ゲームの世界に召喚され、可愛い仲間に囲まれた勇者生活! レベリングも順調だし、他の勇者も口程にもないし、勇者最高!
 ……尚文の野郎がいなければ、な。
あいつは勇者でありながら、仲間だったハズの冒険者の女の子、マインに関係を迫り、泣かせた。女の子を泣かせる奴に良い奴はいない。あの事件が起きてから、俺は尚文の野郎を許せないでいた。

 あの事件から1ヶ月ほど経ったある日。
パーティの仲間がレベル上限の40に迫り、限界突破のクラスアップの為に、城下町の教会内にある龍刻の砂時計へとやって来た。
そして見覚えのある背中が、龍刻の砂時計を見上げているのを見つける。

「ん? そこにいるのは尚文じゃねえか?」

 名前を呼ばれた尚文が、振り向いて俺を見る。その目は仲間を人とも思わない、悪党の目だった。

「お前も波に備えて来たのか?」

 仲間を襲った犯罪者め、ボロクソに言ってやらなきゃ気が済まない。まずはそのしょぼい装備を馬鹿にしようと口を開くと、龍刻の砂時計が強く光り出した。

「なんだ!?」

 光源のすぐ近くに居た尚文が、眩しそうに腕で目元を守りながら砂時計に向き直る。
 砂時計は輝きながら、そのガラス部分の表面に時計を模した記号ーーいや、あれは魔法陣かーーを描いた。魔法陣の中心から何かが出てくる。ゆっくりと姿を現すそれは、どう見ても女の子だった。

 徐々に魔法陣から一糸まとわぬ全身を覗かせると、重力に従って少女は力無く落ち始める。

「危ない!」

 咄嗟に少女へと手が伸びるが、落ちてきた少女は尚文が受け止めた。そりゃそうだ。尚文の目の前に落ちてきたんだ、俺より先に届くに決まってる。
 ………………尚文の前に、全裸の少女!?
考えるよりも先に足が走り出し、尚文と少女、そして見覚えのない獣耳の美人の元へ駆け付けた。

「コイツ今、龍刻の砂時計から出てきたのか?」

 未だに目を閉じたままの少女を支えながら、尚文は驚きの声を上げた。意識の無い少女の肢体は尚文のケダモノのような視線に晒されている。
 しまった、このままでは尚文の被害者が増えてしまう!

「尚文、まずはその子から離れろ」

 勇者である限り、この身から離れる事の無い槍を握りしめて俺は尚文を睨む。俺が槍に力を込めるのを見た亜人の美女が、腰の長剣に触れつつ背後の尚文に問いかけた。

「ナオフミ様、こちらの方は……?」
「……」

 美人に尋ねられているのに無言を貫くとは、男として、人としてどうなんだ。

「始めましてお嬢さん。俺は異世界から召喚されし四人の勇者の一人、北村元康と言います。以後お見知りおきを」
「は、はぁ……勇者様だったのですか」

 黙ったままの尚文を無視して、俺は目の前で柄を握る美人に自己紹介をした。
男、元康。こんな美人を目の前にして、名前を聞かずに去るなんてできるわけがない!

「あなたの名前はなんでしょう?」
「えっと……」

 名前を聞かれて戸惑うように視線を彷徨わせ、尚文、少女、俺、と順番に視線を移し、自分の名を答えた。

「ら、ラフタリアです。よろしくお願いします」
「呑気にお見合いしている暇があったら、コイツに着る物でも用意してやれよ」

「お、おみ!? ナオフミ様、冗談はよしてください!」

 尚文は自分が身に付けていた深緑のマントで少女をぐるぐる巻きにしながら、ため息混じりに俺達の会話に口を挟んできた。邪魔されたのはムカつくが、珍しく言ってる事は正しい。俺は部屋の隅で控えていた教会のシスターに声をかけ、少女でも着れそうな服を用意する様に頼んだ。
 改めて近くで少女を見て、その美しさに俺は息を飲んだ。正直、綺麗すぎる顔は作り物の様で、少し怖く感じた。

