シーセシンシャにシスターが用意した服を着せ、マントを尚文に投げ返す。
服と言っても、渡されたのは教会のローブのみのため、シーセシンシャは現在裸マントに近い状態になっている。さっきと変わらない気がするが 、身に付ける物が尚文の物ではなくなっただけ、俺の心の平穏は戻りつつある。

 マントを装備し直した尚文は、何も言わずに出ていこうとするが、丁度出入口から、俺達と同じく勇者に選ばれた錬と樹が入ってきた。
初めて挑む波の前にクラスアップしておきたいから、このタイミングで勇者が集まるのはおかしい事じゃない。

「チッ」
「あ、元康さんと……尚文さん」

 尚文と樹が睨み合う横を黙って進む錬。一気に人が増えた事に内心俺は焦っていた。

 俺の他に、シーセシンシャを連れて行きたいと言う奴が出てくるんじゃないか?

 自分でも何でこんなにシーセシンシャに固執しているのかわからないが、勇者なら誰でもいいと言う彼女に、選ばせたい気持ちでいっぱいだった。

「そ、そうだラフタリアさん! アナタは本日、どのようなご用件でここに? アナタのような人が物騒な鎧と剣を持っているなんてどうしたというのです?」

 俺は少しでもシーセシンシャから他の勇者の目を逸らすために、シーセシンシャを背中に隠しながらラフタリアさんに詰め寄った。俺の無理がある話題転換に、訝しみながら答えてくれるラフタリアさんはやっぱりいい女だ。

「それは私がナオフミ様と一緒に戦うからです」

 なんとなく予想はしていたけど、尚文みたいなゲス野郎に仲間ができるなんて、勇者ってだけで手を差し伸べてくれる心優しい人がいるんだな。龍刻の使者だって、そういう奴の為の救済措置なのかもな。

「てっきり一人で参戦すると思っていたのに……ラフタリアお嬢さんの優しさに甘えているんだな」
「勝手に妄想してろ」

 何度も出て行こうとしては邪魔されていた尚文が、やっと出入口へ向かった。今度は立ちはだかる奴もなく、樹と錬も道を開けた。

「波で会いましょう」
「足手まといになるなよ」

 尚文とラフタリアさんが出て行く。その後ろ姿を見届けて、樹と錬は仲間のクラスアップの準備を始めた。
そうだ、俺達もクラスアップしに来たんだった。尚文の野郎とシーセシンシャに気を取られて忘れていた。

「シーセシンシャ、君のレベルを教えてくれないか?」

 もしかしたらシーセシンシャにもクラスアップが必要かもしれない。今後の活動の為にも、レベルはもちろん、ステータスの確認もしておきたい。

「わたしのレベルは四聖勇者様方の平均値となっています。勇者様と同じくレベル上限が存在しませんので、わたし単体に対してレベル上げは必要ありません」
「俺が強くなればそれだけ強くなるのか、便利だな」

 シーセシンシャ以外の仲間にクラスアップをさせている最中、槍が砂時計に反応する。伝説の武器は素材を吸収させる事で新しい武器に姿を変える。その素材に対する反応を示したという事は……。

「シスター、龍刻の砂時計の砂って貰えるのかな?」

 俺の言葉に樹と錬が反応し、2人も砂を求めた。
用意された砂をそれぞれが武器に吸い込ませると、俺の槍にはポータルスピアと言う槍の条件が解放された。行った事がある場所を登録しておくと、その場所にワープできるスキルの様だ。他の2人も似たようなスキルを持った武器が解放されたらしく、嬉しそうにニヤついていた。

 やる事も終わったし、シーセシンシャについて言及される前に帰ろうとした瞬間。

「そういえばそちらの方、見覚えのない方ですが、元康さんのお仲間ですか?」

 樹が俺の後ろのシーセシンシャに気付いてしまった。シーセシンシャは機械的に勇者に自己紹介しようと前に出る。隠れているように言い含めるのを忘れていた……。

「初めまして、今代の勇者様。わたしの名前はシーセシンシャ。勇者様の補佐を務める、龍刻の使者です」

 俺にしたものと全く同じ紹介を繰り返すシーセシンシャ。そのまま決められたセリフしか喋れないおもちゃの様に続ける。

「わたしは世界に作られた人形です。存在目的は世界の平和ただ一つ。その為にも、勇者様にご協力願いたいのです」
「けど! 俺がこの子を手伝う事にしたから、2人は気にしなくていい!」

