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*化け狐ヒロイン
森を一人で歩くのは狐の姿でも人間の姿でも危険だと思い知った。踏んでしまえば、あのギザギザの刃は人間の脚にも噛みついてくるのだから。その拍子に枝で腕を怪我したのは私がドジだからだけど、やっぱり私はまだ一人前にはなれないんだ。
「足…痛い……」
何とか人間の力を持ってして足を罠から外すことはできたけれど、巣まで帰れる気がしない…体力も減ってるし、これじゃ人間に化けていられるのも少ない……もしも尻尾が出た状態で人間に見つかってしまったらどうしよう。そんなことをすれば私はたちまち見世物にされて、今まで隠し通してきた狐の秘密が世間に知れ渡ってしまう。それだけはどうしても避けたかった。かと言って、この状況をたった一人でどうにかできるとも思えない。とりあえず仲間を探せばきっと助けてくれる…それまで少しだけ休憩しよう。
道になっている場所から少し離れて、なるべく大きな木に隠れて座り込んだ。
じんじんする…。
人間になってるときに罠に引っ掛かって本当に良かった…狐の時だったら死んでたもん。
「はぁ……」
私ってば本当にマヌケだなあ…
「誰かいるのか?」
「ひっ!!」
びっくりして声を上げてしまった…本当にマヌケすぎる…なんで黙ってられないの!もうっ…
声を掛けてきた人は馬に乗って私の前まで来ると怪我に気付いたのか、心配そうな顔をして馬から降りた。しかし私からすれば狐とばれてしまわないか冷や冷やして一刻も早く立ち去って欲しい。
「見せよ」
「……だ、大丈夫です」
「大丈夫ではなかろう?」
「……」
渋々足を見せると、ギザギザの切り傷に縁取られた足首を見て私より辛そうな顔をして、優しく赤い鉢巻きを巻き付けた。そして問答無用に私を抱き上げると馬に乗せ、その後ろに彼が乗った。抵抗する力も今は持ち合わせていない。
「あの…」
「城で手当てをする。馬はゆっくり歩かせるが、痛いようなら言ってくれ」
「…はい」
確かにこんな傷は狐の手では治せないけど……お城って…人がいっぱい居るんじゃないのかな…もう化けてるのも苦しいのに…
馬は確かにゆっくり歩いていたがそれでも重心を調節するだけで体力は消耗していく。
「辛いなら寄りかかって良いぞ」
そのお言葉に甘えて私は後ろに寄りかかった。必死に狐の姿に戻らないようにすることだけを考えていれば、いつの間にか森を抜けてお城の門をくぐっていた。
彼は意識も薄れて歩くことも儘ならない私を抱き上げると、すたすたと小さな和室に運び濡れた手拭いで傷を拭いてくれた。体力はどんどん無くなっていったけど、姿を戻さないことに集中して手当て中はやりすごした。
「よし、終わったぞ」
「ありがとう…ございます…」
「その様子では家に帰るのは辛かろう…部屋は使って良い、今日のところは休んでゆけ」
ストン、と襖が閉まった音を聞いたと同時に私は張り詰めていた気を抜いて元の姿に戻り、深い眠りについた。
*
「すまん、俺だが入っても良いか?」
沈んでいた意識がゆっくりと戻ってきた。起き上がろうとしたところで後ろ足が痛いことに気付き、偉いお侍様に助けてもらったことを思い出した。
とすれば、これはまずい!人間に化けないと!!
「入るぞ」
「ぅえ、あ、ちょっと…!」
どうにかぎりぎりで人間に化けた。
でも…あれ、どうしてこんなに驚いた顔を…
「お主、それは…」
その視線の先が私の頭にあることに気付いて、手で触ってみると…確かに狐の耳があった。…そっか。やっぱり弱ってる状態だと完全に化けれないんだ…
じゃあ、もうここには置いてもらえない。布団から出て正座をし、お侍様のほうを向いた。
「ごめんなさい。騙すつもりは無かったんです。……助けてくれてありがとうございました」
深く頭を下げた。
すると、大きな手が私の頭を狐の耳も一緒に撫でる。驚いて顔を上げればその人は優しく笑っていた。
「これが最後かのような言い方をするな。せめて怪我が治るまでは、ここに居てはくれぬか?」
「でも……私、狐なのに」
「幼い頃から動物は大好きだ。この部屋にはなるべく人を寄せないようにする。安心して休め」
人には優しい人も恐い人も居ると聞いていたけど、お城を持ってるような立派なお侍様ですらこんなに優しいなんて。本当に良かった、この人に見つかって。
「本当にありがとうございます。私は羅々と言います」
「俺は真田幸村だ」
真田幸村様、かぁ。どこかで聞いたような。私が知ってるんだからきっととっても有名な方なんだろうなあ。
幸村様は私に食事も持ってきてくれた。一応、人の姿に化けているものの殆どは失敗して耳や尻尾が残っていた。お城のお料理はとても美味しくて、無意識に耳がひくひく動いていたらしく幸村様が笑っていた。
「狐というのは分かりやすいなぁ」
「笑わないでくださいっ」
「すまんすまん!」
と言いつつ幸村様は笑っている。……まぁ、良いや。幸村様なら。
食べ終えると幸村様に包帯を取り換えてもらって、少しお話して、一日が終わる。家族のみんなはきっと私が帰ってこないのを心配してるだろう。でも私はまだ幸村様と一緒にいたいなぁなんて考えていた。
もう少し、あと少しだけで良い。
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