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乙骨憂太は「恋」をしている、らしい。
◆
「小翳ちゃん。そろそろ起きないと次の任務に遅れちゃうよ」
目覚ましにしてはやけに甘ったるさを感じさせる音だった。
耳を劈くようなベル音でもなければ、耳馴染みのある無機質なアラーム音でもない。
どちらかと言えば『起こすつもりはあるけれど』『まだこの光景を眺めていたい』、とでも言わんばかりの優しい「
────が、それに気付いたらしい「なにか」に又もや名前を呼ばれた。
挙げ句、躊躇いがちに身体を揺さぶられるものだから、机に上体を預けて惰眠を貪っていた一人の女子生徒が手探りで音の出所を探り始める。
己の睡眠を妨げるものを容赦なく近くの壁へと投げ付けるために。
「…………あと」
「うん」
「6時間6分6秒後に……起きる……」
「起きた時に何かが召喚されてそうだね」
瞬間、目覚まし時計を探していた手が“ふわり”と何かに包み込まれた。
故に落ちつつあった意識を徐々に徐々に浮上させていく女子生徒は、霞む視界の中でゆっくりと
「おはよう、小翳ちゃん」
「…………おそよう、乙骨くん。いま、何時ですかね」
「13時だよ。真希さんとパンダ君は朝から一緒の任務で、狗巻君もさっき任務に出てったところ」
「あー……だっけ。うん、そうだ、そうだった」
「もしかして昨日、あんまり眠れなかった?」
「身内と電話しててね、名残惜しくて、つい」
「そっか」
睡眠不足は身体に良くないから程々にね、と口にするなり乙骨憂太は優しく微笑む。
癖のある黒髪を微かに揺らし、自分こそ目の下に取れない隈を作っては寝覚めの悪そうな顔で暗に“夜更かしは駄目だよ”と告げながら。
それでいて次の瞬間にはハッとした様子で女子生徒の手から自身の手を離すと、「あの」やら「今のは」やらと慌て出し、仄かに頬を色付かせ始める。
どうやら今になって“自分から彼女に触れてしまった”、と言う
「き、気安く触っちゃってごめんね」
何を今更、と思ったのは言うまでもないだろう。
“キミ、割とよく私に触れてきてるよ”とまでは流石に言わなかったけれど──────本当に今更だった。
「乙骨くんの恥じらいポイントがよく解らんな……手を繋ぐ、ってか、触ること位なら今までにだって沢山あったでしょうよ」
「訓練中とか任務中は一杯一杯だから気にしてる余裕が無いって言うか……」
「普段からも気にしなければ良いのでは?別に何てことなくない?」
「な、何てことはあるし、気にもなるよ!」
しょぼしょぼとする目元を擦りながらそう告げれば、机に手を突いて勢いよく身を乗り出してくる乙骨だったが為に「お、おう」と思わず吃ってしまう女子生徒だった。素でビックリしたのである。
乙骨も乙骨ですぐに我に返ったらしく、「あ、ごめん」、などと謝ると詰めた距離を元に戻しながら何とも解りやすく視線を彷徨わせ始めた。
「その、小翳ちゃんにとっては何て事ないことだとしても、僕にとっては特別で、気になっちゃうことだから」
「…………なるほど」
「
皆とは違う白い制服をぎゅっと握り締めながらそんな事を述べてくる乙骨だったので、女子生徒も皺が出来てしまった部分を手で撫で付けながら「左様ですか」と返す。深くは問い返さず、好きな子云々の台詞も聞かなかったことにして。
次いでスマートフォンを片手に席を立ち、何事も無かった体で任務の概要を確認し始めると、割と勇気を出して“それ”を口にしたであろう乙骨が物悲しげに眉を下げたのが解った。
今日も今日とて本気にして貰えなかったなぁ、だなんてどこか落胆めいた息を吐き出しつつ、それでも諦めきれずに胸の中にある想いを再び彼女に向けて紡ぎ出しながら。
