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※若干のホラー要素
「あああ怖かったあぁぁ……!」
毛布に包まってクッションを抱きしめている彼女を見て、三井は呆れ混じりにため息をついた。
日付も変わった深夜、三井はナマエと映画を見ていた。明日は休みだから絶対にベッドに連れ込んでやると画策した矢先に始まった映画。それをナマエが見たいと言い始めて、渋々付き合うことにした。ただオープニングが始まりテレビにおどろおどろしく表示されたタイトルから漂う、強烈なB級映画の匂いを感じ取り嫌な予感を三井は感じ取った。
実際その嫌な予感は的中していた。
まずこの映画がスプラッター系のホラーで、三井があまり好きではない、むしろ苦手な部類の映画で見ると返事したことを早速後悔した。この時点で十分後悔しているというのに、三井を嘲笑うかのように後悔は予想外の方向へと加速していく。
演者は全員演技が棒だし、ストーリーは支離滅裂で超展開の連続で退屈だし、演出は過剰すぎるスプラッター表現でチープさを誤魔化している。ただただグロいだけ。全く怖くない。たまに画面が血糊で真っ赤になって、何が起こっているか分からないところあった。グロければ怖いだろうみたいな制作陣の意図が見え透いている。そしてしまいには、主人公勢が辛うじて築き上げていた努力と過程を全て台無しにするかのようなラスト。もう滅茶苦茶である。噂には聞いたことがあるが、これがB級映画ならぬZ級映画だと言うのか。
全体的に作りも荒いから怖さを感じるどこか、笑いを誘っているのでは?とすら思える。一瞬撮影スタッフも映っていたし。スプラッターホラーが苦手だと自負している三井でコレなのだから、世間一般の評価は底辺の底辺だろう。ナマエのように近所迷惑になりそうなくらいキャーキャー叫んで怯えている存在は、山に行ってツチノコを探すよりも稀有かもしれない。どちらにせよもう二度と見たくないのは確かだ。
「さっさと寝ようぜ」
なんだか無駄に構えていた分、無駄に疲れてしまった。
歯磨きも寝る前のトイレも済ませて既に寝る準備は万端。ナマエを連れ込み一緒にベッドに入る。
ホラー映画やアクション映画を見終わった後はアドレナリンがアドレナリンが出て興奮状態になりセックスをしたくなりやすいそうだ。だからナマエのそんな状態に付け入るようにしてイヤらしい事にもつれ込むのもアリかもと映画を見始めた当初は下心丸出しの考えもあったが、あれだけ酷い作品を見た後だとそんな気すらも起きない。
そもそも腕の中にいるナマエも散々叫んだ影響で疲れたのか眠そうにしていて、現に眠い時にみせる、顔を物に擦り付けるような癖を三井の腕や胸に対して行っている。ナマエのこの妙な癖は自分に対して心の底から安心しきっていて、最大限に甘えられているような気がして好きだ。実際そうだったら嬉しい。
ナマエのほんのりと甘い匂いが鼻腔をくすぐり、ふわふわとした髪の毛が肌に触れてくすぐったい──。一瞬良からぬ気を起こしそうになりなりつつも、気を逸らすように未だ落ち着かないナマエの頭を撫でる。いつも様に撫でてやれば、段々と擦り付けている動きは収まってきた。この時ばかりは文句なしに可愛いのだが、こうする度にまるで子供を寝かしつけているようだと思う。
「ひさしおやすぃ……」
「ん」
舌っ足らずな就寝の挨拶に返事をする。
明日は朝から絶対相手させてやる。密かに邪な決意を胸に三井は目を閉じた。
──それからどれ程経ったか。
いつの間にやら腕から抜け出ていたナマエがモゾモゾと動く気配で意識を引き戻された。なんだトイレか。再び眠ろうしていると、と体を揺さぶられ控えめに声をかけられる。
「ねぇ」
「んー……」
「トイレ行きたいから着いてきて」
「はあ?」
思わず声が出た。
