これはこういうアイのカタチ



※友愛
※少し長い




「わぁ〜。本当に青いんだねぇ」



 黒塗りの車が数台停めてある駐車場。あくびをしながら、ケータイをイジって補助監督を待っていた。
 ずっとかけているのも疲れるので、サングラスを外し、傑にメールを返信していると斜め前から媚びるような声が聞こえた。
 落としていた視線を上げるとそこには、俺を覗き込むように首を傾げる女。まるで、自分の良い角度を知ってるかのような。
 は?なにお前、と言葉にしそうになって、傑から「なんでもかんでも口にするな」と小言を言われたのを思い出した。



「五条くんの担当になるの初めてだ。よろしくね」



 ふふっと絵に描いたような愛想笑いを女は浮かべている。
 初対面なのにどこか馴れ馴れしい態度。舌打ちが出そうになるのを必死に堪えた。
 コイツは京都校から異動してきたという補助監督で、傑が好きだった(と俺が勘違いしていた)女。あとになって傑に早とちりするなと怒られた。


 割と大きな目は上から下まで俺を観察するように動いている。この女の前で、これ以上自分の瞳を晒し続けているのが嫌になったので、サングラスをかけ直し、わざとケータイをパチン!と音をたてて閉じた。


「髪も真っ白。背も高いねぇ」


 俺の周りをうろちょろし、興味津々といった様子。ウザったくなった俺はなんの感情も乗せずに、「早く内容教えてくんね?」と女に言い放った。


「あ、そっか。待っててね」


 黒いファイルを取り出し、「今日はねぇ」と俺のパーソナルスペースなどとうに踏み越え、他の補助監督にはない距離感で任務の説明をされた。近いっての。


 教えろと言ったものの、任務の内容など正直おざなりに聞いていた。
 とりあえず、呪霊なんて祓えればいいんだろ?何か不都合があっても、全て吹っ飛ばしてしまえばいい。先生には怒られるかもしれないけど。なんて、どこか楽観的に考えていれば、


「なまえさーん!早く早く!」


と突然、デカくて聞き慣れた声が聞こえてきたので、俺の興味はそっちへ移る。
 校舎から勢いよく飛び出してきたのは後輩である灰原。アイツはブレーキという言葉をきっと知らない。
 その後に続いてなまえが刀くらいの呪具を肩にかけながら、「ちょ、ま」と単語にもなってないセリフを吐き、灰原を慌てて追いかけている。おそらく補助監督はもう車を回し、門の外にいるのだろう。


 慌てて飛び出したせいで道の途中、なまえの片方の靴がスポンと抜けた。よく履けていなかったらしいが、人は急に止まれない。なまえは「ゔわっ!」と可愛げのない声を出し、右足は靴下のまま数歩石畳を歩く羽目になっていた。
 何やってんだアイツ。相変わらずどんくせぇな。



「なまえさん、シンデレラみたいっす!」


 俺が呆れのツッコミを心の中でしていると、先に門の付近で、足踏みしながら待っていた灰原がメルヘンなことを叫び散らかした。
 そのセリフに、俺の頭に漫画みたいに星がコツンと一つ落ちる。俺にはない発想だったので少しばかり感心してしまった。
 なるほど、片方靴が脱げたからシンデレラねぇ。


 後輩の軽口に、「シンデレラかぁ。じゃあ魔法が解ける前に任務終わらせないとね?」と靴を履き直しながらなまえは冗談を言い返している。数週間前に死にかけてたやつとは思えない笑顔だ。
 これから任務だというのに、緊張感のない同級生と後輩のやりとりを見せられた俺は、アホくさと思いつつも、口元は緩んでいた。
 そんなことを考えている間に、鈍臭いシンデレラと灰原は慌ただしく高専から飛び出して行く。
 台風みたいな二人が去った後、さて俺もそろそろ任務先へ向かおうかと思った矢先、ポツリと補助監督の女が呟いた。


