(運動部の大会会場って、こんな感じなんだ…)

トイレを求めてメインホールの観客席から出た。体育館を外周する廊下ではどこかのチームがランニングをしていて、少し広い踊り場では監督を囲んで見知らぬ選手が集合している。ユニフォームの選手たちはみんなたくさん汗をかいていて、一様に身体が大きいからすれ違うたび圧倒された。
さっきまでコートでプレーしてた人たちと普通にすれ違うのって変な感じ。

(会場でのスポーツ観戦はプロしかした事ないからなあ)

そんなことをぼんやり考えて歩いていると一向にトイレが見つからなかった。ぼーっとしてたからもしかして通り過ぎてしまったのかもしれない。

試合観戦が終わって、美穂が「先輩に会いに行く」って言うからちょっとだけ離れていた。一緒に来れば?なんて言ってたけど、行けるか。付き合って2ヶ月のカップルを邪魔する勇気なんて私にはない。
そんなわけでめちゃくちゃトイレに行きたいわけではないのだが、まあちょっとした探検も兼ねてぶらぶらしていた。

廊下の隅になにやら入り組んだス一角があって、もしかしてトイレかな?なんて覗いたら自動販売機コーナーだった。仄暗いスペースに自販機の光が煌々と反射している。

「あっ」

そこに立つ見知った後ろ姿。
横山。名前を呼ぶと彼はゆっくりと振り向き、わたしを視認すると少し目を見開いた。


「おつかれ!」


途端にさっきの試合の興奮が蘇り、且つ思いもかけないクラスメイトとの偶然の出会いに上ずった声をかける。そんな私とは対象的に彼は「おん」と静かに返事をした。


「応援、してくれてたん」


いつものトーンで柔らかく話す彼に昂ぶっていた自分が少し恥ずかしくなる。

「う、うん…」
「…ありがとうな」
「うん」

無理やり声を落ち着けて頷く。冷静になるとなんだか今度は違う意味で落ち着かない。
美穂と話していた通り、さっきの試合で横山はスタメン起用されていた。素人の私にはプレーの良し悪しはよくわからなかったけれど、汗だくでコートを駆ける姿は今まで見たどんな横山とも違って見えた。まるで今話してる普段の横山とは別人みたいに。
あんなすごい事ができる人を目の前にしてる事実と、普段何気なく話していたあの横山が想像もしないくらいすごい人だったという事実がなんだか無性に胸をざわつかせた。

十数分前までユニフォームだった横山はもう涼しい顔で着替えを済ませていて、学校名のプリントされたスエットに長袖のジャージを羽織っている。少しこちらへ歩み寄ると端から1人分より余裕を持ってベンチに座るから促されてるかのように無意識に隣に腰かけた。


「誰見にきてたん?」


横目でチラリとこちらを見てすぐに目をそらす。予想外の質問への驚きと緊張が相まって「うぇっ?」という変な声が出た。

「うぇってなんやねん」

わたしの奇声に思わずといったようにふにゃりと笑った彼が買ったジュースを口にする。

どうしてこうもしどろもどろになるんだろう。相手は横山だし、毎日のように顔を合わせてる クラスメイトなのに。

“誰を見に来てた?”っていう質問は、たぶんバスケ部には女の子のファンが多いからっていういきさつから出てきたものだ。そんなに人数は多くないけれど、誰の彼女というわけでなくてもよく試合を見に来る女の子がいるらしいことは美穂から聞いていた。
だからつまり、大抵“お目当て”の男の子がいるのである。女子諸君、気持ちはわかるぞ。

「や、だってそんなこと聞かれると思ってなかったし…」
「そか、」
「うん」

私の雰囲気に飲まれてか、横山もなんだか落ち着かない様子でそわそわとしているように見えた。
横山はあまり表情を崩さない。整った顔は表情筋が死滅してるのだろうかと思うほどポーカーフェイスで、ノリが悪い性格ではないのだけれど絶対に損をしていると思う。基本会話は無表情。バスケ部ファン横山派のみんなはそれが「クールでかっこいい」らしいのだが、私は初め割りと怖かった。だって何考えてるかわかんないんだもん。
そんな横山の感情を読み取るには雰囲気を感じる必要があって、最近ようやくそれがわかるようになってきた。
落ち着きなく鼻を触ったり指先を弄ったりしてるこれは、若干緊張しているような気がする。


「…………」
「………」


少し不自然な沈黙。テンポの悪い会話の返事を催促するように横山がこちらを伺った。
…あ、誰を見に来たってわけじゃなくてね、


「ただ美穂についてきただけなんだよね、」
「あ、そうなん、」


ぼそっと呟くように返された。軽く息をつく横山はどこか安心したような様子で、私の緊張も少し和らいだ。
そもそも、2人きりで話すのってこれが初めてなんじゃないだろうか。席が前後になってからは教室で二人で話すことはあれど、こうして周りに誰もいない状態で話すのは初めてな気がする。


「戻んなくて、大丈夫なの?」
「え、いま何時?」
「今は〜……5時40分」
「ん、まだ大丈夫」


特別仲がいいわけじゃない。盛り上がる共通の話題があるわけじゃない。


「あ、俺がおったらなんか都合悪いとか」
「んん、そういうことじゃない」
「ほんなら、ええわ」


だからこんな風にぎこちないのもしょうがない…そう思いながら私は自分のカバンを握りしめた。この会話を経れば……そう、こんな状況をを経た2人はきっと前より仲良くなれるって。
根拠もなく私はそう思っていた。




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運命の日。
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ミガッテ