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廃棄区画の迷路のように複雑に張り巡らされた階段を駆け上がっては降りる。一連の事件の容疑者として名前の上がった自称科学者は思ったより脚が速く、どうやら持久力もあるらしい。もやしのように色白でひょろひょろしているくせに、追いかける縢との差はなかなか縮まらないまま10分は経った。しかもこの区画を熟知しているのか、すいすいと角を曲がったり階段を上がったり降りたりとドミネーターの照準を合わせる前に見失ってしまう始末だ。縢はどうにか壁際に追い詰められないか考えつつ、男を追った。
『ハウンド4、まだ男を追跡できているか』
「へいへい、どうにかできてますよー」
『奴の仲間のうち二人はエリミネーターで執行した。そっちは任せるぞ』
「了解!」
とはいえ、さすがの縢も息が上がってきている。男もそろそろ体力切れのはず。ドミネーターで執行しようにも照準を合わせたと思ったそばから角を曲がったり建物の中に入ったりするので、なかなか執行できない。その繰り返しにイラ立ちが増す。相変わらずちょこまかと動く男を追っていると、今度は薄汚いかつてはアパートだったらしきボロボロの建物の一室へと入っていった。それを追って縢も閉じられようとしていたドアの隙間に滑り込む。
バタッ
「痛ッ」
ドアを閉められる寸前で間に足を挟み、鈍い痛みを感じながらもどうにか部屋の中に入ることができた。奴はもう逃げることはできない。室内は外観とは裏腹に電子機器だらけで床には何本ものケーブルが散らばっている。そして部屋の真ん中には楕円形の大きな鏡のようなものがあった。しかし鏡では無いことは一目見てすぐに分かった。本来、鏡はこちらを映すはずだがこの鏡の向こうは青白く渦を巻いて発光していたのだ。男は息を切らしてその鏡の前に立っている。青く発光する装置が何かは分からないが、出口は縢が塞いだ。もう逃げ道は無い。
「逃がさねーよ」
ようやくドミネーターを向けると、犯罪係数は180をマークしている。パラライザーで執行できれば取り調べができる。どうにか犯罪係数が300を超さないうちに決着をつけたい。しかし男は鏡の脇にある電子版を操作すると、余裕の笑みを浮かべてこちらを向いた。
「残念だったな、公安局。お前たちでも百年前まで追ってくることはできないだろう」
「はぁ?何意味わかんねぇこと言いやがる」
男はニヤリと笑うと鏡の中へ飛び込んだ。
「あ、てめぇ…!」
咄嗟にパラライザーを撃つが男の体は光の渦の中へ飲み込まれていき、さっきまで男の犯罪係数を表示していたドミネーターには何も表示されなくなった。いくら科学が発展したとはいえ、人間が鏡の中に入るだなんてあり得ない。早急に分析が必要だ。しかし縢は散々走り回されたことに腹が立っており、そんなことを考える前に足が動いていた。
「逃がすかよ!!」
縢は目の前の男を追って鏡の中へ飛び込んだ。
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