「今のは一年の子と……傑くんの同級生の子だよね」


 同級生の子、の声が少しだけ低いトーンに変わったので、視線を女へ向けた。黒いファイルを握りしめ、二人が出ていった方向をじっと見つめている。



「ねぇ、あの子が傑くんの彼女って本当?」
「……そーだけど」
「ふーん」
 


 再確認したにも関わらず、納得のいかない声色。あぁ、そうか。コイツ傑こと狙ってたんだっけ。
 すると突然、女が嘲るように乾いた声を漏らした。



「傑くんの女の子趣味って、よく分かんないな。あんまり、釣り合ってなくない?あの三級の子と、傑くんって」



 その態度は明らかにアイツを見下していた。
 俺は黙ったまま、ポケットに手を突っ込んでサングラス越しに女を射抜く。
 しかし、俺がレスポンスしなくてもさほど気にしないのか、女は夢中でペラペラ喋り続けた。
 


「なんであの子なのか分かんない」
「田舎っぽいし」
「実力もそんなになさそうだし」
「だって、あの子まだ三級でしょ?」



 五条くんもそう思わない?と口に出してはないが、女の目が俺に同意して欲しそうに訴えていた。
 悔しいのか。明らかに下に見ていた女に、自分が狙っていた男をとられたことが。
 女は自分が醜く歪んだ表情をしていることに気づいてないらしい。硝子もなまえもこんな表情したことないから忘れてた。
 女という生き物はこういう側面があるのだと。過去に、俺に取り入ろうとした女たちも、他の奴を蹴落とそうと、こんな表情をしている人間は大勢いた。
 誰かと釣り合う、合わない。そんなことは知らないし、正直どうでもいい。でも……



「あの子じゃねぇよ」
「え?」



 我慢ならなくなり、俺はピシャリと冷たく言い放つ。それまで流暢に話していた女のよく喋る口はポカンと開かれたまま。俺の答えが望んでいるものではなかったのに驚いて、目を白黒させている。
 


「三級の子でも、あの子でもねぇよ。アイツには名前がある」



 俺は構わずに続けた。コイツにどう思われようが、それこそどうでもいい。
 確かに俺も、アイツのことを「弱い」と面と向かって言葉にしたことはある。俺より弱いのは事実だからだ。
 でもなぜか、アイツのことを他の誰かが馬鹿にするのはすげぇ腹が立った。








 任務も終わり、放課後の時間。報告書を出した後、一人で廊下を歩いていた時だ。



「あ…五条くん!」



 懸命に出したであろう、やや大きな声が背後から聞こえてきた。聞き覚えがありすぎたので、立ち止まって後ろを振り返る。
 そこにはなまえがいた。見つけた!と言いたげに、パタパタと走り寄ってきて、俺の前で立ち止まる。少し息を整えるなまえを眺めつつ、「よぉ、なんだよ」とあくび混じりに返事をした。



「任務お疲れ様。あとこれ、事務の人が五条くんに渡してって」



 そう言いながら手に持つ書類を俺に差し出してきたので、「あぁ、サンキュー。お前もお疲れ」と言葉をかける。
 なまえはお使いを達成した子どものように満足した様子ではにかんだ。呑気な顔しやがって。


「寮戻んの?」
「うん。そうだよ」
「俺も」



 どうせなら一緒に戻るかと、なまえの歩幅に合わせて歩き始めようとした時だ。なまえが肩から落ちかけている呪具を背負い直したので、偶然右手の甲が目に入る。


「おい、それ」


 一気に声のトーンが下がり、眉間に皺が寄るのが自分でも分かる。しかし、俺がそうなるのも無理はない。
 なまえの手の甲は絆創膏(そのくらいの大きさのやつあるんだ?と思うくらい)に覆われており、よくよくこいつを見てみると、左膝には白いガーゼが半透明のテープで固定されていた。
 ガーゼの中心は少しだけ赤みを帯びていて、血が滲んでいるのが見てとれる。応急処置であるのが丸分かり。



「お前、なんでそんなボロボロなの?」



 ちなみに俺のセリフには、なんで硝子に治してもらわねーんだよ、という非難も含まれている。
 朝、見かけたシンデレラは、魔法が解けたどころか、さらにボロボロになって帰ってきていた。
 不機嫌な俺の指摘に、なまえは「いやぁ、あはは……」と面白くもないのに笑い、頬を掻いた。誤魔化そうとするのを、俺は無言でじっと見て阻止する。
 そんな俺の様子に根負けしたなまえは、渋々といった様子でポツリと告白し始めた。


