り上げる。軽々と避けられてしまうが、深追いはしない。追えば懐に入られる。スキルを使えば、たぶん簡単に決着が着く。でもそれで、シーセを殺してしまっては元も子もない。だから俺が狙うのはシーセが突っ込んできた所を攻撃するカウンター。知ってか知らずか、シーセは撫でる程度の攻撃を繰り返し、すぐに距離をとるヒットアンドアウェイを仕掛けてくる。焦れて俺が大技を出すのを待っているのか、ただ単純に攻めあぐねてるのか……。いや、舐められてるのかもしれない。この決闘では魔法もスキルも禁止してないのにも関わらず、シーセはまだ魔法を使ってない。俺がスキルを使ってないからあっちも使わないようにしている可能性もあるが、警戒はしておかないと。

 前後左右に駆け回るシーセを目で追いながら、時折くる刃を打ち払う。その手数はひと振りのナイフとは思えない程多く、防げず俺の体にダメージを積もらせる。……やっぱり、待ちの戦い方は性にあわない! 打ち込んでくるシーセの攻撃をダメージ覚悟でスルーし、横っ腹を槍で思い切り振り飛ばす。手加減をしても浮かぶ体に、シーセの軽さを再確認する。こんな軽い女の子に刃を向けている事に罪悪感を感じ、穂先が鈍る。体勢を立て直したシーセは、最初と同じく真っ直ぐに俺に突っ込んできた。顔面を貫こうとすれば避けるだろうと彼女に槍を突き出す。

「っあ!?」

 穂先はそのままシーセの左目に吸い込まれ、後頭部から出る。俺の槍が、シーセの頭を貫通したのだ。嘔吐感が胃からせり上がってきても吐かなかったのは、俺の喉にシーセのナイフが突きつけられていたからだろう。

「勇者様の甘さは、弱さです。甘いから、そこを狙われる」

 槍の半分以上を過ぎた所に、ダンゴの様に刺さったシーセの頭から槍を恐る恐る抜く。血の様なものが大量に溢れ出ているが、抜く瞬間チラリと見えた断面は砂が固まったものだった。耐え切れず崩れ落ちて胃の中身を吐き出す。なんだよこれ、ゲームでもこれは酷い、酷過ぎる。なんで、仲間を、女の子を貫かなくちゃいけないんだよ。

「わたしの負け、です。先に致命傷を受けてしまいましたから」

 避けられた攻撃をわざと受けておいて、シーセは何を言っているんだ。甘くて何が悪い。細部まで攻略したゲームの世界なんだ。楽に楽しみたいだろ。女の子と上手く遊べれば、俺は満足なんだから。

「全力で来てくださらない勇者様が悪いのですよ」

 呟く声が聞こえたが、俺にはシーセの顔を見る勇気が無かった。見下ろした地面では、俺の吐き出した物とシーセの流した赤い液体が汚く混ざり合っていた。


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2019/06/29投稿
06/29更新