01
バタンッ
「…?!」
夕方のニュースを見ていると独り暮らしだというのに奥の廊下からかなり大きな物音がした。幽霊?泥棒?それとも変質者だろうか?独り暮らしの女の子は狙われやすいって言うけど…でも戸締まりだってちゃんとしたし、防犯には気を付けてるのに。うわー、本当に幽霊だったらどうしよう。とりあえず武器になりそうなもの…あれ、無いかも。リモコンに新聞…いや、そもそも逃げるべきか。パジャマだけどそこそこ可愛いの着てるから一応ベランダから外に出てもそんなに恥ずかしくはない。ベランダから逃げようかな…ここ二階だけど、うまく着地すれば骨折はしないだろう。
ガタッ
「クソッ、どこに隠れやがった!」
「…!?」
恐る恐る廊下を覗くと、そこにはオモチャみたいな変な形の大きな銃を構えた若い男の人がいた。不法侵入にしては随分と派手だ。あちらも私の存在に気づいたのか目が合う。しかしその反応は私が思ってたものとは違い、バレた!というよりもアンタ誰?という反応だった。
「……」
「……」
お互い無言で見つめ合うこと数十秒。変な形の銃がオモチャであることを願って様子を窺った。すると男は少し苛立った様子で口を開いた。
「あのさぁ、男見なかった?もやしみたいにひょろひょろしてる奴」
「何言ってるんですか…?ここ、私の家ですけど…」
何言ってるんだ、こいつ。言い訳、なのか…?何か変なことをしでかさないだろうかと凝視していると、アメリカの映画のように銃を顔の近くで縦に構えて部屋の中へと入ってきた。コツ、コツと靴の音を立て、部屋を見回している。何もないのが分かったのか、彼は大きなため息をつくと銃を下した。ため息をつきたいのはこっちだ…2つの意味で。
「こちらハウンド4、応答願いまーす。……って、アレ?ギノさん、ギノさーん」
無線かな?ギノさんという人に連絡を取りたいみたいだけど、どうやらできないらしい。が、知ったことではない。
「不法侵入に加えて…靴!!靴ぐらい脱いでください!!」
「ちょっと待ってよ。捜査終わったらちゃんと出てくから」
この人、何?ごっこ遊びでもしてるのだろうか。何やらキョロキョロしている。危険な感じはしないけど不審なことに変わりはない。服装とか見た目は普通とはいえ、さっきから言動がおかしい。クスリでもやってたら何をされるかわかったもんじゃない。
「ん?うわ、ドミネーターまで壊れてる…」
ドミネーター…彼は銃を見ながらそう言った。ドミネーターって何だ。見ていれば見ているほど謎が増えていく。って、そうじゃない。この人を追い出さないと!
「うちには取るもの何も無いし、早く出てってください。通報しますよ!」
悪いことをするでもなく、なぜか出ていかない男に強めに言ってみた。ここでキレられたりしたらピンチなのだが、今回も彼は予想外の反応をした。
「俺これでも公安局だよ?何も取ったりしないって」
「はあ?公安局?」
さも当たり前のように言われてしまったものの、公安局だって?なぜ公安?本当、この人の口から出てくるものは意味不明なことばかりだ。それが顔に出てたのか、彼は面倒臭そうにもう一度説明してくれた。
「厚生省の公安局。俺らが市民の生活守ってんじゃん」
「えっと…意味わかんないけど警察、なの?」
でも警察って少なくとも厚生労働省の管轄じゃないしなぁ…何でこの人の言うことは色々おかしいんだ?おかしいのは絶対にコイツなのに私が首を傾げるたびにコイツは呆れたような顔をする。
「いや、だから厚生省公安局刑事課。俺、刑事。わかる?」
「…分かんないけど」
「…マジで言ってんの?」
何故か彼は信じられない、とでも言いたげな顔をした。私がそういう顔したい。
「というか、そんなもの無いと思いますけど…本当に出ていかないなら今すぐ通報しますよ」
