何も喋らない私に、次々と質問がふってくる。
青い瞳を開き、自分が見えてるのか確かめるように、大袈裟に私の顔の前でおーい、と手を振る。
「お、ぼえてます」
ようやく話した私に彼は満足げな表情を浮かべる。
「ねぇ、さっきの奴に見覚えある? 」
「な、ないです! 」
屋根の上を見上げて男が尋ねる。見覚えもなにも、姿が見えなかった。
体格が良く、大柄だとは分かったが、それ以外の情報を提供出来ない。
その答えを聞いてもさほど落胆はしてないよう。
ふぅん、と聞いた割には興味もなさげ。
そうだ、そよ姫様を捜さなきゃ。
立ち上がろうとすると、右足に鈍い痛み。
足首から血が流れていた。男は私の動作を一部始終無言で眺める。
「人間ってホントに脆いネ」
やっと喋ったかと思えば、ため息混じりに呆れたように呟く。
あなたも人間じゃないんですか……と聞きそうになったが、やめておく。
ピョンとちょうど頭のてっぺん、流れに逆らった毛先がゆらりと揺れる。
「弱いのに、なんで助けようとするかな……」
独り言なのか、諦めにも似たその言葉に、何も返すことが出来ない。
「あの、」
「アンタの探してるヒメサマなら、来る途中のゴミ袋の上でスヤスヤ寝てるよ」
遮るように言葉を被せられる。
ゴミ袋という単語で、確かにこの近くにはゴミ捨て場があったな、とぼんやり思い出していた。
「助けてくれて、ありがとうございました」
目の前の彼はチラリと私をみると、自分の腕に巻いていた包帯を、おもむろにクルクルと外す。
ほどき終わると、その包帯を血がダラダラと流れる私の足首に、巻きつけてきた。
急に触れられる彼の指先はヒヤリと冷たい。
驚いて少し足を動かすと、
「もっと血を出されたいのかい? 」
なんて恐ろしいことを笑顔で言ってきた。
と同時に掴まれてる足首に力が込められる。
「い、いいえ! 」
優しいのか、恐ろしい人なのかよく分からない。
巻き終える頃に、遠くの方で私の名を呼ぶ声が聞こえてくる。知ってる人物だと分かれば、つい安心して強ばっていた足の力が抜ける。
「じゃあ、俺はそろそろ行くよ」
彼は逃げるように急に立ち上がると、傘を担ぎ、路地裏のもっと奥の暗がりに向かって歩き出した。
そんな気まぐれで立ち寄った、くらいの感覚の彼から目を離すことが出来ない。
すると、突然思い出したように体を回転させ、私を見つめ返してきた。急な動作にドキリとする。
薄い唇が言葉を紡いだ。
「さっきの奴は、ヒメサマを狙ったんじゃない」
「えっ」
「狙われてるのはアンタだよ。なまえ」
発せられた言葉の意味よりも、自分の名を呼ばれたことがひどく耳に残る。
その後、" ネラワレテル? " と頭の中で繰り返す。
内容を理解しようと努める私を待っているほど、彼は暇ではないらしい。
何か言わねばと渇いた喉を動かす頃には、彼の姿はどこにもなかった。
----------
その後、私を探しにきてくれた銀時さんは鬼の形相をしていた。
まるで、私は母親に叱られる子供のよう。
言われてるのはごもっともな事ばかりで、頷くことしか出来ない。しかし最後には、
「怪我させて悪かったな」
銀時さんは何も悪くないのに、自分を責めるように私に謝る。
ぶんぶんと首を横に振り、私が勝手にした事だと言えば困ったように笑った。
「ところで誰なんだ。
誘拐犯を仕留めた奴と、お前の怪我の手当てしたのは」
まだ記憶に新しい、青い瞳の男が頭の中で蘇る。
名前を呼ばれた声色も思い出し、勝手に恥ずかしくなる。
そして、彼が去り際に放ったあの言葉。
(狙われてるのは、私……?)
しかし、それも事実なのかも不明な上、彼との出来事を伝えたら、銀時さんに余計な心配をかけてしまう。
散々悩んだ挙句、とりあえず今は胸の内に秘めておくことにした。
「私が、行った時にはもう犯人はその、倒れてました。
包帯はその、通りすがりの人が……」
事実を混ぜると嘘はバレにくいと聞いた事があるが、それは迷信のようだ。
証拠に銀時さんは疑いの眼差し。
誤魔化すように、試しにアハハっと笑ってみるが銀時さんの表情は変わらない。
そんな気まずい雰囲気のところに悲しげな声が重なる。
そよ姫様を横抱きにした神楽ちゃんだ。
「銀ちゃん。私、そよちゃん送ってくるネ」
「バカ、俺も行くよ。
一応あの将軍さまに今日のこと報告しねーとな」
まだ眠ってるそよ姫様を、銀時さんは自分の背に乗せる。
神楽ちゃんも彼女を守れなかったショックで、来た時とはまるで別人のように暗い。
彼女を元気づけようと、また茶屋に来てねと声をかければ小さく微笑んだ。
地上に向かう3人を見送り、私も帰路につく。家に帰ってあの人が巻いてくれた包帯を眺めれば、ボロボロで、明らかに私の血ではない赤いシミ。
応急処置だから、家に帰ったら消毒しろと処置中の彼に言われた事を思い出す。
笑いながら平気で銃を撃つ彼が、つかの間に見せた優しさともいえる
あの鮮やかな青色を
寝る前にもう一度思い出した。