閉じそうになる瞼を必死に開く。
先ほどまで自分が寝ていた布団を持ち上げ、ベランダに出れば、暖かい太陽が顔を出していた。
洗濯物は部屋の中に干すと決めたが、流石に布団は日光に当てたい。
手すりに布団をバサリとかけて、大きめの洗濯バサミで固定すれば完成。夜は気持ちよく寝れそう。
今日、ひのやはお休みだから、夕方まで久しぶりに部屋の掃除でもしようかな、と心の中で予定を決め、部屋の中に入ろうとしたその時だ。
「っ! 」
視界に入った、生き物に声も出せない。ついベランダの手すりに助けを乞うように寄りかかるが、逃げ場がない。
完全に目が冴えてしまった。
お願いだから、跳んだりしないで!
ここ最近雨が多かったせいか、その生き物…カエルが姿をみせる。何も危害を加えられてないが、ごめんなさい、大の苦手です。
窓に張り付いている。
どうしよう、そこからしか部屋に入れないのに
わずかにヒョコと小さく跳ぶ。
たったそれだけの事だけど、動き出したことに驚き、さらに布団に寄りかかれば、ずるりと背後でイヤな音。
「あ! 」
パチンと洗濯バサミが音を立てる。掴みが甘かったのか、ぶら下げる面積を間違えたのか。
お気に入りの布団が重力に逆らうことなく、ベランダの向こう側へ。
落ちるモノを掴みたくなるのが人の心理なのか。
私もベランダから身を乗り出し、手を伸ばす。が、乗り出しすぎたせいで、自分の体も手すりから半分以上はみ出る。その瞬間ふわりと浮遊感。
心臓がギュッとつかまれた感覚に目をつぶれば、
「な、にしてるの」
耳元で聞き覚えのある声がする。腰に回された腕は、軽々と私の体を自らへ引き寄せる。
しかし勢いがつきすぎて、2人で尻もちをついてしまった。
「神威さん……」
助けてくれた人物の名を呼ぶ。おかげで私の身は無事に保護された。
いつまでも彼に寄りかかっていることに気づき、急いで立ち上がり、状況が整理できず、1人であたふた。
「す、すみません! あ、いや、おはようございます?
えっと、ありがとうございます……」
「落ち着いてよ。怪我は? 」
もちろんないです。
深々とおじぎすれば、神威さんは立ち上がり、
「ならいい」
と呟き、おもむろに手すりから顔を出した。
「残念。アンタを助けるのに夢中になってたら、布団掴み損ねたよ」
私も同じように視線を向ければ、見覚えのある布団が悲しげに地面に落ちていた。
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「こんな小さい生き物の何が怖いの? 」
人差し指に、先ほどのカエルを乗せ、神威さんは眉をひそめる。
その光景に信じられない…と口には出さず目を見開けば、神威さんは意地の悪い顔をして、その指先を私に近づけてきた。
逃げる私の姿がおかしかったのか、神威さんはケラケラと笑う。
ひどい人だ……面白がる彼を恨めしげに見れば、ハイハイと茶番をやめて、カエルを逃がした。
「布団もありがとうございます」
神威さんは私が玄関に行くよりも早く、ベランダから飛び降り、瞬く間に布団を抱えて戻ってきた。
本当に私と同じ身体のつくりなのかな……
布団はそれほど汚れていない。少しついた埃と土を払い、今度こそしっかり手すりに固定する。
「仕事は」
「今日は夜だけです」
「そう。じゃあせっかくだから行こうか」
「行くって」
当たり前に言うものだから、約束してたっけ? と錯覚をする。
ふいに神威さんの腕が伸びてきて、私の髪を整えるように撫でる。そう、寝癖がついた…
「‼」
「なまえはそんな姿も男に晒すのかい? 大胆だね」
なんて失態。寝起きの姿をずっと晒していたなんて。寝癖がついた髪に、パジャマ姿。
幼い頃、女の裏側を見せるなと姉様たちに叩き込まれた私が、聞いて呆れてしまう。
神威さんに見られたことが、なぜか余計に恥ずかしい。自分の素の部分を見られた気分。
そんな思いにも気づかず、神威さんは呑気に手すりに腰かけて、足を組んで座ってる。
じっと観察する行為が急かされてるみたいで、動揺してしまう。
そもそも今日は部屋の掃除する予定だったのに…
とりあえず、外出用の着物を着て神威さんの前に姿を見せれば、早いはやい〜さすが、と口先だけの褒め言葉を頂いた。
「神威さん。あの、行くってどこへ? 」
「この前約束したろ。団子屋」
「あのお店、今休業してますよ」
「それはどうかな? 」
数日前に月詠さんから聞いた話を思い出す。従業員が襲われて、休業していると。
「行こうか」
団子屋が閉まっていた時の為に、頭の中で吉原の他の茶屋、団子屋などを自分の知ってる限りで検索する。
神威さんはそんな私を見て、
「面白い顔」
と一言言い放った。