エレベーターが静かに止まって、何か言わなくちゃと口を開けど、機会音に阻まれて躊躇してしまった。

「っ、すばるさ…」
「今日のピンクも似合うてたけどな。なんや、勝負服…やったか?」

違う、違うよすばるさん。
そう言いたかったのに彼が先にエレベーターを降りるから付いて行くのに気を取られてしまった。彼の空気はまだ怖くて、とてもじゃないけど平常心を保てそうにはなかった。

「まあ、なんでもええけど。」

そう言い放った彼はゆっくりと歩きながら、目だけで私を振り返った。


「…この間の、あの日」


「あの日も今日のヤツと、おったんやろ」という"あの日"が、初めていつのことか分かった。あの日、すばるさんが初めて私を駅で見かけた日、デートに誘われる前の日だ。


「…忠義、ですか?」


私の部屋の前で立ち止まったすばるさんが「そんなん、聞いてへんわ」とイラついた。


「…なんで嘘ついたんや」


ゆっくり体をこちらへ向けて、その鋭い眼光で私を捉える。

「男と遊んでること、知られたなかったんか。俺に」
「遊んでるって…」

たしかに遊んでるんだけど、たぶんすばるさんの"遊んでる"と私の"遊んでる"は、違う。
あの読み取れない表情で見つめられるともはや蛇に睨まれた蛙だ。もう動けない。いや、そもそもすばるさんが私の部屋の前に立ってるから入れない。

「彼氏やないんやろ?せやったら遊んでるんやんけ」
「…友達です」
「どうやろ」
「忠義は友達です!」
「ほーん、で?そろそろ付き合おかなーみたいな?」

呆れたような、バカにしたような目で笑ってドアにもたれ掛かる。なにがそんなに彼の神経を逆なでているのかわからなかった。

「そ んなんじゃないです!忠義はずっと…」

昔から一緒にいたから恋愛感情なんてないんです。と言いたくて、適わなかった。
私の襟元を掴んで、引っ張って、身を翻して逆に私の背中をドアに押し付ける。顔の横に手を付いて鼻先の触れそうなくらい顔を近づけられれば、彼の怒りの圧に潰されそうだった。
すばるさんが、こわい。



「鬱陶しいねん、タダヨシタダヨシ言うて」



言葉の直後、強めに唇がぶつかってすぐに離れた。
一瞬だけ私の目を見つめて、吸い付くようにまた触れる。割って入ってきた舌に物色されて、絡め取られて。ざらついた感覚と煙草の臭いが広がって、そういえばあれだけ喉に気は使ったものばかり買うのに煙草は吸うんだな、なんてどこかで考えた。
角度を変える動きに漏れそうになった自分の声にハッとして小さく胸を押せば思ったよりもすんなりと解放された。


「…よう」


少しだけ目を揺らす彼の手が、私の前髪を撫でるようにあげる。


「俺の気も知らんとなあ、ほんま」


ごつん、と音がして額同士がぶつかった。絞り出すような彼の声は触れてるところから直接響くように入ってきて。



「俺がなんぼお前のこと考えて過ごしてるか わかってんのか」



すばるさん、と言おうとした唇に再び合わせられる。今度はいきなり舌が入ってきて、思わずかたく閉じた瞼を開けると彼が微かに笑って私の頭に手を回した。その目はあの時、この場所での自嘲気味の笑いによく似ていた。腰に回る手に抱きすくめられて身体が密着する。口内の動きに翻弄されて、さっきの彼の言葉を脳内で噛み砕く暇もなかった。
代わりに愛を注ぐような深い口づけに彼の気持ちを痛感させられる。
苦しくて彼のスエットを掴めばリップ音を残して彼はゆっくりと離れていった。



「 好きや 」



時間が止まったみたいに彼の声しか聞こえなくて、自分の鼓動で視界が揺れていた。



「わたしも です、っ」



息も切れ切れにどうしても言いたいことだけを伝える。彼はひどく驚いたような顔をしていて。「すき です、」と念を押すと突然腕をひっぱられて足がもつれた。
倒れそうになるところをなんとか立て直すとそこはもう彼の部屋の前で。素早く鍵を開ける彼の手元をただ見つめていた。



#



バタン と音を立てて閉められたドアに押さえつけられる。同時に再び唇が押し当てられて、噛み付くように舌が滑り込んできた。
性急に舌を絡めながら右手は私の腰から背中から優しく愛撫する。それにさえ感じてしまいそうで、気が付けば彼の服に縋り付いていた。

余裕のない私を見下すように目を細めて、ごく自然な流れで私に腰を押し付ける。何度も角度を変えて深く深く口付ける彼の目は信じられないほど色っぽく、とてもじゃないが目を合わせてなんていられなくて目を閉じた。

腰を這う手が意思を持った動きに変わり、するりと腿に降りると背中のあたりがそわっとした。


「まっ、て、すばるさんっ」
「待たれへん」


小さく離れた唇で紡いだ言葉は間髪入れず返されて、また息つく暇なく塞がれる。
話がしたくて引き剥がそうとしても、余計にドアに押し付けられるだけで敵わなかった。


「どんだけ待ったと思てんねん」


私とは対照的に息の上がってない彼が囁く。しかしその吐息は熱く、内腿を滑る手とあいまってやけに官能的な気分になった。


「なあ、」


直接脳に響くような声が思考を停止させる。


「あかり」


大きな双眸に見つめられるともう声を出すこともできなくて、予想より遥かに大きな彼の気持ちに目眩さえしそうだった。
薄い唇が震えて掠れたように響く。
見たことないような鋭い視線に射抜かれて、ああ、この人の愛は 受け止めるとかそういう問題なんかじゃないんだと感じた。
その瞳に吸い込まれそうで、怖くて、苦しくて。でも、こんなに幸せなまま、




「 逃がさへんからな 」




彼の愛に、深い夜に、

溺れて行くんだなと、思った。










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深い深い、夜のお話。
(4/4)


ミガッテ