「起動開始」

 鈴のような声。という言葉がしっくりくる、透き通ってはいるが感情の感じられない声が、少女の口から聞こえた。
パチリと、丸く大きな瞳が開いて世界を映す。

「起動完了。四聖勇者の反応を感知」

 支えていた腕から上半身を起き上がらせた少女は、俺達3人の顔をそれぞれ眺め、軽く一礼した。

「初めまして、今代の勇者様。わたしの名前はシーセシンシャ。勇者様の補佐を務める、龍刻の使者です」
「龍刻の……使者?」

 少女、シーセシンシャの言葉を小さく繰り返しながら、尚文は俺を見る。なんとなく言いたい事がわかり、首を横に振って返す。

 龍刻の使者なんて、エメラルドオンライン、俺がやっていたゲームには存在しなかった。

 詳しく話を聞こうとすると、ずっと後ろで大人しくしていたマインが声を上げた。

「モトヤス様、そいつは勇者様を誑かす悪魔ですわ! 耳を傾けないで!」

 マインに尚文が舌打ちをした気がしたが、今は見逃してやる。マインの話を聞こうと振り向くと同時、シーセシンシャが呟く。

「人間の妨害を確認。対象の重要性は低いと判断。無力化します」

 止める間もなく、シーセシンシャは魔法の詠唱を完成させた。

『力の根源足る龍刻の使者が命ずる。理を捻じ曲げ、彼の者を止めよ』
「ファストストップ」

 俺に声をかけ続けていたマインが、時が止まったように口を開けたまま固まる。攻撃されたとやっと気付いた俺は、尚文に向けようと握っていた槍を龍刻の使者を名乗る少女に構える。
 俺に倣って、他の仲間もシーセシンシャにいつでも攻撃できるように準備する。

「命は奪っておりません。わたしは勇者様に敵対する意思は持っていませんので。どうか、話を聞いてください」
「じゃあ、マインを解放しろ。そうしたら聞いてやる」

 無言で俺の目を見つめるシーセシンシャ。負けずに見つめ返すと、諦めたのか目を閉じる。途端にマインが動き出し、自分が止まっていたのも気付かずに続けた。

「龍刻の使者は、勇者様を厄災の波へ誘い殺す、古い伝承に残る悪魔なのです!」
「勇者が波に立ち向かうのは当たり前だろ……」

 マインの俺を守ろうとする声、尚文の呆れたような声、どちらも遠くに感じる。俺はシーセシンシャから目が逸らせず、閉ざされた瞼が開かれる瞬間を見ていた。

「これで、話を聞いてくださいますね?」

 彼女の声だけが、俺を捉えて離さない。
生唾を飲み込んで頷く。俺はマインに静かにするようお願いし、少女に話を促す。

「わたしは世界に作られた人形です。存在目的は世界の平和ただ一つ。その為にも、勇者様にご協力願いたいのです」
「……目的が同じだから利用し合うって事か」

 尚文が立ち上がりながらシーセシンシャの話を飲み込む。シーセシンシャは座ったまま、囲むように立つ俺達を見上げる。
ゲーム的に言うと、最序盤に登場する勇者に助けを求めるキャラって所か。随分と出てくるのが遅かったし、王様と役割被ってるな。

「世界の為に戦ってくださるのなら、わたしをどう利用しても構いません。肉壁、性奴隷、その他お好きな様にお使いください」
「信用出来ないな、どうせいざという時には裏切るんだろ」

 犯罪者に相応しい懐の狭さだな、尚文の奴。こんな美少女を好きにしていいって言われたのに疑うなんて、絶対損だろうに。シーセシンシャは尤もだと言うように頷いて続ける。

「その場合は特殊な契約魔法を用いて、好きなわたしに改造いただけます。嘘を吐かない、命令に背かない、勇者様に反対する意見を抱かない……人間で言う脳味噌の中身まで勇者様の思いのままです」

 それを聞いてゾッとした。
彼女は人形というより、機械の様だと。尚文なんかに任せたら、それこそ自由意思すら奪われて、言い方は下品だが、ダッチワイフの様にされてしまうのではないか。

「俺が君を手伝う!」

 ろくに考えずに、勝手に口から出ていた。マインが悪魔だと言っていたのに、俺は彼女が尚文に、いや、他の勇者に奪われるのが何故か許せなかった。

「俺が世界を平和にしてみせるから、俺と一緒に行こう!」

 俺が差し伸べた掌を見つめるシーセシンシャ。尚文は大きくため息を吐くと、俺達に背を向けて出口へ進みながら吐き捨てる。

「得体の知れない奴を仲間に入れる気は無い。好きにしろ」

 去って行く尚文の背を見送り、俺に向き直ってシーセシンシャは言う。

「……ではわたしは貴方様について行けば良いのですね?」

 なんの感動もなく重ねられたシーセシンシャの手に若干の高揚心を覚え、小さな手を大事に握る。そこで尚文が、あっと間抜けな声を上げてこう言った。

「装備返せ」



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2019/04/21投稿
04/21更新