ホラー映画を見て怖くてトイレに行けないなんてガキか。自分たちは成人式もとうに済ませ、来年には新社会人となると言うのに。さっきまで寝ていたこともあり、眠気が抜けきっていない三井は背を向ける。
「1人で行けよ……。ガキじゃねーんだから」
「やだ、漏れちゃうよぉ……」
こんな所で粗相をされるのも困るが、それ以上にナマエの涙声での懇願に根が折れた。いくらガキだなんだとバカにしていても、彼女のこんな切羽詰まった声を聞いたら無下にできるわけも無い。
「ったく、貸し1つな」
仕方無しに起き上がりトイレまで連れていく。そのトイレまでの、ほんの短い距離をナマエは三井の腕を離さないようにしっかりと抱え込むようにしていて、あんまりにも必死な様子に笑みが零れた。普段小生意気なくせに、たまに見せるこういう弱さを愛おしく思う。
パタンと軽い音を立ててトイレのドアが閉まる。
「終わるまでそこ居て」
「やだよ眠てぇ」
「彼女が頼んでるのに!鬼!!」
「なんとでも言っとけ」
「寿が薄情者になったって今度安西先生に言いつけるから!」
「だああ!わーったから早くしろ!」
そこで恩師の名前を出すのはズルいだろう。
舌打ちをトイレの中まで聞こえるようにワザとらしくすると、ドアの傍に座った。床材のフローリングは冷たくて硬いし座り心地は最悪。ドアの小窓から漏れる光が廊下を薄暗く照らして不気味だし、しかしそんな場所でも構わず眠れてしまいそうな位に瞼が重い。
「ねぇ寿そこにいるよね?」
「居るよ」
ほんの少しだけと目を閉じていると、見透かされたように声をかけられる。
「ホントに?」
「居なかったら返事なんか出来ねーだろ」
「あ、そっか」
「早く済ませろよ」
「そんなに急かされたら出来ないよ」
「じゃあオレ戻るわ」
「絶対ダメ。そこに居て」
しかもしつこい。スマホの電源を入れて時間を確認する。煌々としたロック画面に目を眩ませながら見れば表示されている時刻は1時30分。普段ならあまり起きていない時間帯だ。長々しく息を吐き出した。正直早く寝たい。
「寿ー」
「あ?」
「呼んだだけ」
小生意気なヤツめ。すぐ調子に乗るんだから。
腹が立って頭上にあるトイレの照明スイッチを叩いて消せば、中から悲鳴が上がった。「ぎゃあああ!?」可愛らしさの欠けらも無い本気の悲鳴に三井は思わずほくそ笑んだ。ざまあみろ。すぐにごめんなさいと口ばかりの謝罪がされたので、まぁ寛大な心を持つ身として許してやることにして電気はつけてやった。
その後舌の根も乾かぬうちに「呼んだだけなのに」「心狭いんだから」とボヤいていたけれど、元はと言えばお前が悪い。
「寿のバカアホ、鬼、変態、差し歯、喧嘩弱男」
若干涙声混じりに、今度はナマエが罵声を浴びせてくる。思いつく限りに片っ端から悪態を口にする様はどう見ても小学生のそれに近しくて三井は無視を決め込んでいた。なんとでも言えなんとでも。オレはもうオトナなんだからよ。
「バーカ、ソーロー」
でもソーローは聞き捨てならねぇな。別にソーローじゃねぇしこの位が普通だわ、つーかお前だって大概だろうが直ぐにもう無理だの出来ないだのヒーヒー言うくせによ。腹が立ってもう一度電気を消した。再び上がる悲鳴と謝罪。知るもんかと完全にシカトを決め込んでいると次は鼻を啜りながらグズグズと泣き始めた。よく聞けば嗚咽が漏れてる。ほんとズリィなコイツ。付き合いが長いだけあり、どうすれば罪悪感を抱くか熟知している。
パチン、と照明を付ければ灯る明かり。
返事も無ければ反応も無い。なんとも気不味く重苦しい空気が流れる。ははん、アレか?今度はそういうつもりか?黙りを決め込むつもりか。
「おせーなまだ終わんねーのかよ」
「ベッド戻っちまうぞ」
「いいのか?」
煽るように発した言葉の数々にすら反応は無い。何時もならこの辺りで、ヤダだのヤメロだの一言くらいはある筈なのに。
「また電気消すぞー、いいのかー?」
沈黙。よしこうなったらお望み通り電気消してけや
「やっと、家に着い、たーー!」