 シーセシンシャの肩を引っ張って、口を塞いだ。これ以上2人の興味を引くような事を言われると困る。

「モトヤス様、私は龍刻の使者なんて信じられません! 早急に他の勇者に渡すべきです」

 マインが俺に垂れかかりながらシーセシンシャを引き離す。俺じゃないと、あの子がどんな目に遭うかわからない。俺がシーセシンシャを守ってやらないと!
自己満足なヒロイズムに酔った俺は、沢山のヒロインを救うサマを想像しては1人で笑っていた。

「マイン、ごめんよ。俺は目の前で女の子が困っていたら、救わずにはいられないんだ」
「……………………そうですか。……そうですわね、モトヤス様はお優しい槍の勇者様ですものね!」

 違和感に溢れる無言の間を気にすることもなく、俺はマインの同意に喜んだ。
マインがシーセシンシャに手を出し、シーセシンシャもその手を取り、握手をする。

「よろしくお願いします、シーセシンシャさん」
「……こちらこそ、よろしくお願いします」

 先のいざこざもあったが、2人が仲良くやれそうで安心しつつ、俺はシーセシンシャにお願いをする。

「シーセシンシャ、仲間には攻撃しちゃいけないぞ。約束できるな?」
「わかりました、わたしは仲間に攻撃しません。命令、承諾」

 命令じゃないけど、まぁ言う事を聞いてくれるならいいか。仲間の同意も得たし、誰かに取られる前に囲ってしまえ。

「という訳で、この子は俺の新しい仲間だ。樹、錬もよろしくな」

 と、紹介すれば樹も錬も人の仲間を奪おうとはしないだろう。2人はなんの相談もなく戦力を持ってかれた事にもやつきながらも、シーセシンシャが俺の仲間である事に納得を示した。

「じゃあ、クラスアップも終わったし、俺等は先に行くな。樹、錬、また波で」

「はい、波で会いましょう」
「精々準備をしておくんだな」

 2人の勇者と別れた俺達は、波に向けての装備、ではなく……シーセシンシャの服を買いに来ていた。いつまでも裸にローブでは風邪を引くし、勇者の冒険は結構動く。その度に肌が見えるのは俺の集中にも支障をきたす。下着はもちろん、顔がいいのだから可愛らしい服で着飾った所を見たい。まだ見ぬ少女の笑顔を見せて欲しくて、俺はマイン達のオススメの洋服屋で物色中だ。

「モトヤス様、この服なんて私に似合うと思いません?」
「モトヤス様ー、私これ欲しーい」

 いつもの様に可愛く強請る女の子達。大丈夫、昨日の夜もこの為にレベル上げを兼ねた金策をしてきたのだから。だが、今回の本命であるシーセシンシャが後ろの方で立ち止まって動かないでいる。

「シーセシンシャ……いや、シーセって呼んでもいいかな?」
「構いません。どうかしましたか? 槍の勇者様」

 何故声をかけられたかもわからないと言った顔で、シーセは首を傾げる。
もしかして、シーセの服を買いに来たって思ってない?

「シーセは欲しい服とかないの?」

 尋ねられてもピンと来ないらしく、首を傾けたまま考え込み、やっと答えが出たのか、首を戻した。

「わたしの衣服などそこら辺の襤褸で大丈夫です。今も立派な服を頂いているのですから、感謝こそすれど、求める事はありません」

 うん、決めた。

「俺の好みで選ぶから、来てみて欲しいんだ」
「わかりました、勇者様に渡された服を着用します。命令、承諾」

 この子は自分の意思が無いに等しいんだ。なら俺がやる事は1つ。思う存分甘やかして、自分でも意思を持っていいと伝えよう。脳味噌まで好きにできると言っていた。なら、普通の女の子としての喜びを享受できるようにもなれる筈! そうすればきっと、心からの笑顔を見せてくれるに違いない!
 彼女を幸せにしてみせる。俺は1人、心に誓った。


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2019/04/21投稿
04/21更新