「……本当なんだよ、小翳ちゃん」
僕は本当に、キミが好きなんだよ。
◆
乙骨憂太は「恋」をしている。
同級生であり自分自身のお目付け役でもある禪院小翳に叶わぬ「恋」をしている、らしい。
◆
「里香がオマエにだけ手を出さなかったからだろ」
乙骨憂太に好かれる理由が解らん。
と言う疑問に対する従姉妹の返答が“これ”だった。
故に「そんなことで?」、と聞き返してしまう女子生徒は我が物顔で自身のベッドを占領している人物に視線を投げ掛ける。気の強さを窺わせる整った顔立ちに少しだけミスマッチな丸眼鏡を掛けた黒髪ポニーテール女子こと禪院真希へと。
「オマエ、あいつが転入してきた時に一人だけ里香に握手してたろ」
「普通、挨拶に握手は付き物では?」
「普通、あの状況下で
「そうだっけ」
「実際、あれから里香に何もされてないんだろ?だから悟がオマエを憂太のお目付け役にしたんだろうし」
「それは単純に面白いもの見たさ、だと思うけど。私に対する嫌がらせに余念がないだけだよ、
まあ担任教師の
「いやさ、「私」は乙骨くんの好みから外れてるわけじゃん?」
「好み?」
「私に真希ちゃんや真依ちゃん程のおっぱいはない」
「……まあ、私らと比べりゃな」
「どこぞの誰かさんにも「背丈ばっか伸びて乳は全く育ってへん」と言われたくらいには平らだよ。次も出会い頭に似たようなことを言ってきたらあのチャラい金髪を毟ってピアスを引き千切ってやろうと思う」
「応。思う存分やってやれ」
「いや、別に胸の大きさを気にしたことは無いんだけどさ。真希ちゃんより背、高い方がエスコートする時に映えるだろうし」
「いつすんだよ、エスコートなんて」
「真希ちゃんが当主になったとき」
「……」
話が脱線した。
何はともあれ乙骨憂太の好みに当てはまらないであろう自分が何故好かれているのか、それが未だに理解不明すぎて女子生徒は首を傾げたくなってしまうのだと言う。そもそも祈本里香と言う「恋人」が傍に居ながら本当に他者を好きになるものなのかどうか、と。
「あいつは里香の解呪を望んでる。里香を解放する為にもな。つまりそれが「答え」なんだろ」
「別に解呪しなくたって良いと思うけど」
「あ?」
「傍に居たいんなら居させてあげれば良い。相手を呪うほど“傍に居たい”と強く願ったんだから、どんな形であれ、そうさせてやりたいんだよね。私はさ」
「…………」
「いや、うん。本音は死して尚“愛する人”の傍に居続けられる里香ちゃんが羨ましいだけなんだけど」
そして乙骨くんが羨ましいだけなんだけど、と続けて女子生徒はズルズルとカーペットの上に倒れ込む。
可愛いとも可愛くないとも言い難い絶妙な顔をした犬型のクッションを抱き締め、はー……、と、何もかもがどうでも良さそうな
「……真希ちゃん」
「?」
「私、ちゃんと人並みの人間に戻れてるよね?」
“人並みの人間に”。
感情を窺わせない声音で突然そのような事を尋ねてくる相手に思わず眉を顰めてしまう真希ではあったものの、すぐに「一時期に比べりゃ大分マシになってるよ」と返す。今の今まで読んでいた雑誌から視線を外し、カーペットの上に寝転んだままでいる従姉妹の頭をペシッと叩いては困った身内を見るような目で彼女を見下ろして。
「オマエは
「母がぶっ飛んだ人だったからね」
「見た目はゆるふわも良いところなのにな、叔母さん。まあジジイ共と年の離れた兄妹だったからこそ諸々の考え方も違ったんだろうけど。お陰で私らも色々と助けられたわけだし」
「それは良かった」
「オマエにもな」
「?なんかしたっけ」
「ボロ雑巾みたいに扱われてた私らを見かねて急に「術式が使えなくなった」、とか何とかホラを吹き始めただろ。私らと一緒に居る為に」
「あー、あったあった、そんなことも。だって二人と一緒に居たかったのに周りが頭ごなしに「
