
9. 胸騒ぎ
「あれ……」
夜の暗がりから、私たちを照らしてくれている提灯が次々と光を失う。それだけではない。
屋台の灯りも徐々に暗くなっていく。
この異変に気づいた人々も皆、困惑の声をあげていた。
「ほとんどの光が」
「大元の、電気室の故障じゃねーの」
もう近くにいる人しか姿を認識出来ない。胸騒ぎがして、近くにいる銀時さんを手探りで探す。
「きゃぁぁぁ!! 」
「逃げろぉぉ! 」
「落ちてくるぞ! 」
困惑する周囲の中から、突然悲鳴が発せられ、地面に何かを叩きつける大きな音がした。
同時に大勢の人が、川に流されるかの様に激しく動く。
何かから逃げ出す人々。人の流れは私たちのいる場所にもやってきて、体がぶつかり合うくらいにごった返す。
突然、強い力で右腕を引かれた。誰かは至近距離で香る匂いでわかる。
銀時さんは私を自分の方に引き寄せると、その大きな体にすっぽりと収めてくれたのだ。
「痛っ! 」
「銀時さん! 」
銀時さんの背中に何が当たる。これは提灯だ。やぐらから四方に吊るされているはずの大量の提灯が、私たちめがけて落ちてくる。
もうお祭りどころではない。
混乱した人々に押し潰され、道に段差があると分からずに重心が後ろに持っていかれる。
「っ! 」
気づいた時には銀時さんを巻き込んで盛大に転んでしまっていた。
「なまえ、大丈夫か!? 」
「だ、大丈夫です、銀時さんのおかげで」
その時、暗がりから微かに見えた。人々の流れと外れ、祭りの場所とは関係のない路地裏の方向に飛び出す人影。
「待って! 」
私は急いでその人物を追いかけた。
「おい、なまえ!」
背後で銀時さんが私を呼ぶ。しかし、それに応えている余裕もない。絶対見失ってはいけない。それだけが頭を支配した。
人通りもない、狭い路地裏。
懸命に追いかける人影が小脇に抱えているのは紛れもなく、そよ姫様だ。
「あ、れ」
次の角を曲がった時、追いかけてた人影を見見失ってしまう。ドクドクと焦る心臓を押さえてさらに奥へと進む。
「そ、そよ姫様…ひっ! 」
叫んだ時、硬いものが体をかすめる。それは地面にあたると同時に呆気なく割れ、その破片が足首に飛び散る。わずかだが血が出てきた。触ってそれは何かを確かめる。
瓦だった。瞬間、一気に恐怖が支配する。あれが頭に当たったらひとたまりもない。
「どうして」
急いで見上げると、人が屋根によじ登っていた。私にめがけて、瓦を落としてくるのがわかる。
「ヴゥ……アア」
その人物が呻く。人間なのか、天人なのかそれすら分からない。焦燥感が私を支配する。
ここから、どうするの?
戦う術もない私に何ができる?
銀時さんの声を考えなしに振り払った事を、今さら後悔した。
「そ、そよ姫様を、返してください! 」
意思疎通を試みるため、震える声で叫ぶ。しかし尻もちをついて、腰が抜けた私に説得力なんてないだろう。
「グァァァ! 」
余計に機嫌を損ねただけのようだ。目の前に瓦が落ちてくるのが暗闇でもわかる。反射的にキツく目をつぶり、腕で頭を隠すように身を小さくした。
「そんな小さくなって、どうしたんだい? 」
この状況に似合わない陽気な声。
顔をあげれば、私を覗き込むようにして座り込む、とある人物。
「あ、なたは……」
「アンタ、いつも怯えた顔してるね」
いつの日かの青い瞳の男性。手には大きな傘が握られている。雨も降っていないのに。
瓦はその傘が壁になり、私の周りに音を立てて散乱していく。
男はおもむろに傘をとじると、その先を屋根に向ける。ドンッと短く鈍い音。
もう、瓦が落ちてくることはなかった。
「どうしたの? 腰抜けちゃった? 」
くるりと私に向き直る男の目は、笑っていた。