視線は男の方に向けたまま、何歩か後ずさってテーブルの上に置いてあったスマホに手を伸ばす。
「いや、公安局だってば!潜在犯取り締まったり!」
「…せんざいはん?」
本当に何なの、この人…?聞き覚えの無い単語がありすぎて話に付いていけない。とにかく、変な事態になる前に早く部屋から追い出したい。言ってることは意味不明だけど会話は成立しそうだからどうにかここから立ち去ってもらわなきゃ。そう思ってると彼は何かを思い出したらしく、一人で何かぼそぼそ呟いたと思えば、バッと顔を上げた。
「今って西暦何年?」
「2012年」
すると彼は信じられないというように片手で頭を抱えた。なにそれ、タイムスリップした人の反応みたい。
「…嘘じゃなかったのかよ…百年前って」
「百年前?」
「そ。俺からすると、ここは百年前なの」
「……」
益々意味が分からない!訳も分からない!何も言えずに戸惑う私をよそに彼はヤバイどうしよう、これ脱走扱いかな、とかよく分からない一人言を言ってへたりこみ、持っていた銃はゴトン、という質量のある音を立ててテーブルに置かれた。オモチャかと思ってたけど結構しっかりした作りらしい。てか、この人からしたらここが百年前なら、この人は百年後の世界の住人になる。どう見ても普通の現代の若者にしか見えない。未来人だなんて言われても信じる要素が無かった。むしろコレは新手の強盗か詐欺なのだろうか。ああ、もう分かんない!
「本当にここ百年前なの?シビュラシステムは?」
「私からしたら現代ですから!ナントカシステムも知りません」
「あ、それもそっか。じゃあシビュラシステムも無いってこと?」
「そんなの聞いたことないです!」
半ギレで言い返すと彼は突然ベランダに向かった。私の制止する声も聞かず、窓を開けたかと思えばベランダから身を乗り出して外の景色を見ていた。何を見ているのか気になって私もベランダに行ってみたけれど、外に広がっているのは見慣れた景色だ。冬なのでこの時間でも外は暗くなっていた。道路、電信柱、住宅街…何も変わったところなんて無い。
「何なんですかさっきから!」
「スキャナが見当たんねぇ…ホロも、多分無い…」
また意味の分かんないこと言い出したよ、この人!…ああもう、この短時間で随分慣れたかもしれない。
「本当に百年前ってことか」
ぽつり、呟くと部屋の中に戻った。そして急に真面目な顔になって私を真っ直ぐ見つめてきた。
「俺、暫くここに居させてもらう!」
「さっきから言ってることが分かりません出てってください!」
「ちょ、まだ俺が百年後から来たって信じてないの?!」
信じるわけないだろ!という突っ込みは飲み込んで彼の背中を押して玄関に追いやった。…どこぞのJr.みたいな体型してやがる。それに……以外と踏ん張る力が強いんだけど!私が全体重をかけて押してるのに全然動かない。出て行くどころか、自分のセールスポイントを語り始めた。
「俺、料理すっげー上手いよ!プロ並み!あとゲームの対戦相手にもなるし、てか家事全般は俺がやるから!お願い!」
「無理!」
「何で!」
「逆に何で大丈夫だと思ったの?バカなの?」
「だって部屋に突然現れたりドミネーター持ってたり、未来から来た要素あんじゃん」
「そこまで言うならまず名乗って、もちろん本名ね。身分証あるなら出して。あと、さっきからタイムスリップしてきたとか言ってるけど、だったらどこから来たって?うちにタイムマシンがあるとでも言いたいの?バカなの?」
一気に捲し立てるとさすがに圧倒されたのかゴホン、とわざとらしい咳払いをして話し始めた。
「俺の名前は縢秀星。縢縫いの縢に、優秀の秀、惑星の星で」
「……私は飛鳥井羅々」
つられて私も名乗ってしまった。
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