「廃墟に入った中学生たちを助けた後、外へ誘導するのに夢中になってたら…」
「なってたら?」
「呪霊に足とられちゃって」
「転んだわけ?」
「うっ……ハイ…」
「どんくさ」



 そういえば、こいつは初めて会った時も怪我をしていた。









「なぁお前のそれどーしたの?」


 春は別れと出会いの季節なんていうけど、俺が出会ったのは、たった三人の同級生だった。
 でもまぁ、呪術師の学校なんてそんなものだろう。一般の高校生とは何もかも違うんだから。
 これで三十人とか生徒がいたら、呪術界から人手不足なんて言葉はとっくになくなってる。


 担任が来るまでの間、俺は暇だったので、隣に座っていた女に声をかけた。
 なんでかって? 頬に白いガーゼをつけていたら誰だって気になるだろ。
 誰かにビンタでもされたのか?大人しそうな雰囲気のくせに、意外と喧嘩っぱやかったりして。


 怪我した女の隣にもう一人、女がいたが、気怠げにケータイをいじっている。
 その奥にいた前髪が変な奴は、頬杖をついて黒板をつまらなそうに眺めていたが、俺の言葉が気になったのか、少しだけ顔をこっちに向けていた。


 話しかけた途端、怪我した女はビクリと大袈裟に体を揺らし、ぎこちなく俺の方を向いた。のに視線はすぐに横へ泳いだので、一切絡むことはない。その態度に、自分がしてはいけない質問をしたみたいで決まりが悪くなった。


「あ……えっと、その」
「なに?聞こえねーよ」


 単純に声が小さくて聞こえなかったから指摘しただけなのに、女はさらに萎縮した。チッ、何もしてねーのにそんな怯えんなよな。
 でも質問されたからには答えなければという、思いは持ち合わせているらしく、イスにふんぞり返っている俺に向かって、先ほどよりは大きめの声で返事をした。



「き、木の枝で……引っかいたの」



 恥ずかしそうに耳も頬も赤らめて、女は俯いた。机とキスでもするつもりだろうか。
 想像と違う怪我の原因に、面白くなった俺はどこか女を小馬鹿にした笑い声を上げた。


「はっ。木の枝って、なに?お前木にでも登ったわけ?小学生かよ」


 俺の教室中に響く声に、女は体を縮こませ膝に置いた拳を握りしめた。俺のからかいにも黙ったままで、その場をやり過ごそうとする。
 違うなら違うと言えばいいのに。どこか嗜虐心を刺激するその態度に、はっ、と乾いた声が漏れ、自分の口が歪に弧を描く。新しい玩具を見つけた子どものように。



「なんか喋れよー」



 長い脚を伸ばして、軽くつま先でトントンと女が座るイスの脚部分を叩く。ほんの少しのちょっかいのつもりだった。
 俺の急な攻撃に女は素早く顔を上げて、目を見開いた。
 そこでやっと、俺たちの視線は交わることに成功したが、そこにあったのは怯えだった。小さな唇は何か言おうとパクパク動いている。


 俺はそれを見ながら、あぁそういえば、家にいた使用人にもこういうヤツがいたなと思い出した。
 俺は何もしてないのに、勝手に怯えて仕えるやつ。
 まぁ今考えれば、俺が気に入らなければ、「お前クビ」の一言でソイツは一瞬で職を失うし、五条家に生まれた六眼と無下限を併せ持つガキに怪我や何かあっては、という恐怖心もあったんだろう。
 この女からも同じにおいがした。入学前に俺の情報を何か聞いたのか?まぁ、御三家で有名だから仕方ないとはいえ、勝手に俺に怯えて距離を取るなんてバカバカしい。
 お前も色眼鏡で俺を見るヤツか。こんな弱そうなヤツとは仲良くなれねぇ。俺から願い下げだ。
 なんてどこまでも卑屈な思いが湧き上がっていた。



「木登り得意なわけ?」

 

 なぁなぁ〜、と何も答えない女に向かって少し悪意をもって適当なことを言い、だらしなくイスに座りながら天井を仰いだその瞬間のことだ。
 ガタッと奥から大きくイスが動く音がした。見下すように目ん玉だけをそっちに向けると、変な前髪のヤツが立ち上がり、鋭い視線を俺に投げつけている。そこに穏やかさは一切なく、あるのは攻撃的な色だけ。
 すました顔して、行け好かないやつだと思っていたが、そんな表情も出来るらしい。



