致死量のアイスティー



※付き合ってから








"任務頑張ってね。あと今度の休み、デートしよう"



 携帯画面に表示されたメッセージにドキッと胸が高鳴る。言わずもがな夏油くんからだ。
 これから呪いの発生した廃墟に行くというのに、気を引き締めていた私の意識が見事に散らばる。
 これはダメだと携帯を一度閉じて、メールを見なかったことにした。
 気を紛らわす為に、車の窓から横へと流れる景色を意味もなく眺めはしたが、私の頭はすでにデートという単語に支配されてしまっていた。



「なまえ」
 


 デートどこ行くのかな。手とか繋ぐのかな。もしかして…キス、とかするのかな?
 祭りの時を思い出して、顔が一気に熱くなる。夏油くんはあの時、私にキスしようとしてたのかな……?
 いやいや、そんなこと考えてなかったのかも。ただ顔を触っただけかも。私ばかりが下心満載みたいで恥ずかしい。


 うぅ…と俯いて携帯についてる黒猫に助けを求めるが、この子はいつもと変わらず、ほっぺをピンクにして微笑んでいるだけだった。



「なまえ」



 左隣からゆったりした声と、トントンと肩を叩かれる感触。ハッとしてそっちに顔を向けると、



「現場に着いたよ。何か考え事かな?」



そう言ってニタリと妖しく微笑む冥さんがいた。紅色のリップが塗られた唇が、綺麗に弧を描く。



「すみません!」
「良いんだよ。恋する女の子は考えることが山ほどあるからね」
「……ん?」



 冥さんの口から恋という単語が出てきたことに驚き、素で聞き返してしまう。愛や恋はどこか曖昧だからね、なんて前に言ってたのに。
 目をパチパチさせて冥さんを凝視していれば、クスッとわざとらしく彼女は笑った。


 冥さんにはまだ夏油くんと付き合ってること言ってない。だけどこのまま冥さんのペースに乗っていたら、心を丸裸にされてしまいそうな気がする。
 私がパクパクと魚みたいに動転していると、冥さんはふふっと耐える素振りで、自分の口元を手の甲で隠した。それすら優雅なモーションで、冥さんのところだけ、私と流れる時間が違うのではないかと思う。



「君は分かりやすいからね。口に出してなくても顔に書いてある。夏油くんのことだろう?」



 そう言い残し、冥さんは私を置き去りにして車から外へ出た。今、夏油くんって言った?!と私が呆気にとられてる間に、冥さんはどんどん車から遠ざかっていく。ハッと我に返り、私も慌てて車外へ飛び出した。


 鋭い冥さんにはもはや隠し事など出来ないらしい。私ってそんなに分かりやすいのかな…なんて自分の意識の緩さに軽くショックをうけた。
 だめだ任務には集中しないと、と自分に小さく喝を入れる。


 補助監督が帳を下ろしてくれ後、背後から「お気をつけて」と緊張ぎみの固い声がした。冥さんと共に、呪いを纏う廃墟を見上げ、私は携えた呪具を持つ手に力を込める。



「大丈夫。二級程度の呪霊は私に任せるといい。なまえは二時間前にココに入った大学生三人の捜索を頼むよ」
「は、はい」
「早く済ませて君の恋バナを聞かせてもらおうじゃないか」
「はい!……え?」



 艶やかな声が横から聞こえたと思ったら、冥さんはもうすでに廃墟の入り口付近。戸惑う私をよそに、冥さんは綺麗にまとめ上げたポニーテールを左右に揺らしながら颯爽と呪いの渦の中へ消えたのである。








「やぁ」


 夕飯もお風呂も終え、共有スペースのソファで一人ぽっちでテレビを流し見していれば、背後から急に声をかけられた。振り返るとそこにいたのはお風呂上がりの夏油くん。私が腰掛けているソファの背もたれに片手を置き、右手で自身の後頭部をタオルで撫でていた。頬がホクホクとほんのり赤い。
 いつも結い上げている髪は、当然下ろされていて、その毛先から水滴がわずかに垂れている。



「あ……お疲れ様。夏油くん」
「なまえもお疲れ様」



 夏油くんはそのまま自然な流れで私の隣に腰を落ち着かせた。彼の体重でソファが沈み、その振動で私の体が少し揺れる。


「あれ、この番組灰原が好きなやつだ」


 とりあえずかけておいたバラエティ番組に目を通した夏油くんが呟く。後輩の好きな番組まで覚えているなんて、さすがだ。
 テレビの中では芸人やらタレントやらの会話が飛び交って、観客の笑い声が響いているが、私は夏油くんが隣にいるということにドキドキして、何も頭に入ってこない。


「今度の休み、どこ行こうか」


 唐突に、肩にタオルを置いた夏油くんが、ソファで体育座りをする私を、前屈みになって下から覗き込む。これはメールで言ってたデートの話だ、と瞬時に察した私は抱いていたクッションを持ち直して、肩をすくめた。