静寂を打ち破るように玄関のドアが勢い良く開く。その深夜などお構い無しの傍迷惑な音に驚いたのはもちろんの事。しかしそれ以上に、あまりにも聞き慣れた声の主に否応なしに玄関に視線を向ければ、心臓を握り潰されでもしたかのような衝撃が三井を襲った。
「あれっ?寿、そこで、はっ、何してんの……?」
ナマエが、玄関できょとんとした顔を浮かべたナマエがそこに居る。走っていたのか、息もすっかり上がり肩で呼吸をしているし、髪も掻き混ぜたようにぐちゃぐちゃになっている。
「いや、だってお前、今トイレに……」
「えぇ?なにそれ」
訳が分からないとでも言いげな顔をしているが、それはこっちのセリフだ。つい今しがたトイレまで連れて行き、そこでくだらないやり取りや攻防を繰り広げていたかと思えば、玄関から勢い良く飛び出してきた。もちろんトイレに閉じこもっているナマエが出てきた訳でもないので──、
ここで、三井は生唾を飲み飲んだ。
まるでナマエが2人居ることになるじゃないか。
「踏切確認で家着くの遅くなるって連絡したじゃん」
訝しげな調子で言われ、堪らず手元のスマホを見れば確かにSNSでメッセージが届いている。さっきスマホを見た時は通知なんて無かったはずだが。
『踏切で直前横断した人がいて、今から安全確認するみたいで帰るの遅くなる
早く寝たいー(´・ω・`)』
丁度日付が変わった直後に送られているそのメッセージ。日付けが変わった直後と言えば、まだ家にいたナマエとあのしょうもないホラー映画を見ている時間だ。
「……」
そうだ、一緒に居たナマエはどこに行ったんだ。静かすぎるトイレのドアノブを捻れば三井の予想に反して内鍵は掛かっておらず、気持ち悪いほどにすんなりと開く。
「え」
中を開ければ電気が付いているだけで誰も居ない。
誰も居ない。誰も居なければ使用した形跡も何も無いのだ。便座の蓋はキチンと下ろされ、スリッパもきっちりと整えられている光景にいよいよ三井は頭が痛くなってきた。
「あれ?ちゃんと蓋下ろしてるじゃん、偉いねーひさくんー、流石やれば出来る子ー」
「あ、ああ……」
褒めてるんだかバカにしているんだか分からないナマエ。普段ならばデコピンのひとつでもくれてやるものの、生憎そんな余裕はなかった。
ナマエは意外なところで几帳面な所がある。テレビのリモコンの置き場所や、シャツの畳み方だとか。整理整頓が好きという訳ではなくマイルールのようなもの。
トイレに関してもそうだった。いつも使用後はやれ便座の蓋を閉めろ、やれスリッパを整えろと口うるさく、その度に三井は生返事をするだけで実践した試しが1度も無い。
──1度たりとも。
間違いなく「ナニカ」がこのマンションの一室に、自分と居たという事実に、三井は額や背中をじっとりとした嫌な汗で濡らした。
気のせいだ夢だと否定したくても、存在した証拠がある以上否定することが出来ない。
得体の知れない「ナニカ」を愛おしげに抱きしめていた事を思い返すだけでもゾッとする。幽霊?それにしては随分と抱き心地も良かったし体温もあった。匂いも仕草も小生意気だけれど、たまに見せる愛らしさは正しくナマエのそれだった。
そもそも何時から「ナニカ」と時間を過ごしていたんだ、「ナニカ」はいつナマエに成り代わっていたんだ。 正体は一体なんなんだ。
考えれば考えれる程、底知れない恐怖と疑念が身体中を這いずり回り、指先が氷水に突っ込んだ時のようにヒリヒリと痺れてくる。
「ねぇ寿、顔色悪いよ?大丈夫?」
俯き黙っている三井を、流石に様子が変だと思ったのか、ナマエが覗き込むように顔を見る。自分の身を案じてくれている情が混ざった不安げに揺れる瞳と視線が合う。
……目の前にいるナマエだって、本物のナマエだと言う確証は無い。何が本当で何が偽物なのか分からない、分かりたくもなかった。
映画よりも余程恐ろしいものを目の当たりにし現在進行形で体験して居ることに、三井はただ黙っているしかなかった。