「どうにかなりそう」


『名前〜!!どうした?そんな暗い顔して』

『ええ?私どんな顔してる...?』

『こーんな顔だぜ?』

『ちょっ!そんな顔してないでしょ〜!!』

『ははっ!大丈夫そうで安心したよ』

『全く…でもありがと、―――』





心地よい日差しに瞼が自然と開いていく。あれ、私はどうしてしまったんだっけ。何だか凄く愛おしくて、暖かい夢を見ていた気がする。
いつの間にかベッドにいた身体を起こし、確か昨日は…と思い出しかけた時、扉が開いた。

「名前さん!良かった、目が覚めたんですね。」

ああ、やはり夢ではなかったのか。
彼の姿を認識した時、絶望と、切なさが私を襲った。彼、安室透は昨日とは違い、とても穏やかな笑みを浮かべていた。

「体調は大丈夫ですか?昨日は急に意識がなくなって驚きましたよ」

「あ、そうだったんですね…ありがとうございます。」

「あなたが目覚めるまで心配だったので、申し訳ないですがリビングのソファをお借りして、一晩いさせていただきました。」

え、そんな、あの安室透が?私は今度こそ彼と'私'との関係が気になりはじめてしまった。そんなに深い間柄だったのだろうか。

「あの、すみません。色々ご迷惑をおかけして…」

「いえ、構いませんよ。あなたに僕との記憶はないかもしれませんが、あなたは'彼'の大事な人でしたから。」

「……あなたの名前は安室透、さんで合っていますか?」

「名前…」

「ところどころ名前を覚えている人もいて、あ!それに携帯にも名前が登録してありましたし…私ってあなたとどういう関係だったんですか?あと、'彼'って…?」

「…'彼'もまた、僕の大事な人で、あなたと'恋人だった'人です。」

'だった'?過去形な言い方に疑問を覚えた。もう離れてしまった人なのかな、それとももうこの世にいない、のだろうか。穏やかだった笑みは眉が下がり、また切なそうな笑みに戻ってしまっていた。私の脳裏にやはりあの写真の中の人がちらつく。

「その人は…今どこに?」

「……その話はまたいずれ、お話します。」

彼はそういうと本心を隠すような笑みをその綺麗な顔に貼り付け、手を差し伸べてきた。

「動けそうですか?今なら病院も開いているので診てもらえるはずです。」

「え、あ、はい。大丈夫です。あ!でも、安室さんと会う少し前に世良真純って子と一緒にいて、ここにいるように言われたんです。用事を済ませて来るから、その後病院に行こうって。」

「世良真純、ね。彼女なら大丈夫ですよ。僕から連絡しておきますので。」

「そう、ですか。お知り合いだったんですね、それなら良かった…」

彼女と彼は知り合いだったのか。曖昧な記憶を探るも全く手応えがなかった。私はとりあえず彼の言われるがままに病院へと足を運んだ。




―――ジジッ

盗聴器から聞こえる彼女の声。記憶喪失、か。一晩彼女のことを調べたが、ボクが知っている情報とほとんど差異はなかった。ただ中々会えない日が続いた空白の時間。この時間のことだけは何も出てこなかった。本当に何も。彼女がどこで誰と過ごしていたのか、何を見てきたのか。意図的に隠蔽されているような気がして、心がざわつく。
彼女が何かを隠しているとも思えなくて、でも少しでも疑問を持つと解き明かしたくなるのが、

「探偵の性ってやつかな〜」

なんて、ボクの'魔法使い'の顔を大事に思い浮かべた。
盗聴器から聞こえる彼女ではない別の人の声。ったく、名前姉も危機感ないよなぁ。知り合いかもしれないけど、男の人を部屋にあげるなんて。ボクはあまり彼に対していい印象はない。恐らく彼も同じだろうから。
あの冷めたような、内に秘めている業火のような瞳が―――


『世良真純、ね。彼女なら大丈夫ですよ。僕から連絡しておきますので。』

『そう、ですか。お知り合いだったんですね、それなら良かった…』

え?ちょっ!!いつの間にそんな話に!
ボクとお前は連絡先なんて知らないだろ!慌てて彼女の部屋へ向かおうと上着を羽織る。
完全にボクのミスだ。彼女に'違和感'を抱いたからといって、不安でたまらないような瞳をした彼女を1人にしてしまい、昨晩も名前姉が倒れたというのに迎えにいけなかった。いや、安室透と鉢合わせするのは避けたいと思い、行かなかったのだ。
すると盗聴器からジジ、ジジッと摩擦音が聞こえた。

『…誰でしょうね、こんな得体の知れないものを仕掛けるなんて』

クリアに安室透の声が聞こえる、ということはバレてしまったようだ。冷汗が首筋に流れる。

『全くもって趣味が悪い』

バキッ

耳がキーンと鼓膜を震わす。いっった!!
低く唸るような声で、やや殺気めいた言葉を最後に盗聴器が潰された。
あの男が名前姉に何かすることはなさそうだけど、何かムカつく。
それはボクの思い出の仲の優しい彼女がいなくなってしまったからか、自分の不甲斐なさにか。

考えるのを放棄したようにボクは部屋を飛び出した。