「どう、しようね」
「どこか行きたいところある?」
「えっと、」

 
 行きたいトコ行きたいトコ……と頭の中を検索してみる。硝子ちゃんと雑誌で見たショップ。歌姫先輩がおすすめだと言っていたカフェ。
 どこもいいな、行ってみたいと思ったけど、私が行きたいところが果たして夏油くんに楽しんでもらえるのだろうか?
 悶々としていると、横からゆっくりでいいよと優しく諭される。


「……ごめんね。すぐに思いつかなくて」
「大丈夫だよ。急だからね」


 そうだよね、どうしようか。と夏油くんも一緒になって悩んでくれた。
 せっかく私の希望を聞いてくれたのに、何もないなんて、デートに行きたくないと思われてはいないだろうか。でもそれをわざわざ弁解するのも気が引けて……。この沈黙に私自身が耐えられそうになかったので、テレビをつけておいて良かったと内心安堵した。


 すると、CMに切り替わったテレビから何かの映画の予告が流れ出した。迫力のある音に、意識が奪われる。あぁ、こんな話し合いの時にテレビに視線を奪われるなんて、と慌てて隣を盗み見すれば、夏油くんも同じく食い入るようにテレビを見ていた。
 目まぐるしく移り変わる映像。主役の俳優が爆発寸前の車から飛び出したり、襲いかかる敵と格闘したり、ナレーションも相まって、なんだか面白そうかも、と引き込まれた。
 ”大ヒット上映中” の文字が大きく写されて、画面は次のCMに切り替わる。



「洋画のアクションシーンって、なんか…すごい迫力あるよね…!」



 沈黙を破るために、思ったことをそのまま口にする。すると、コンマ一秒も経たないうちに、夏油くんが興奮気味にどこか嬉しそうに返事をした。



「そうなんだよ!特にこのシリーズの映画が好きでさ」



 目を細めて楽しそうにしている。こんなに子どもみたいな夏油くんはレアで、普段見ない表情に胸がドキッとした。
 目に焼きつけておこうと私がじっと見つめていれば、夏油くんは我に返った様子で私から視線を外し、ソファにゆっくりともたれかかる。そして、恥ずかしそうに口を閉じてしまったので、もっと話してくれていいのに…と少し残念に思った。



「これ観に行きたいんだけど、中々ね。任務も忙しいし」


 諦めたように苦笑いを浮かべて、再びバラエティに目を向けた夏油くんに、私はおずおずと話しかけた。



「じ、じゃあ、この映画観に行く……?今度の休み」
 

 自分からデートに誘ってるみたいな状況が恥ずかしくて、あと、断られたらどうしようという緊張で、夏油くんから慌てて視線を逸らした。すると思いの外、上擦った声が横から聞こえた。



「……いいのかい?」
「うん。私も、予告見て面白そうって思ったから」



 私がそう告げると夏油くんは嬉しそうに口元を綻ばせた。でもそのあとすぐに、難しそうに眉をしかめたので、私は頭にハテナを浮かべて押し黙る。



「でも、これ一応シリーズものだから、どうだろ……なまえに楽しんでもらえるかな」
「そ、それは大丈夫!この前歌姫先輩と観に行った映画も、シリーズものだったけど、事前に歌姫先輩がたくさん前情報くれたから、楽しめたよ」



 なので、夏油くんにもこの作品について教えてほしいです……と言ったものの、なぜかじっと夏油くんが見つめてくるものだから、照れくさくなりクッションを抱きしめる。
 すると、夏油くんがわずかに空いていた私たちの隙間を埋めるように近づいてきた。その振動でまたも私の体が揺れる。なんだろうと目をパチパチさせていれば、夏油くんがゆっくりと時間をかけて微笑んだ。



「……君が私の好きなものに興味を持ってくれて嬉しいよ。
 でも、私ばかり申し訳ないから、ご飯はなまえの行きたいところに行こう。君のオススメの場所知りたいな」



 教えて?と前屈みになる夏油くんの黒髪がサラッとこぼれ落ちる。
 再び下から覗き込まれた私は、ぎこちなく左から右へ視線を移した。魅惑的な夏油くんのモーションは体に毒だ。囁く声も耳を塞ぎたくなる。
 その間にも夏油くんはさらに距離を詰めてきて、とうとうピタリと肩が触れ合ってしまった。数センチ先に夏油くんの整った顔があって、心臓がこれでもかと早くなる。
 「なまえ」と短く名前を呼ばれ、少し顔を上げた先に、熱を帯びた夏油くんの琥珀色の瞳があって私は小さく息をのんだ。



「〜っ!」



 とうとう私は我慢出来なくなり、パッと立ち上がった。急な行動に夏油くんは目を丸くする。



「えっと、ご飯!考えておくね!」



 おやすみ!と困惑してる夏油くんを取り残して私は風の如く自室へと帰ったのだった。
 すぐに眠れたかは別として。





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少し続きます。


2026/04/02