結果、事態を悪化させたのだったか。
子供の浅知恵がまさかの展開になってしまったのである。尤も
そもそも「
「小翳」
「んー?」
「オマエにとっちゃ未だに私らは“どうでもいい存在”のままなのかもしんねぇけど、それでも私は何があったってオマエの味方で居てやる。だから
“オマエもいい加減「前」を見ろ”。
そう口にするなりいつになく真剣な眼差しで此方を見下ろしてくる真希であったが故に、その視線を一身に受ける事となった女子生徒が途端に何とも言い難い表情となる。しかめっ面とも泣きっ面ともつかない
それでいて形容の出来ない妙な表情のまま「私も、出来れば、そうしたい」と述べると抱き締めていた犬型クッションに自身の顔を押し付け、そっと相手の視線から逃れた。
この話はここまでにしよう、とばかりに。
「寝るならちゃんとベッドで寝ろ」
「真希ちゃんも一緒がいい」
「はあ?」
「真希ちゃんの今の言葉で人肌が恋しくなった」
「………………はぁ」
「何だかんだで優しい真希ちゃんが大好きだよ」
「知ってる」
私も大概甘いな、などと思いつつ、素直に壁際にまで移動してスペースを作る真希は息をつくなりベッドをポンポンと叩く。
すれば犬型クッションを片手にのそのそと起き上がった女子生徒が「お邪魔します」の一言と共に彼女の隣に横たわった。お邪魔しますも何も自分のベッドなのに。
「電気消すぞ」
「真希ちゃん」
「なんだよ」
「真希ちゃんのこと、どうでもいい存在だなんて思ってないからね」
「……あっそ」
然り気無く相手に抱き付きつつ確とそう伝えれば、宣言通りに明かりが消されて室内が一気に暗くなる。
故に直ぐ近くから聞こえてくる規則正しい心音に耳を傾ける女子生徒は此方のしたいようにさせてくれている真希に改めて「おやすみ」、と告げると緩やかに意識を手放し始めた。完全に微睡みの中へと旅立つ前に“とあること”を考えながら。
『──……里香ちゃんはきっと、
禪院小翳の中に祈本里香にとっての「乙骨憂太」と言う存在が居ることを。
だから自分が乙骨憂太の傍に居て、乙骨憂太に
禪院小翳と言う人間が不毛な「恋」をし続け、祈本里香同様、一人の人間に囚われ続けていることを漠然と理解しているから──────だから“見逃されている”のではないか、と。そのような都合のいいことを、考える。
『いや、流石にそれは里香ちゃんに夢を見すぎかなぁ……』
真実は闇の中ならぬ祈本里香の中だった。
まあ単純に運が良かっただけかもしれないが。むしろそうとしか思えなくなってきたが為に、女子生徒は考えるのを止めて瞬時に微睡みの中へと身を委ねたのであった。
◆
「小翳ちゃん。お母さん、少しの間お家空けるね」
「……?」
「────■■くん、亡くなったって。■■■に■■■■■■■みたいなの」
◆
何もかもが“どうでもよくなってしまった”頃のことは、余り覚えていない。
けれど「気分転換も兼ねて」、と半ば無理やり連れ出された先で『とある出会い』があったことだけは漠然と憶えていた。
今となっては余りにも曖昧で、あやふやな記憶だけれど、確かにそこで「誰か」と「なにか」を約束したような気がするのだ。
◆
「……?」
妙な「呪い」だと思った。
見た目は普通の女の子なのに、“やけにその身に宿す呪力量が半端ない”と言うかなんと言うか。
まあ顔の上半分がひしゃげてしまっている時点で「普通の女の子」とは言い難かったのだが。
そもそも死んでいるものに対して「普通」も何もあったものではないのだけれど、何はともあれ“その女の子”はこれまで目にしてきたどの「呪い」とも異なる「呪い」に視えたのだ。
『や、なんだって良いか……関係ないし、どうだっていい』