「んだよ、急に」
「君の……人を小馬鹿にした態度が気になってね」
「あぁ?え、なに。お前こいつのなんかなの?」
「そういうことじゃない。君の態度の話をしている」


 
 わざと逆なでする言い方をして、目の前の縮こまる女を指さす。
 ニヤけた俺の顔を見て、さらにボルテージが上がったらしい前髪は、今にもこっちに歩いてきそうな勢いで(というか実際、アイツは一歩踏み出していた)俺を睨みつけてきた。



「なんだ、騒がしい」



 俺もイスから立ち上がりかけたその時、開け放たれたドアから男が入ってきた。どうやらそいつは、俺たちの担任らしい。
 前髪もどうやら担任の前でまで争う気はないらしく、静かに着席した。その態度に興ざめした俺も途中まで浮かせた腰を下ろし、わざと舌打ちをして窓の外に視線を投げつけた。
 ケッ、つまんねー。



 入学当日らしく、それぞれが自己紹介をし、担任がなんか色々と話していたが、それを右から左へ流す。
 途中で担任が「聞いているのか?五条悟」と俺の机の前に仁王立ちしたので、「あ゛ぁ?」とメンチを切ろうと立ち上がったが、すぐにつむじにグリグリと拳で攻撃され、あえなく着席させられた。マジで痛ってぇ。


 隣の怪我の女、なまえと自己紹介した女が心配そうに首を傾げていたので、「見んなよ」と不貞腐れると、慌てた様子で前に向き直った。それからは本当にこっちを見てこなかったので、クソ真面目なやつだなと心の中で悪態をつく。


 担任が「お前たちの親御さんに送るために、今から外で写真を撮る」と言い出し、着いてこいと俺たちを促す。三人が立ち上がったので、正直めんどくさいと思いつつ、俺も席をたった。
 長い廊下をつかず離れずのぎこちない距離で歩く初対面の俺たち四人。
 すると担任が後ろを振り返り、親鳥についてく小鳥みたいななまえに話しかけた。俺はそれをすぐ後ろから観察する。



「なまえ、怪我の具合はどうだ?」
「あ…校医の先生に、あと一週間も経てば綺麗に治るって言われたので、大丈夫です」
「すまない。来て早々怪我をさせてしまったな」
「いいえ!近くにいた先輩の術師が来てくれましたし、あの子が無事で良かったです」
「なんそれ」



 気づけば俺は口を挟んでいた。なまえは横から俺を見上げ、また目を丸くして驚いている。でもそこには怯えはない。担任の態度は変わらず、俺となまえを交互に見やった。



「実家から高専に来る途中、森林公園で呪霊に襲われてる子どもをなまえが助けてな。頬の怪我はその時についたものだ」
「は?お前木の枝に引っかいたって」
「その……子どもを抱き抱えて林の中走ってたら、飛び出てた木の枝がちょうどあって、それが少し尖ってて…」


 なまえは中途半端に言葉を止めたが、そこから先は説明がなくても分かった。両手は塞がっているだろうからガードも出来ず、避けきれないまま頬に当たったのだろう。
 枝が木に登った怪我なんてふざけた理由ではなく、子どもを助けるためについた怪我だった。


「…んだよ。そう言えよ」


 さっきの自分の態度を振り返り、独り言のつもりで呟いた言葉に、横にいたなまえは「すみません…」と俯きながら律儀に敬語で答えた。別にコイツが謝ることじゃないのに。
 そいう態度がさらに俺をイラつかせる。小さく舌打ちをして俺はそのままなまえの隣を歩き続けた。



 しかも、あとから判明したが、なまえは俺のことも御三家のことも全く知らなかった。


「ご、ごめんなさい。その…何も知らなくて。五条くん、すごい人なんだよね…?」


と申し訳なさそうにするから調子が狂ってしまう。俺のことを、"よく知らないけどすごいやつ" で片付けるヤツは呪術に関わる人間で見たことがない。
 一般家庭出身だから仕方ないといえばそれまでだけど、「もっと勉強するね」と言われた時には、「いや、しなくていいから」とこっちが気遣う羽目になった。


