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目が覚めた。
何かによって起こされたとかではなく自然と目が覚めた。しかもいつもならストーカーのように付き纏っている眠気もなく、最初から意識がハッキリとしていて、経験上「これ」はなかなか寝付けないタイプの目の覚め方で起きて早々嫌な気分になった。
今が何時なのかは分からないけれど、ベッドの中は寝る前と変わらず私だけだ。
何時もなら2人で寝るには狭いベッドの中で何時も身を寄せ合うようしているから、まだ彰が帰宅していないことはすぐ分かった。
早く帰ってこないかな。
眠気を呼び起こすように瞼を閉じる。
一人で寝るのはやっぱり寂しい。
どれくらい経ったか。玄関が静かに開く音がした。
あ、帰ってきた。出迎えようか悩んだけど多分直ぐにこっちに来るだろうし、ベッドに入った瞬間驚かしてやろうと悪戯心が芽生えたから敢えて行かないことにした。
けれど私の思いとは裏腹になかなか彰は来なかった。ガサゴソとビニール袋を漁る音、包装を破る音、電子レンジの音、仕舞いにはオーブントースターのチーンと鳴る音。
「なにしてんの」
気になってリビングに行けば、今まさにトースターから取り出した焼きたてのパン──しかもチーズトースト──を食べようとしている彰と目が合った。まさか私が起きているとは思わなかったのか目を丸くしている。
「わりぃ、起こしたか?」
「彰が帰ってくる前から起きてたけど……。今日大学の飲み会じゃなかったっけ?」
「先輩に絡まれてほとんど食べれなかったしずーっと飲みっぱなしだった。しかもそういう時に限って近くのラーメン屋臨時休業なんだぜ?」
流石に腹減ったままじゃ寝れねーから、帰りにコンビニ寄って夜食買った。
と苦笑しながら言う。
のんびりとしていて人当たりもよろしく、その上バスケも上手く、けれどひけひかす事はしないしお酒もいける口だ。そりゃあ先輩方から気に入られるだろうなあと思いつつも、時にはこんな可哀想なこともあるんだなぁと少しだけ同情した。
「食う?」
持っているチーズトーストの載った皿を見せてくる。さくさくのトーストの上に茶色い焼き目が程よく付いたチーズ。その上にアクセントとして黒胡椒が薄くまぶされている。
乗せて焼くだけ、とシンプルで単純だからこそ間違いなく美味いと断言出来る組み合わせ。
しっかり焼き上げられたトーストの匂いと、チーズの焼けた芳醇な匂いが鼻腔に広がり食欲を刺激する。
これは絶対ヤバいやつだ。
「いやでもさすがに……」
ちらりと壁掛け時計を見れば日付が変わりそうな時間だった。正直めちゃくちゃこのチーズトースト食べたい。けれどこんな時間帯にこんな罪深い食べ物を食べたら美容的観点から見てもマイナス評価だし、確実に明日に響くしダメになりそう。
しかし彰は、
「毎日やってる訳じゃないし、たまになら良いだろ?」
と、にこやかな表情で誘惑する。絶対私が葛藤してる姿を見て楽しんでる。「いや、でも……」意外と誘惑に強い私に対抗意識でも芽生えたのか彰はさらに追い打ちをかけてきた。
包丁でチーズトーストを縦4つ切り分けスティック状にする。必然、真ん中2つはパン耳も少なくチーズがたっぷり乗っている「うまい」部分になる。
「絶対美味いぞー」
その真ん中の1つを、パン耳を摘んで見せびらかす様に持ち上げれば蕩けきったチーズが糸を引きながら伸びる。その光景に私はあっさりと負けてしまった。
「っうわああ!食べる!食べる!」
「あーん」
差し出されたチーズトーストをそのまま頬張る。噛む度に音を立てて崩れる軽い食感のパンに、チーズの濃厚な味わいが口いっぱいに広がる。時折顔を覗かせる、黒胡椒のピリッとした刺激的な辛味もアクセントとして良い仕事をしている。
「美味い!」
「だろー?やっぱチーズトースト美味いよな」
今度はパン耳が多め部分をくれた。 カリッと焼けていて歯ごたえ抜群で噛みごたえがあるる。さっきよりチーズの面積は少ないけれど、トーストとしてのパンが味わえてこれはこれでいい。
切り方でこんなにもバリエーション豊かになるのかと感心しつつも、分けてくれたとはいえ彰が食べる夜食を既に半分も食べてしまったことに罪悪感が段々と湧いてきた。
「ごめん、半分も食べちゃったね」
「オレがしたくてしたんだから気にすんなよ。それにまだあるし」
「まだ?」
残ったチーズトーストを食しながら言う彰に、どういうことかと疑問符を浮かべていると電子レンジが鳴った。
「お、出来た」
最後の1本も頬張り空いた皿を机の上に置いて電子レンジから取り出したのはマグカップだった。中身は見なくても匂いで分かる。