見知らぬ土地の、見知らぬ公園で目にした、呪術師にとってはこれと言って珍しくも何ともない光景。
故に何をするでもなく静かな公園のベンチにまで歩んでいく一人の少女は、目的の場所につくなり先ほど手に入れたばかりの鯛焼きを口一杯に頬張り始める(因みに
「……、…………?」
もぐもぐもぐ。もぐもぐもぐ。
と、値段の割にあんこがたっぷりと入った鯛焼きに舌鼓を打っていたら少女の耳に突如として“ぐすぐす”と言う誰頭の泣き声が聞こえてきた。────ので、鯛焼きを頬張ったまま静かに其方へと視線を投げ掛ける。
見詰める先こと公園の中央部にはドーム状になった極々普通の滑り台があり、件の泣き声はその下のトンネル部分から響いてきているようだった。
要はトンネルの中に「誰か」が居るのだ。そしてその「誰か」が“あの女の子”の持ち主であるのだろう。
現に「彼女」は泣き声が聞こえてくる場所から一向に動こうとはしなかったのだから。
『私とそう変わらないくらい……身内に憑いてるのかな』
ひしゃげた頭部に目をやり、その体躯と服装から「彼女」と自分は同年代ぐらいだろうと推測する。
そして交通事故にでも遭ったのだろうな、とも考えながら二個目となる目下の鯛焼きに手を伸ばしかけたら──────
今の今まで微動だにしなかった「彼女」が。何故か鯛焼きを頬張ろうとしていた少女の“すぐ目の前に”。
『えぇ……?』
双眸はない。
先にも述べた通り、顔の上半分が潰れてしまっているから。
なのに此方をジッ、と見下ろしてきているのが解ってしまうが故に少女は素直に困惑する。と同時に“視すぎたな”と反省した。
何たって「呪い」は視線に敏感なのだ。
だから多くの呪術師は“視ている”ことを悟られぬようサングラスや眼鏡などで視線を隠している者ばかりなのである。
無論
「………………、……?」
此方からは決して動かず、静かに、それでいて備に「彼女」の動向を窺っていたら“ふいっ”と顔を逸らされた。
次いで件の相手がトテテテテ、と、まるで何事もなかったかのようにして先程の位置にまで戻り始めるものだから少女が頭上に疑問符を浮かべまくる。今のは一体なんだったのだ??、と。
『なんか、見定められてた、ような……』
「呪い」は「呪い」だけど、全く以て得体が知れない。
それ故に『これ関わんない方がいいやつだ』、と即座にベンチから腰を浮かす少女は一刻も早くこの場から立ち去ろうとする。
立ち去ろうとする、が、背後から又もや痛いくらいの眼差しを感じ取ってしまっては物凄く不本意な形で足を止めてしまうのであった。
◆
「────……ねえ、」
「!!?」
「泣いてばっか居るから心配してるみたいだけど、この子」
キミのせいで足止めを食らった、と言わんばかりの表情でトンネル内に居る人物に声を掛ければ相手が見るからに肩を揺らしたのが解った。気配もなく急に声を掛けたせいであろう。
現に涙で一杯になっている瞳をこれでもかと見開かした黒髪の少年は勢いよく顔を上げるなり少女に視線を投げ掛けてくる。その間にもボロボロと涙を溢しながら。
「え……」
「だから…………あれ、
トンネルを覗き込むまで傍らに居た「彼女」が瞬きの間に姿を消していた。ので、少女はすかさず『じゃあもう良いか』と踵を返そうとする。
正直この少年とこれ以上関り合いになりたくはなかったのだ。関わったら最後、とても面倒臭いことになりそうだと。
それなのに、
「ま、待って!」
「うわ」
「り、里香ちゃん、が、視えてる、の……?」
ナニモミエテナイヨ。
そう言って此方の腕を力一杯掴んでくる相手を乱雑に振り解こうとしたのだが────────どうにも“それ”が出来なかった。何故か躊躇いを覚えてしまったのである。
今後のことを思えばここで確と相手の手を振り解いておくべきであったのに。
“
