The real world is much smaller than the imaginary.
何か楽しいことは起きないだろうかと、僕は周りを見回す。監視官という職業は他と比べれば楽しい何かに出会いやすい。例えばそれは事件であったり、潜在犯であったり、同僚や部下であったりする。槙島くんは仲間のことをよく見ているのね、といつだか青柳に言われたことがあるが、僕は別にそういうつもりじゃなかった。ただ、何か楽しいことは無いかと周りを見ていただけだった。
六合塚を見ていると、口数が少ないながらも周りをよく見ていることがわかる。何事にも動じず無関心なのかと思えばそうでもない。きっと彼女は優しいのだろう。優しさと冷静さのどちらも持っているのは辛いだろうと思った。
ギノを見ていると、慎重なのに不器用なところが矛盾しているようで何だか面白かった。生真面目で神経質で口下手で。はじめは何とも思っていなかったのに、いつの間にか僕はギノに友人と思われていた。それを知った時、僕は面映く感じた。
佐々山とトレーニングをしていると、力は互角なのに不意を突かれて何度か負けたことがあった。実戦向きの戦い方を彼はよく知っている。佐々山はいい加減なところばかりだが、一番執行官らしい執行官だと思う。自分の勘を頼りにずんずん進んで行って殴るような、そういうところは暴力的ではあるが嫌いではなかったし、見てる僕も楽しかった。
征陸と酒を酌み交わしながら話していると、彼の見てきたもの、経験してきたものを羨ましく思った。警視庁時代のこと、今まで出会った潜在犯のこと、かつての上司の話。そのどれもが僕には興味深く、しかしもう決して見ることのできないものばかりで、彼の若い頃の話を聞いている僕はきっと絵本を読んでもらっている子どものようだっただろう。
ららと二人で過ごしていると、気づいたら何時間も経っていることがよくあった。子どもの頃から更正施設で過ごしていた彼女は僕が読んでいた本に興味を示した。恐らく施設では許可が下りないであろうものもたくさんあって、興味あるなら貸すよ、と言ったのがはじまりだった。それから僕はららの読んだことのないような本をたくさん与え、ららも読み耽った。そして彼女は近すぎない距離で僕に寄り添おうとした。それが僕には心地よくて、初めて人が傍にいることが暖かいものだと知った。
僕は今の生活をそれなりに気に入っている。シビュラ統治下の生活の中ではかなり恵まれているだろうし、職場についてもこれ以上のものを探してもきっと無いだろう。監視官はメンタルが汚染される危険性が高く命の保証もされていないが、僕は何事も器用にこなせる自信があるし、知識も体力もある。色相も珍しがられるほどのクリアカラーだ。きっと一生クリアカラーであり続けるのだと思う。精神が健康なら色相が濁らないというのは常識だが、いくらシビュラの判定の言うとおりに生きていても悩みの一つ二つは経験するはずだし、その時には色相も多少濁る。しかし僕は違った。みんなは自身の色相を常に意識し、クリアカラーを保つためのサプリメントを摂っているというのに。シビュラは平等だと思っていたのに僕だけが疎外された気分だった。そしてシビュラの言いなりになっている周りの人間がひどくつまらない存在に思えた。だからクラスメイトがギノの父親が潜在犯だと言って避けたときも、僕が抱いた感情は“羨ましい”というものだった。
《判定結果:厚生省公安局所属 監視官》
だが、僕を疎外していたはずのシビュラは僕を傍に置くことを選んだらしい。今まで散々僕を疎外してきたやつの言いなりになるのか?いいように使役され、潜在犯を狩るのか?考えに考えて僕はそうなることを選んだ。監視官になれば潜在犯と関わる機会が格段に増え、色相が濁りやすくなるという。それでいい。僕は潜在犯と接してみたかった。何なら色相だって濁らせてみたかった。みんなと同じように色相浄化とやらをしてみたかった。面白い遊びを知っているのはシビュラの庇護を受けられなくなった潜在犯たちで、学校の同級生たちといるよりよほど彼らとのほうが有意義な時間を過ごせた。中には僕の色相が濁ることを心配する潜在犯もいた。大丈夫、僕の色相はいつ測ってもクリアカラーだから。そう答えると彼らはそんなはずはない、きっといつか濁ってしまうはずだと言う。しかし、そんな日は来ないまま僕は監視官になり、執行官という潜在犯を連れて潜在犯を狩っている。ああ、本当は殺したくない。ゆっくり話をしてみたい。ドミネーターを向けながらそう思うことが何度もあった。
セラピーも行かず、サプリメントも飲んでいないのに僕は相変わらず真っ白のまま。何色にも染まるはずなのに、何者も寄せ付けないかのように、ずっと真っ白だった。
『槙島さん』
僕が白でしかいられないなら、僕の名を呼んでくれる君も白くなればいいのに。どうしてシビュラは僕と君の間に境界線を引いてしまうのだろう。こんな世界、壊れたら楽しいのに。そう思いながら、僕は今日もドミネーターを握っていた。
「嘆かわしいことだ」
それはこの世界に向けた言葉だったのか、それとも僕自身に向けた言葉だったのか。
本当の世界は想像よりもずっと小さい
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