第11話 覚えてる?

「俺のこと、覚えてる? 」





何も喋らない私に、次々と質問がふってくる。

青い瞳を開き、自分が見えてるのか確かめるように、大袈裟に私の顔の前でおーい、と手を振る。






「お、ぼえてます」





ようやく話した私に彼は満足げな表情を浮かべる。






「ねぇ、さっきの奴に見覚えある? 」
「な、ないです! 」






屋根の上を見上げて男が尋ねる。見覚えもなにも、姿が見えなかった。
体格が良く、大柄だとは分かったが、それ以外の情報を提供出来ない。



その答えを聞いてもさほど落胆はしてないよう。
ふぅん、と聞いた割には興味もなさげ。



そうだ、そよ姫様を捜さなきゃ。
立ち上がろうとすると、右足に鈍い痛み。
足首から血が流れていた。男は私の動作を一部始終無言で眺める。






「人間ってホントに脆いネ」






やっと喋ったかと思えば、ため息混じりに呆れたように呟く。
あなたも人間じゃないんですか……と聞きそうになったが、やめておく。


ピョンとちょうど頭のてっぺん、流れに逆らった毛先がゆらりと揺れる。





「弱いのに、なんで助けようとするかな……」





独り言なのか、諦めにも似たその言葉に、何も返すことが出来ない。



「あの、」
「アンタの探してるヒメサマなら、来る途中のゴミ袋の上でスヤスヤ寝てるよ」





遮るように言葉を被せられる。
ゴミ袋という単語で、確かにこの近くにはゴミ捨て場があったな、とぼんやり思い出していた。





「助けてくれて、ありがとうございました」





目の前の彼はチラリと私をみると、自分の腕に巻いていた包帯を、おもむろにクルクルと外す。
ほどき終わると、その包帯を血がダラダラと流れる私の足首に、巻きつけてきた。




急に触れられる彼の指先はヒヤリと冷たい。
驚いて少し足を動かすと、



「もっと血を出されたいのかい? 」



なんて恐ろしいことを笑顔で言ってきた。
と同時に掴まれてる足首に力が込められる。



「い、いいえ! 」



優しいのか、恐ろしい人なのかよく分からない。
巻き終える頃に、遠くの方で私の名を呼ぶ声が聞こえてくる。知ってる人物だと分かれば、つい安心して強ばっていた足の力が抜ける。




「じゃあ、俺はそろそろ行くよ」




彼は逃げるように急に立ち上がると、傘を担ぎ、路地裏のもっと奥の暗がりに向かって歩き出した。


そんな気まぐれで立ち寄った、くらいの感覚の彼から目を離すことが出来ない。
すると、突然思い出したように体を回転させ、私を見つめ返してきた。急な動作にドキリとする。

薄い唇が言葉を紡いだ。





「さっきの奴は、ヒメサマを狙ったんじゃない」

「えっ」

「狙われてるのはアンタだよ。なまえ」






発せられた言葉の意味よりも、自分の名を呼ばれたことがひどく耳に残る。


その後、" ネラワレテル? " と頭の中で繰り返す。
内容を理解しようと努める私を待っているほど、彼は暇ではないらしい。




何か言わねばと渇いた喉を動かす頃には、彼の姿はどこにもなかった。




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その後、私を探しにきてくれた銀時さんは鬼の形相をしていた。
まるで、私は母親に叱られる子供のよう。


言われてるのはごもっともな事ばかりで、頷くことしか出来ない。しかし最後には、


「怪我させて悪かったな」


銀時さんは何も悪くないのに、自分を責めるように私に謝る。
ぶんぶんと首を横に振り、私が勝手にした事だと言えば困ったように笑った。



「ところで誰なんだ。
誘拐犯を仕留めた奴と、お前の怪我の手当てしたのは」



まだ記憶に新しい、青い瞳の男が頭の中で蘇る。
名前を呼ばれた声色も思い出し、勝手に恥ずかしくなる。
そして、彼が去り際に放ったあの言葉。




(狙われてるのは、私……?)




しかし、それも事実なのかも不明な上、彼との出来事を伝えたら、銀時さんに余計な心配をかけてしまう。


散々悩んだ挙句、とりあえず今は胸の内に秘めておくことにした。



「私が、行った時にはもう犯人はその、倒れてました。

包帯はその、通りすがりの人が……」




事実を混ぜると嘘はバレにくいと聞いた事があるが、それは迷信のようだ。

証拠に銀時さんは疑いの眼差し。
誤魔化すように、試しにアハハっと笑ってみるが銀時さんの表情は変わらない。


そんな気まずい雰囲気のところに悲しげな声が重なる。
そよ姫様を横抱きにした神楽ちゃんだ。



「銀ちゃん。私、そよちゃん送ってくるネ」
「バカ、俺も行くよ。
一応あの将軍さまに今日のこと報告しねーとな」



まだ眠ってるそよ姫様を、銀時さんは自分の背に乗せる。
神楽ちゃんも彼女を守れなかったショックで、来た時とはまるで別人のように暗い。


彼女を元気づけようと、また茶屋に来てねと声をかければ小さく微笑んだ。




地上に向かう3人を見送り、私も帰路につく。家に帰ってあの人が巻いてくれた包帯を眺めれば、ボロボロで、明らかに私の血ではない赤いシミ。

応急処置だから、家に帰ったら消毒しろと処置中の彼に言われた事を思い出す。


笑いながら平気で銃を撃つ彼が、つかの間に見せた優しさともいえる包帯コレを、ほどいてしまうが惜しいと思う自分がいる。





あの鮮やかな青色を


寝る前にもう一度思い出した。

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