「なんで牛乳温めてるの?」
「まあ見てろって」
買い物袋からシーフードの具材が入ったカップ麺を取り出しポットでお湯を入れる。後は蓋をして3分待つかと思いきや、あろうことかさっき電子レンジで温めた牛乳をカップ麺に追加で入れた。
「えぇ……」
カップ麺に牛乳?うそぉ。漢字ふりがな全く味の想像がつかない。そのまま食べようよ、と視線を送ると全く意に介さない表情をしている。
「結構美味いんだぜこれ」
なんてのほほんと言う彰に疑念の眼差しを向ける。そうこうしてる内にあっという間に3分経った。蓋を剥がすと湯気と共にシーフードと牛乳の匂いがふんわり漂って、思っていたほど牛乳臭くもなく意外と悪くないのでは?と早速手のひらを返しそうになる。
彰は出来上がったそれに一味唐辛子を振りかけて割り箸で軽くかき混ぜると、出来たらしいアレンジカップ麺を渡された。
「ほら」
ニコニコとした笑顔の彰を見ながらとりあえず食べてみることにする。
麺にふーふーと息をふきかけて啜る。
「……!」
ビックリすることに美味い。
シーフードヌードルって意外と塩気が強いけど、牛乳がいい感じに仕事して中和されてマイルドになって衝撃を受けた。麺に絡んだ魚介の旨味が詰まったスープが牛乳によって、クリーミーでまろやかな味わいになっている。あれだ、例えるならクラムチャウダーみたいな。
「お湯の分も牛乳にしたらしつこくなるから、このくらいが1番美味いんだよな」
確かに彰の言う通り、牛乳の量が多すぎたらしつこい感じになってずっと口の中に味が残っていたかもしれない。お湯と牛乳半々。これが1番ベストな対比なのかもしれない。
そしてさっきの黒胡椒とは違う一味唐辛子の辛味がまろやかな味を引き締めるのに一役買っている。
麺を口に運ぶ箸と啜る口の動きが止まらない止まらない。
「おーいそろそろオレも食いたいんだけど」
「あ、ごめ、美味しくって」
ついつい夢中になって食べ進め、残り半分くらいになった所でストップがかかった。チーズトーストを食べていた頃に感じていた罪悪はどこへ行ったのやら……。
カップ麺を手渡せばあれよあれよという間に彰は完食した。チーズトーストにアレンジカップ麺がいい感じに満腹感を作り出してもう大満足。
「デザートあるけど食べるだろ?」
「食べる!」
やっぱり食後と言ったらデザートだ。彰が冷凍庫から取り出したのはアイスバーで、ひょいと投げて寄こした。パッケージを見るに今の気分にまさに適したさっぱりとした味のレモン。さすが彰、よく分かってる。
さっそく封を開けて冷気を纏ったアイスを食べる。シャリシャリとした食感の氷菓は舌を瞬間で冷やし、レモンの涼し気な酸味と甘みが塩気で水気を欲していた口の中を潤しサッパリとさせてくれる。食べ進めていくとレモンピールが入っているようで、意外と大きめなそれは食感に良いアクセントを与えてくれた。
「食後のアイスってなんでこんなに美味いんだろなぁ」
「なんでなんだろうねぇ」
まだ私が半分も食べきってない所で、もう食べ終わったらしい彰はアイスの棒をゴミ箱に捨てる。早いなあ、と感心していると私の方を彰がじっと見つめている。早く食べろという催促ではなさそうだけれど、いったいなんだ───
「あ!!」
手首を掴まれ、ぐいと引き寄せられると大きく開けた口にアイスを捕食された。呆気にとられている間に2度繰り返されたから、アイスはあと一口サイズしか残っていない。
「あぁぁ……」
「食ってるの見てたら我慢できなくなった」
ごめん。
なんて悪びれる様子もなく謝る彰。
別にいつもの事だし、しかも今回は夜食を半分分けてもらった上にアイスも貰った手前ぶーぶーと責めるのはお門違いだ。まぁ、また今度買ってもらえばいいやと、最後の一口を噛み締めながら考えた。ああ、アイス甘いなぁ。
寝る準備を一通りして再びベッドの中に入る。今度は1人じゃなくて彰と一緒だ。一人で寝るのとはやっぱり大違いで、思わず頬が緩む程の充足感がある。彰に抱きしめられ、彼の体温と存在を感じつつ、胃も心もこの上なく満たされ、幸せってこういうことを言うんだろうなぁとぼんやり考えた。
ありきたりで特別感なんて欠けらも無いし、ささやか過ぎることかもしれないけれど、こういう小さな幸せを大事にしていきたいと思う。
「明日頑張って運動しないとなぁ」
「別に今から一緒にしてもいいぜ?」
「それも悪くないけど今日はこのまま寝たいな」
「そう言うと思った」
彰はくすくすと笑い、抱き締め直すとおでこにキスを落とした。
「おやすみ」
甘い声を聞きながら幸せのまま目を閉じた。