19. 迷子



「お疲れ様でした」
「なまえ、今日もありがとうね」


 日輪さんと晴太くんに手を振り、ひのやを後にする。夏の暑さも終わりに近づき、日が暮れるのも早くなってきた。
 外に出れば、昼間の雨で地面は少しぬかるんでいる。



「なまえ」
「銀時さん? 」



 銀時さんがお店の壁に寄りかかり、小さく手をあげる。昼間に別れた彼が、なぜココにいるのだろうか。銀時さんはよいしょと声をあげ、お尻についた砂をトントンと払う。



「いつから、なんで……ここに? 」
「看板娘を迎えにな」



 行くぞ、と言われ、わざわざ私を送る為に戻ってきてくれたのだと察して、申し訳ない気持ちになる。



「銀時さん、あの私1人でも大丈夫ですよ」
「俺が勝手にしてることだから、気にすんな」



 目を細めて微笑む銀時さんに、それ以上何も言えなくなる。
 どうして私の周りは優しい人ばかりなのか。小さくお礼を言えば、返事の代わりに頭を撫でられた。


 その時だ。トンッと膝の辺りに何かが当たる。後ろを確認すれば、小さな男の子がいた。大きな瞳は涙が溢れて、今にも泣き出しそう。



「どうしたの? 」
「ままぁ」



 膝を折り、声をかける同じタイミングで、小さくその子は呟いた。まま? もしかして迷子?銀時さんを見上げれば眠そうな瞳と目が合う。



「迷子ですかね」
「みたいだな。おい、オマエ名前は? 」
「うわぁぁぁん」



 銀時さんが顔を近づけると、男の子は急に怯えるように泣き出し、私の背後に隠れる。
 着物をギュッと掴み、銀時さんを大きな瞳で怖がりながらも、ジッと睨みつけた。



「この人怖くないから大丈夫だよ」



 しかし、男の子は聞く耳を持たない。銀時さんに困った笑みを返せば、本人は拒否られたことに青筋を立てている。



「ったく、最近のガキは。人の親切を何だと思ってやがる。親の顔がみたいもんだ」
「でも警戒心が強いことは良いことですよ。しかもこの吉原では特に。安全な街とはまだ言い難いですから」



 銀時さんはため息をつくと、今日は探してものしてばっかりだなと愚痴をこぼしながら、私の背後にいる男の子に手を伸ばし、肩車する。



「こうした方がママ見つけやすいだろ。痛ッ! お前俺の貴重な天パをちぎるな! 」



 警戒心剥き出しだった男の子は、ふわふわの銀時さんの髪を、新しい遊び道具だと思ったよう。ニコニコと笑ってちぎろうとしている。



「まっすぐ帰るはずだったのにな」
「いえ、この子をお母さんと会わせてあげましょう」



思わぬ人探しが始まった。









 町を見渡しても、子どもを探してるような親は見当たらない。名前を聞けばその子は、カケルと名乗った。



「あ、月詠さん! 」



 煙管をふかしながら振り向いた彼女は、私たちの姿を確認すると、石のように固くなり動かなくなった。



「なまえに……」
「こんばんは。あのこの辺りで迷子の」
「なまえに何をした銀時ィ! 」



 その瞬間、身の危険を感じたのか、銀時さんがとっさにカケルくんを私に素早く預ける。



「月詠さん街中で危ない! 」



 さすがにクナイが飛び交うのを子どもに見せられない。懸命に2人の間に入り、早口でこの状況を説明をする。それを聞いた月詠さんはようやく、手を止めた。



「なんじゃ、迷子か。それを早く言え」
「言う前に勘違いしたのはお前だろうが」
「この辺で子どもを探してる人とか見かけました? 」



 私の問いに残念ながら首を横にふる。そう簡単に見つかる訳ないか……カケルくんを見れば不思議そうに私を見つめてくる。



「あら、なまえに銀さんに月詠じゃないか」
「女将さん! 」



 買い物帰りらしい女将さんがニコニコ手を振って歩み寄る。その笑顔は私たち3人とカケルくんを確認すると、先程の月詠さんと同じように固まった。



「ぎぎ、銀さん! どっちの子なんだい?! 」
「女将さん違います……」
「吉原の女は早とちりしすぎなんだよ! 」



 女将さんも買い物袋をドスンと落とし、見てはいけないものを見てしまった、という青い顔をしていた。




「あぁ、迷子なのかいこの子。いくつだい坊や」



 女将さんの問いに、よんさい、と親指を曲げて指先で年齢を表してくれる。心細いだろうから早く会わせてあげたい。



「んー。さっきスーパーの近くで子ども探してる母親がいたんだけど、もしかして」
「その人かもしれないです! 」



 有力な情報が入り、銀時さんと顔を見合わせる。行くだけ行ってみよう。月詠さんと女将さんに別れを告げて、スーパーへ足を早める。




「おじさんがね、おねえちゃん呼んでたの」
「おじさん? 」
「でも、おにいちゃんが、おねえちゃんに会えばママに会えるって」



 銀時さんの背中で揺られながら、カケルくんが何か言い出す。だが断片的で話が繋がらない。銀時さんも困惑し、お兄ちゃんって誰? と私が聞いても、



「しらなぁい」



としか答えてくれなかった。











「本当にありがとうございました! 」
「ばいば〜い」
「バイバイ」



 カケルくんとお母さんを会わせることに無事に成功し、お母さんは何度も私たちに頭を下げた。そして、今度こそはぐれないようにしっかりと手を繋ぎ、親子は私たちの前から去っていった。


 結局カケルくんが言った、おじさんもお兄ちゃんも誰なのか分からなかった。でも無事会えたからとりあえず良しとしよう。



「帰るか」
「はい」



 銀時さんはお疲れ気味の表情で、あくびを一つもらす。
 聞けば迷子の猫も無事に見つけたそう。銀時さんの昼間になかった顔の傷から、戦いの痕がうかがえる。



「銀時さん、あの」
「はいはい。もう遅いから帰れとか言うんだろ? 残念。俺はもう送るまで帰らないって決めたんですぅ」



な、なんで分かったんだろう……
図星すぎて何も言えない私に銀時さんはお見通しだ、と勝ち誇った表情を浮かべた。



「少しは年下らしく甘えてみな」



 何気なく発した銀時さんの言葉に、過去に私が言われた言葉たちを思い出す。




___吉原ココは地上と違う
子どもらしくじゃない。吉原の人間らしくいなさい



 急に世界に1人、放り出されたあの日。
 子どもなのに子どもでいられない現実が、酷く残酷に思えた。


 その言葉通り、規則を破れば大人と同じように罰せられ、誰も子ども扱いなんてしてくれなかった。
 誰にも甘えず、無理やり大人になろうとしていた。



 しかし、銀時さんの言葉は17歳のただの私に向けて言っている。それがひどく嬉しかった。
彼がみんなから好かれる理由も、こういうところにあるのだろう。



「おー。月がでてきたな」



 彼の言葉につられて、視線を空に向ければ幾重にも重なった雲の隙間から、淡い白い月が姿をあらわす。


 その光景になんとなく銀時さんには夜の月より、春の太陽が似合うなとぼんやり考える。
神楽ちゃんと新八くんと歩く姿が思い浮かぶ。じゃあ夜の月は誰だろう。



 私の中に浮かんだのは、闇夜をさっそうと駆け抜ける神威さんの姿だった。



「あれ……」



 屋根の上、何かが動いた気がした。しかし銀時さんを見ても気づいてない様子。
勘違いかな……そう言い聞かせ、銀時さんの隣を私は再び歩いた。



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