56. 壊す



「俺は母さんの研究を引き継いだ。

壊してやろう思ってた。鳳仙の作ったこのくだらない常世の国を。

でも、もうアイツはいなかった。がっかりだよ」



 先生は深いため息をつく。静かに怒りを募らせるように。



「でもそんな時、君を見つけた」

「わ、たし? 」

「正直、母さんを殺したおじさんも、俺がこの手で葬り去りたかったけど、もういない。

でも、なまえちゃんがいた。君も娘なんだから同罪だ。同じ血が流れてるんだから。

さっき言ったよね?
これはなまえちゃん達家族のせいだって」




何を言い出すの?
私たちが何をしたっていうの?




「そもそも、なまえちゃんでしょ? 母さんの研究をおじさんに言ったのは。


" ヨルおばさんが夜に何かしてる。村の人じゃない、知らないの人たちと話してる。怖い" って。

そしたら、おじさんが母さんを調べ始めて、2人が言い争ってた」






___ヨルさん、こんなモノ作るのはやめるんだ!



___アイツらが悪いのよ。散々、利用しておいて、都合が悪くなったら見捨てて。

絶対に許せない。旦那あの人も、春雨の連中も、鳳仙も。


もう、こんな窮屈な所に住むのも嫌なのよ!
衣食住もお金にも困らなかった、あの煌びやかな生活に私は戻りたいのよ!







「そ、うだ……」



 ある時から、ヨルおばさんの様子がおかしくて父さんに相談した。その後すぐだ。ある男と父さんが話してた。





___数日のうちに仲間が様子を見に訪れる。村に危害は加えない。心配するな。


___すまない。



___ なぁに、瀕死のところを助けてくれた礼だ。
夜兎とはいえ、不死身ではないからな。





 その男は数日前、父さんが夜遅くに連れてきた人だった。ひどい怪我で、母さんと一緒に3人で治療をしたから覚えてる。




「それからすぐだ。第七師団の男と少年が俺たちを訪ねてきたのは」





少年……?





「君が何も気づかなければ、言いつけたりしなければ良かったのに。

そうすれば、おじさんが母さんを調べる事もなかった。
あの男たちも来なかった。村が滅びることもなかった。

ずっと平和な日常が続いてた。そう思わない? 」






村の人たちが
父さんと母さんが





「私の、せい…で…? 」





 突きつけられた言葉に頭が追いつかない。膝からズルズルと崩れ落ちる。手すりに肩を打ちつけたが、そんな痛みはどうでもいい。





「でもね、俺も最初は困らせてやろうと思っただけなんだ。

薬の成果をこの吉原の住人に試すついでに、君にちょっと怪我させてやろうくらい」




もう何も聞きたくない。
お願いだから、もうやめて。
口にしたいのに、早くなる鼓動を抑えるのに精一杯だった。





「始まりは祭りの日。停電の騒ぎに紛れて襲うはずだった。


なまえちゃんにあげた兎のお面。覚えてる?
あれには暗闇で光る塗料が塗ってあったんだ。君を見つけられるように」



 子どもからお礼にもらったと言っていた、兎のお面。私はそれを、そよ姫様に渡してしまった。



「想定外だったよ。お面をあげちゃうとはね。

でもね俺の意識が変わったのはその後なんだ。
あの時、足を怪我したなまえちゃんの治療をして、お父さんの話になったの覚えてる? 」






___最期は誰かを庇ったと聞きました。でも、医者の父らしいです。



そんな父を私は心から尊敬してます___








「俺から母さんを奪った男を尊敬?
君の言葉が許せなかった。

なまえちゃんを手にかければ、心が満たされると思ったけど、途中で気づいたんだ。

君の周りにいる人間を傷つける方が、君が壊れるとね」



「……見ず知らずの女性や、雅。日輪さんを襲ったのも先生なんですね」



 そして、日輪さんを襲った時に、私にあの言葉をかけたのも、先生だ。





"お前のせいだ"






 そういえば、あの後すぐに先生が現れた。無我夢中でなんの違和感もなかった。どうして気づけなかったんだろう。




歯を食いしばる。
目の前のこの人が許せない。






「あー。長話ししてたら、ホラ見て」





 どこからか煙が上がる。手すりの隙間から見える光景に息を呑んだ。建物が炎上し、逃げ惑う人々の声。10年前と同じ。




「先生もうやめて下さい! 町を、人々を巻き込むのは! 」





憎いのは私でしょ?





「どうしたら、止めてくれるんですか……」





 弱々しく呟いた言葉は、誰にも届くことはない。先生が近づいてくる。そして、頭を撫でてきた。まるで子どもをあやすように。その行動に、恐怖が心と体を支配する。触らないでほしいのに、声が出なかった。







 その瞬間、大きな音と共に、何かが私の頬と肩にかかる。






「えっ……」






血だった。


私は目を見開く。









「触るなよ。そいつに」









 肩に担ぐのは大きな傘。私の耳に聞こえてきたのは、よく知る声だった。



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