第35話 誰のせい

あの日の神威さんの表情が、頭から離れない。




ひのやの店先をお客さんが入りやすいように、ほうきで綺麗にしていれば、遠くから声が聞こえた。



「なまえー」
「あ、神楽ちゃん」



傘をさした神楽ちゃんが手を振りながら、こちらに向かってくる。その後ろを歩いてくるのは、銀時さんと新八くんだ。
私は手を止めて声をかける。



「皆さん、この前はありがとうございました」
「なまえ、もう外でていいアルか? 」
「うん。いつまでもお店休んでる訳にもいかないしね」



さくら屋の騒動から数日。気を遣ってくれた女将さんや日輪さんから休みをもらっていた。
傷が癒えたわけではない。けど、いつまでも籠っていてはあの時と一緒だ。



それに、外に出れば神威さんに会える気がした。



「あら、銀さんたちじゃないか。席空いてるよ。なまえ、お茶頼むね」



銀時さんたちを席に案内し、言われた通りに日輪さんへお茶を持っていく。
店先で日輪さんと商人らしきお客さんが談笑していた。
給仕するタイミングを逃し、足を止める。



「そういえば、さくら屋は大丈夫なのか? この前も客に怪我させた女がいるらしいじゃないか」



その会話にドキリと心臓がはねる。間違いなく私のことだった。



「でも、それは嫌がる女を、無理やりつけまわした男が悪いと私は思うけどねぇ」



日輪さんはそう言ってくれるけど、商人は納得のいかない顔をして続けた。



「ここんトコ、悪い噂が立ってるんだよ、あそこは。

ぼったくりの店だとか、裏社会に通じる奴が働いてるとか、過去には一夜限りを良いことに、客の財布から金を盗るとんでもねェ遊女がいるとか…」



違う、そんなのデタラメなことばかり。
女将さんも姉様たちも、他の従業員だって、そんな事する人たちじゃない。



「なんだいその噂は。嘘ばっかりじゃないか」
「この前の事件があった時から噂されてるよ。これでも俺は情報屋なんだ」



さくら屋の評判が落ちている。あの店がどれだけ女将さんにとって大事なのか、私は知っていた。
なのに、その店が傷つけられている。誰のせいでもなく、



「私の、せい」
「おい、オヤジ。鼻からお茶淹れてやろうか? 」



閉じていた目を見開けば、後ろから銀時さんの蹴りが入り、けたたましい音を立てる。

突然のことに驚いた商人は、お尻を押さえて、一目散に逃げ出す。
呆気にとられてる私をよそに、銀時さんはいつもの眠そうな顔のまま。



「すまねェ日輪。あんたの客に」
「良いんだよ。あんな客、こっちから願い下げさ」



日輪さんから微笑みを返されるが、今はどんな顔をして良いのか分からなかった。



「なまえは何も気にすんな」



そんな事ない。気にするなと言われても、さっきの商人の話が蘇る。お客に怪我をさせた、というのは本当だ。


俯いていれば、大きな銀時さんの手が頭に伸びてくる。しかし。それはいつものように触れる直前で、何かを思い出したように、不自然に止まった。
ぎこちなく腕が元の場所に戻る。


きっと、いつもみたいに頭を撫でる直前で思い出したんだ。私が男に襲われそうになったのを。だから触れるのをやめた。私が怖がると思って。


銀時さんにも気を遣わせて、私は何してるんだろう。






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「では、お先に上がりますね」



部屋で売上の計算など仕事をしている女将さんへ声をかけた。腕を止めて私の方を振り返り、微笑む。



「なまえ、お疲れ様。今日もありがとうね。……無理だけはするんじゃないよ」



念を押すように言われて、曖昧に笑う。昼間、ひのやであったことが思い出され、唇を噛んだ。
女将さんは知っているのだろうか。今、さくら屋が噂されてることに。



その原因が私だということに。



聞くのが怖かった。女将さんに拒絶されるのが、さくら屋から追い出されるのが怖かった。



そのまま、何も言えず、深く頭を下げて部屋を出た。外に出れば、ひんやりとした空気が肌に当たる。



「あ、鍵……」



休憩室の鍵を持ってきてしまった。戻さなければいけないと思い、再び裏口から中へ戻る。
女将さんの部屋の隙間からわずかに灯りがもれていた。
ノックしようとしたその時だった。



「その噂なら知ってるよ」



指が動かない。部屋の中に女将さんの他に誰かいるようだった。
それは、さくら屋でも遊女の歴の長い姉様だった。



「それはあの子のせいじゃないさ」

「私も分かってます。あの子はむしろ被害者だわ。
でも女たちの中にはそう思わない子もいるし……

それにその噂の影響で売り上げも落ちてるんでしょう? 」



女将さんの肯定するようなため息が聞こえる。
売上が伸びず、潰れた店をいくつも私は見てきた。
まさか、さくら屋も……と最悪の想像をしてしまう。



「なまえは雅の為に、座敷に上がったんだ。そんな事知ったら、あの子が傷つく」



私を庇うような女将さんの言葉に胸が痛む。
それ以上聞いていられず、鍵を女将さんの部屋の前にそっと置き、さくら屋を後にした。

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