少年の話を聞いていの一番に抱いた疑問だった。
そしてそれと同時に心底“羨ましくなった”。
死して尚「好きな人」の傍に居続けられる「彼女」が。
羨ましくて、
『…………私の「眼」は“あの女の子”の本来の姿を写してたみたいだけど、』
どうやらこの少年の目には違う姿で写っているらしい。
しかも話を聞く限りだと「彼女」は周囲の人間、主に彼の身内に対して「害」を及ぼし始めているとの事であった。だが少年にはどうすることも出来ないのだと。
『私に攻撃して来なかったのは非術師じゃないって解ったから、かどうかは知んないけど……うん……』
今更ながらに何もされなくて良かったと、心底そう思った。
呪術師とは言ってもまだまだ
薄情に思われるかもしれないが“この程度の事象は割とよくあること”なのだ。「呪い」なんて其処彼処に蔓延っているが故に。
『でもそれを伝えたところで理解は得られないしなぁ……』
むしろ今まで以上に絶望するかもしれない。
何せ事の経緯を話している最中もずっと泣き続けているような子だ、下手をしたらそのまま命を絶つ恐れもある。
……まあ彼のことが大好きで堪らない「彼女」が“それ”を阻止するのであろうが。
そして阻止される度にこの少年の心が
「えー……と……」
「っふ……ぅう……」
「結論から言うと、頑張れ」
「ぐす……ひぐ……」
「…………」
「……ひっ……ぐ……」
「……………………もし頑張れそうになかったら、」
「う"ぅぅ……」
「……………………うん、この際だから、その、あれだ、何とかしてあげなくも、ない」
「……っ…………?」
「何年か自分なりに頑張って、それでもどうしようもなくなったって時が来たら…………私がキミを、キミ
そう言って少女は悩みに悩んだ末に手にしていたスーパーの袋を傍らの少年に押し付ける。中身は言うまでもなく鯛焼きだ。五個入り大特価価格の、先ほど一個だけ口にした少女の朝食兼昼食である。
どうやら「甘いものでも食べて元気を出せ」、と言いたいらしい。もしくは「いい加減泣き止め」、だろうか。
「本当に……?」
「あー…………うん」
「本当に、助けてくれる?」
「………………私がちゃんとした人間になれてたら」
いや、本音を言うと助けるつもりは微塵もないのだけれど。
だって自分はこの辺の人間ではないし、そもそもこの少年ともまた会えるとは限らなかったから。
ならば何故“そんなこと”を口走ってしまったのか、それにはちゃんとした訳があったりする。
似ている部分なんてたったそれだけだったけど、それでも少女は“思い出してしまった”から。
【もう俺達は用済みで、2人でよろしくやってるってことだろ】
何もかもがどうでもよくなってしまった時でさえも、唯一、“どうでもいいと思えなかった存在”のことを。
少女にとって「世界」そのものであった存在が遺してくれた大切な“あの子”のことを不意に思い出してしまったが故に、そんなことを口走った。
ついでに『これでちょっとは気の持ちようも変わってくるだろう』と打算的なことを考えたり考えなかったり。
「じゃあ、約束してくれる……?」
「?」
「“きみが、僕たちを幸せにしてくれるって”」
頬に一粒だけ涙を伝わらせてから目の前の少年が恐る恐る少女に指を差し出してくる。俗に言う指切りげんまん、というやつだ。
『…………まあ、いっか』
呪われてしまってはいるが、相手は一般人だ。
「約束」を交わしたところで此方の身に何かが生じるわけでもなし、気楽に構えて良いだろう。
と言うわけで、仕方なく少年の指に自身の指を絡ませる少女は「はいはい、約束ね」と口にしながら相手と確かな約束を取り交わす。
指を切る前から脳が警鐘を鳴らし続けていたことにも気付かずに。
◆
「………………んん?もしかして“あれ”って、乙骨くんか??」
