その日の夜のことだった。




「おつかれー」



バイト先に着くと入れ替わりの男の子が着替えていて、『あれ、忘れ物ですか?』と言われたから思わず「ん?」と目を見開く。

あれ?わたし入りの時間まちがえた?よく見るとこの子私服じゃなくて制服に着替えてる…。ていうかよく考えたら入れ替わりの人が私が入るより先にあがれるわけないし。あれ…あれ?

「…入りの時間まちがえた…かも」

慌ててシフト表を開くと今日の日付の私の欄は空白になっていた。
おかしいな…ちゃんと昨日確認したしスマホで撮ったから写し間違いとかもないはずなんだけどな、

「あかりやんか」

振り返ると荷物を抱えた店長が「なにしに来てん」と部屋に入ってくるところだった。

「店長、わたし今日入ってませんでしたっけ…?」
「…なに言うてんねや。今日は休みにしといたって昨日言うたやんか」

「病み上がりなんやから」けろっとした顔でそう言ってのけた店長を凝視する。聞いてない、聞いてないよ店長。
「言うたわ!お前ぼーっとしとったから頭に入ったかまではよう知らんけどな」なんて。

「まじですか〜…」
「なんや、そんなに入りたかったんか」
「そ、ういうわけじゃないですけど…」

もしかしたら今日は来るかも なんて、考えてる。考えてますよ。そりゃあ、ねえ。

「とにかく、今日はもう帰れ。深夜にそない人いらんねん」

なんだか素っ気ない店長の態度が落胆を倍増させる。うわあ、準備して損した。
…っていうか、わたしは次のシフトまでこの気持ちを抱えたままなわけだ。なんだよもー。
「おつかれさまでーす…」と残して私は更衣室を後にした。



#



軽くため息をつきながら店を出ると、華奢な体がガラ悪く輪留めに座っていた。驚いたけど、同時になんだか納得もした。なんとなく、なんとなくいるかもしれないなんて思っていたのだ。
私を見るなり煙草の火を押しつぶしたすばるさんが立ち上がる。


「こんばん は」


うまく笑えない。急に心臓が忙しなく動き始めて酸素の供給過多になりそうだった。「おう」と小さく返したすばるさんは黙って立ち尽くす私を見て笑う。店内から漏れた明かりに照らされてるはずなのに、表情がよく読み取れない。…違うな、送ってもらったあの時と、同じ顔をしてるんだ。何を考えてるかわからない、少しだけ怖い あの雰囲気。


「…どうしたんですか」
「あれやん……デート。」


短く彼が呟いた声は冷たい空気に溶けて、少し不敵に笑う顔は深夜の黒がよく似合うと思った。


「約束したやろ」


今から?なんて言葉は私の視線に乗って彼に届き、「俺んちまで」なんて返ってきた。からかわれてるんだるんだと思うとなんだか癪だったから「喜んで」なんて笑って見せた。



#



何も言わず歩く彼の横顔をそっと覗いた。2人の足が石を踏む音だけが響いて、彼もこちらを見たからゆっくりと目を逸らす。

お互いなにも言わない。なにも言えない。探り合ってるのが空気でわかって。この気まずさをどうにか夜風が流してくれないものかと空を見上げた。


「………」


店長とすばるさんが最近頻繁に連絡を取り合ってることは、知っていた。
ほぼ毎日コンビニに来ると言っても、あんなに毎度毎度わたしのいる時間に来店できるとは思えない…わたしのシフトでも把握していない限りは。
…ねえ、ほら、もしかして今日も 店長にしてやられたのかな。なんて思考が、さっき店先でしゃがむすばるさんを見た瞬間頭によぎった。


「……すばるさん、」
「…なんや、」
「…村上店長に聞いたんですか、今日」
「…なにがや」
「むしろ、店長の計らいってやつ、ですかね」


進行方向を見ながら薄く笑うと一瞬とぼけた顔を作った彼もすぐに観念したように笑った。

本当は少し前から気付いてた。
彼の違和感に…急に彼の肩を持つようになった店長の違和感に、なんとなくひっかかりはあった。気付いてたけど、考えてなかっただけ、それだけ。彼の気持ちを感じて、自分の気持ちと重ねて、わたしの想いの方が大きいことを自覚したくなかっただけなんだ。


マンションに着いて、すばるさんが番号を押すと同時に チラリと私を見て声を発した。



「今日、おったやろ。駅前」



思わず言葉に詰まった。なぜかどきりとして、「見かけたんですか?」と言う声にうまく抑揚がつけられなかった。

「今日の格好も可愛かったやんか」
「…どうも、」
「…服のセンスがええんか、気合入っとったんか、」

エントランスを抜けてエレベーターのボタンを押すと、わたしたちを待っていたかのように間も無くドアが開いた。


「ワンピースやろ、ピンクの」


乗り込んで階数ボタンを押す。ドアが閉まると空気に膜が張ったかのように雰囲気が変わった。



「あかりはピンク似合う似合わへん〜 て、言うてたもんなあ」



「楽しそうに」と階数表示を睨むように見つめて、私に視線を落として、「俺はほぼピンクしか知らんけどな」なんて笑う。




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ミガッテ