 あの怯えた様子は、ただ単に入学式というので緊張してたのと、俺の態度が悪かったからというものらしい。
 まぁ、そもそも呪術高専という普通とはかけ離れた学校に入学し、さらに隣に座る同級生(しかも男)から、必要以上にちょっかいを出されたらそれは怖がるか、とあとになって少しだけ反省した。少しだけ。










「あの、五条くん?」


 過去に想いを馳せていたら、自分の名前を控えめに呼ばれ、どこか心配そうになまえが俺を覗き込んでいる。なにも計算尽くされてない角度で。それが同じ覗き込みでも、朝より居心地が良かった。
 


「大丈夫?体調悪いの?」
「悪くねーよ」



 むしろ万全じゃないのはそっちだろ。この前だって死にかけたりしたくせに。他人の心配するより、自分の心配をしろよ。
 


"三級でしょ?"



 あの補助監督の女の言葉が蘇る。どこか見下したような物言いが腹立たしい。
 俺だって最初はこいつを馬鹿にしていた。突出した術式でもなければ、体力も普通。
 何度硝子に治療されてるなまえを見たことか。
 弱いやつが生き残れる世界じゃない。だから酷いことも冷たいことも言った。
 でも、俺が呪術師やめろと言っても、何度体術で吹っ飛ばしても、任務で傷だらけになっても、なまえは呪術師を続けた。
 そんなこいつをずっと見てきたせいか、なんで何も知らないヤツから、こいつが馬鹿にされなきゃなんねぇんだと怒りに似た感情が込み上げる。



 なまえに一歩近づいた。俺の背が高いせいで、なまえはその場でさらに首を伸ばし、なに?と言いたげに不思議そうに俺を見上げる。
 前までは、近づいた分だけコイツは俺から離れていたのに、随分と慣れたものだ。


 俺はじっとなまえの左の頬を見る。当たり前だが、入学式の傷は跡形もない。ゆっくりと右手を動かし、そのままなまえの左頬に触れた。
 戸惑いの色をのせて、彼女の瞳が揺れ動いた次の瞬間、俺はそのままムニッとなまえの頬を引っ張った。
 突然の行動にギョッとなまえは目を見開き「な、に」と引き上げられた口元から批判めいた声が漏れる。



「お前」
「ん?」
「もっと強くなれよ」



 誰にも馬鹿にされないくらいに。気に入らない奴を見返すくらいに。
 祈りにも似た感情だったのかもしれない。



 傾いた夕日が、廊下の窓から差し込んでくる。橙色に染まるなまえは、少しだけ目を見開いたあと、すぐに真面目な表情になった。
 するりとなまえの頬から手を外し、お互いにロマンチックな雰囲気もなく見つめ合っていれば、小さな口が動いた。



「……うん。頑張るよ」



 そう静かになまえが囁いた。彼女は微笑むわけでもなく、かと言って無表情でもない。
 少し覚悟をもったその顔つきが、どうしてか、俺の顔だけで寄ってくる着飾ったナンパ女より、今日見た補助監督のバチバチに決めた化粧顔より、綺麗だと思ってしまった。


 そんなことを考えた自分に驚いて、今度は俺が目を丸くしてしまう。サングラスをかけていて良かった。
 誤魔化そうと、俺を真っ直ぐに見つめ返すなまえの頭を大袈裟にガシガシと撫でる。



「ちょ、五条くん、」
「俺が鍛えてやるよ」



 傷だらけで戦うシンデレラ。ガラスの靴を差し出す王子がすでにいるなら、せめて俺は彼女の隣に立つ勇者にでもなってやるか。なんて、灰原に引っ張られてメルヘンなことを考える。
 


「お前、明日俺と組み手な」
「え!灰原くんと約束しちゃった」
「アイツは傑に任せておけば良いんだよ」



 俺がまくし立てると、観念した様子でなまえは「分かった…」と答えた。
 


「あ!じゃあ、新しい呪具…試してもいい?」



 なまえが思いついた様子で、おずおずと聞いてくる。どこまでも向上心のあるシンデレラに、俺は無意識に顔が綻び、「いいぜ。なんでもこい」と告げれば、嬉しそうになまえは笑った。




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友達がバカにされるのが許せない五条くんの話

2026/04/02