けたたましい音を奏でた目覚まし時計を壁に投げ付けた後、寝ぼけ眼のまま過去に交わし合った「約束」を思い出す女子生徒は開口一番にそんなことを口にするのであった。
◆
「あ、あの、小翳ちゃん……?」
何故なのかは分からないが席に着いた途端に穴が開くほど見詰められる乙骨憂太だった。しかも至近距離で“じぃいっ”、と。
だからか「ど、どうしたの?」「僕の顔に何かついてる?」「小翳ちゃん?」などと口々に目の前の女子生徒に声を掛ける乙骨だったのだけれど、悲しきかな、待てども待てども一向に返事は返ってこなかった。それどころか急に思案顔になられたので素直に焦る。
もしかしたら気付かない内に何かしでかしてしまったのかもしれない、と。
「お、なんだなんだ、遂に憂太に惚れたのか?」
「ツナマヨ?」
「ええっ!?」
「いや、それは無いんだけど」
ちょっと気になることがあって、と返す女子生徒は同級生達から無言の慰めを受けている相手を横目に「ふむ」と腕を組み始める。
こうして改めて見てみると確かに乙骨憂太は“あの時の少年そのもの”だったのだ。
気弱な[[rb: 表情> かお]]も、下がり気味の眉も、癖のある黒髪も、そして「
やはり端から助けるつもりなど無かったから今の今までキレイサッパリその存在を忘れてしまっていたのだろうか?
……………………では、乙骨の方は?
「乙骨くん」
「?」
「乙骨くんさ、子供の頃、公園で」
「ッ!!」
瞬間、割と大きな音が教室内に響き渡った。
乙骨が勢いよく立ち上がったせいで座っていた椅子が倒れたのである。それでいて何かを期待するような眼差しで此方を見詰めてくるものだから女子生徒は瞬時に全てを察し、“逃げた”。
「こ、うえん、とかで、砂遊びにハマってた系の男の子だったのかなって、急にそんなことを思った次第です」
我ながら苦しすぎる、とは思ったものの、意外にも誤魔化すことには成功したようだった。
現に「そう言えばよく砂場で遊んでたかも」、などと返事を返した彼は続けられた台詞に肩を落としつつも倒れた椅子を元に戻しながら極々普通に同級生らと昔話に花を咲かせ始めたのである。なので女子生徒のなけなしの良心が少しだけ痛んだ。正直すまんかったと。
『でも、これでハッキリしたな……』
乙骨憂太は先ず間違いなく“あの日”の「約束」を覚えている。
覚えていて、今も尚、此方に期待していることも。
もしかしたら自身に好意を抱いているのも“あの「約束」があったから”かもしれない。
つまり彼が抱いているのは恋愛感情などではなく子供心に抱いた別の「なにか」、なのだろう。うん、きっとそうだ。そうだと思いたい自分が居る。
『…………ん?あれ?いや、ちょっと待てよ』
あの巫山戯た担任教師の話だと、乙骨憂太は祈本里香に呪われた時点で少なからず“呪術師としての
また「本人も知らず知らずの内に呪力を操っていたかもね」、と、そのような事も一緒に────────……あれ?
『えー……と、つまり私は、あの時、ある種“自分と同じ呪術師の卵”と
もしかして、もしかすると、自分でも気付かない内に乙骨憂太との間に“縛り”を生じさせてしまっていた可能性も────……?
『…………いや、いやいやいや、流石にそれは、それは、ねぇ?』
内心で否定をしながらも、チラリ、と相手を盗み見れば視線に気付いたらしい乙骨にはにかんだような
それはもうドッドッドッド、と、まるで特級呪霊を前にした時のような緊張感と焦りを伴って。
否定をすればするほど今更ながらに「乙骨憂太」との間に確かな“繋がり”を感じながら。
「…………マジか」
だとしたらコレ、結構まずい再会だったのでは??
【恋する乙骨憂太と同級生の話】
21.04.26
22.01.13:加筆修正