第18話 神威さん

建物と建物の間から腕が伸びてくる。あっ、と反射で手を引いてももう遅い。瞬きも許さないというようにそれは一瞬の出来事だった。


引っ張られた反動で、ぶつかると感じた体が無意識にブレーキをかける。 
受け止めたのは一瞬で男性だと分かるような胸板。
転ばないようにしてくれたもう片方の腕は、私の腰を支えてくれる。が、その腕に意味ありげに力が込められる。




「あ、の」
「ねぇ、こんなこと急にされたらどうするの?
アンタのこの小動物みたいな腕力で逃げられるの? 」



路地裏の建物の壁に寄りかかり、私の全体重を支えているにも関わらず涼しい顔をして笑っている青い瞳の彼だが、声には怒りがこもっているように聞こえた。


すぐ真上に彼の顔があるのに、そちらを怖くて向けない。彼の視線を感じながらも自分の目は泳き、つい肩からサラリと垂れ下がっている三つ編みを眺める。



「聞いてる? 」



吸い込まれそうな青い瞳にのぞかれる。全て見透かされそう。
返事をしなきゃと思うのに上手く言葉が出ない。
緊張か驚きか。さっき整えたばかりの心拍数がまた上がっていく。
早く解放して欲しいと願えば、その祈りが届いたみたいにあっさりと手放された。


「こんばんは……」
「こんばんは、じゃないよね。なまえ」


陽気に挨拶を交わす雰囲気ではない。
ひきつった笑みを浮かべれば、微笑みを返してはくれなかった。
監視するって本当だったんだ。と半信半疑だったのが確信に変わる。



「まぁ、今日はこの前の包帯の礼としてこのくらいにしとくよ」



ほら、帰るよ。と数日前に言われたセリフと同じ言葉が降ってくる。マントをふわりとなびかせて大通りへ向かう彼に置いてかれないようについていく。
3歩下がって背中を追えば、突然振り向き、無表情で圧をかけられる。
私が急いで隣に並べば満足げにまた歩き出した。



「今日はいつもと違うね」 



いつもという単語に、普段着なれた、ひのやのエプロンや、さくら屋の着物が思い浮かぶ。しかし、彼がそんな発言をしたのは私の頭についてる簪を見てのことだった。




「今日は、団子屋に行ったんです」
「1人で? 寂しいね」
「違います! 友人とです! 」



少し強めの口調で言えば、ごめんごめんと口では謝っているが、悪びれる様子は微塵もない。
彼の腕をみれば、真新しい包帯がキレイに巻かれていた。



改めて見る横顔はやはり整っている。
道ゆく人や、客引きをする遊女たちの視線が集まっていることに、彼自身は気づいてるのかな…
その視線は彼に向けられた後、必ず私にも降り注ぎ、なんであなたが横に? という顔になる。



「じゃあ、今度は俺も連れてってよ。地球の食べ物は美味しいからね」



視線から逃れることに必死になっていた私は最初何のことか分からなかったが、団子屋のことだと理解する。

しかし、すぐに返事は出来なかった。
なんせ、この人との距離が掴めない。名前も職業も知らない。
なぜ私が誰かに狙われている(仮だけど)ことを知っているのか。



友達…ではないよね…

顔見知り…?



「で、では、名前を教えてください」



最初に知るべきだった情報を聞き出せば彼は、
"神威" と名乗った。




「神威さん……? 」
「何? 」
「ご職業は、」
「何その質問。俺らお見合いしてるの? 」


 

上手く聞き出せない……!
そんなことをしてる間にアパートに到着。木でできた階段を登ればギシギシと音がして、いつ壊れてもおかしくない。
案の定、ボロい階段だねと神威さんは呟いた。



「ありがとうございました」
「どういたしまして」



神威さんの情報を聞くのは、やめにしよう。送ってくれたのに、根掘り葉掘り聞いて不快にさせたくない。

鍵を開けて家に入ろうとすれば、後ろからガッとドアを閉じれないように黒いブーツで押さえられる。驚いて振り返れば、神威さんの顔が目と鼻の先。




「神威さん、」
「詳しいことは言えないけど、俺の職業は海賊。
でもアンタに危害を加える気はないから」
「かい、ぞく」


これが知りたかったんだろ、と言わんばかりの目。
危害を加えられるなんて、考えもしなかった。怖いと思ったのは事実だけど、彼は最初から私を助けてくれいたから。

神威さんの顔が目の前にあることが耐えられなくなり、高速で首を縦にふり、了解の素振りをみせる。



「じゃあ、団子屋楽しみにしてるよ。なまえ」



左右に揺れる三つ編みを眺めながら、あれ? 行くって答えたっけと思った時には神威さんはもうどこにもいなかった。








しかし、神威さんとの約束は果たせそうになかった。
なぜなら、あの団子屋の従業員が何者かに襲われ、しばらく営業休止になってしまったから。  



そのニュースが飛び込んだのは次の日のことだった。

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