エピローグ



 地球を離れてから1ヶ月後。再び訪れる機会があった。そこで、私はあることを神威さんに頼んだのだ。



「ここが…」


 草は伸び放題。そこに道があるのかも分からないほどだ。誰も住まなくなった家は、長年雨風にさらされ、崩壊している。ここに村があったなんて、信じられないほど荒廃していた。
 私の隣に阿伏兎さんが傘を差しながら並ぶ。自分よりも遥かに背の高い彼の目には何が映っているのだろう。



「…俺たちはあの日、暴走を始めたこの村を止めようとしたんだ。

だが、薬を打たれた村民はもう自我を失っていた。止めるために俺たちはもう拳を振るうしかなかったんだ。死んだ奴もいたさ。


その結果、身寄りのない女子供は鳳仙の権限で吉原へ。残された村民はみな散り散りになり、村としての機能は失われたのさ」



「そう、ですか」



 元々、人数の少ない村だったから、一夜にして地図から消えざるおえなかったのだろう。



「俺たちは戦闘民族だ。口より先に手が出ちまう。

嬢ちゃんの故郷を壊したのは、俺たちだ。拳を振るったことも後悔はしていない」


「阿伏兎さん…」


「口先だけの謝罪をするつもりもない。

だが…関係のない人間を巻き込んじまったのは間違いだった」



 そう力なく呟くと、大きな手で私の頭を数回くしゃりと撫でた。謝罪をしないと言いつつ、その傷だらけの手の平からは、後悔が滲んでいるように思える。


「阿伏兎さん」


 ん? と不思議そうに阿伏兎さんが私を眺める。私は彼にお礼を言いたかった。



「あの日、船が飛び立つ日のメモを私にくれたのは、阿伏兎さんですよね? 」



 私の言葉に一瞬キョトンとした彼は、「なーんだ。バレてたのか」とイタズラをする子どものような笑みを浮かべる。



「ありがとうございます」



 私が笑顔を向ければ、つられたように彼も笑い、またくしゃりと髪を撫でた。



「阿伏兎、もう一本の腕も吹っ飛ばされたいの? 」



 二人で同時に振り向くとそこには、小型船で居眠りをしていたはずの神威さんがいた。眩しそうに空を見上げ、おもむろに番傘を開く。
 神威さんの発言に、阿伏兎さんは大袈裟にため息をつき、私の頭から手を離す。



「嬢ちゃんの髪にゴミがついてたから、とってやったんだよ」



 ワザとらしく肩をすくめて、神威さんと入れ替わりに阿伏兎さんは小型船に向かう。
 神威さんは不機嫌そうに顔を歪めながら私の隣に立つと、何かを振り払うような素振りで私の頭を撫でた。次第にそれは下に降りてきて、遠慮がちに私の頬に触れる。



「…なんでここに来たかったの? 」



 どこか後ろめたさを帯びた聞き方だった。もはや答えてくれなくてもいいと思っているような。



「どうして、ですかね」



 深い理由があった訳ではない気がする。ただ、知りたかった。自分が育った場所が今どうなっているのか。
 風が草花を揺らす。なんの面影もないこの場所に、私は確かにいたのだ。父さんと母さんと三人で。幸せだった。


 神威さんを見上げる。不思議そうな顔をした彼と視線が交わる。
 手のひらで頬に触れられるが、それはどこか遠慮がちだった。



「神威さん、ここに来ても私は辛くはありません」


 思っていたことを見抜かれたのであろう彼は、少しだけ目を見開く。



「両親と別れたことは確かに悲しいけど、代わりにたくさんの人に出会えました」



 月詠さん、日輪さんに晴太くん、沖田さん。女将さんに雅、さくら屋のみんな。
 阿伏兎さん、新八くん、神楽ちゃん、銀時さん。
 それに、神威さん。




「私、幸せです」




 彼に気を遣った訳ではない。本心からそう思ったのだ。すると神威さんは眉毛を下げ、どこか悲しそうに笑う。





「…バカだね。俺と行く道に普通の幸せなんてないよ。だから、」





 今からでも間に合う。
 そう言いかけて神威さんは急に口を閉ざした。私が首を横に振ったからだろう。
 私の行く道は、決して褒められたものではない。
 神威さんと共に生きることは、もしかしたら銀時さんたちと争う可能性があるということだ。
 それでも、私はこの道を選んだ。自分のわがままを通したのだ。



「神威さんが隣にいるだけで、幸せなんです」



 視界の端で傘が地面に落ちるのを見た。夜兎にとっては天敵である太陽の光など、どうでもいいというように、神威さんが両手で私を抱きしめる。痛いくらいに。
 私もゆっくりと彼の背中に回した。大きいはずの背中がどこか子どものように丸まっていて、力の限り抱きしめたくなった。



「離してなんてやらないよ。一生」



 小さく呟いた声。きっと抱きしめられてなければ、聞こえなかったくらいの音量なのに、強い意志が宿っているように思えた。
 離さないでほしいと、応える代わりに首を縦に振れば、ふと私たちの間に隙間が生まれる。
 神威さんの顔が近づき、気づいた時には唇に柔らかな感触があった。
 一度離れて、顔にかかる髪を神威さんが掬いとる。そのまま耳にかけられ、びくりと体が強張った。初めての口づけに戸惑いを隠せないでいる私などお構いなしに、神威さんが再び唇を重ねる。先ほどよりも長く。
 耐えかねた私が軽く胸板を押せば、あっさりと離れた。あまりにも簡単に熱が遠ざかったので、身勝手にもすぐに近づきたいと思ってしまった。そんな下心を隠せる自信がなく、自然と地面へ顔が下がる。



「ははっ、真っ赤だ」



 先ほど神威さんの手によって露わになった耳に彼の指先が触れる。驚いて顔を上げれば、眉毛をハの字にして嬉しそうに笑っている神威さんがいた。


 それを見た私は、赤面して恥ずかしいとか、初めてのキスだとか、そんな思いよりも先に、あたたかい感情で胸が満たされた。



あの日、泣いていた少年が
私の隣で笑っている。



それだけで、私は充分なのだ。



Fin.



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